ターニングポイント
夕方になり、いつものように腹ペコの子供たちが、ここ "スマイル食堂" にやって来る。ようやく山崎 和浩にも心を開き始めた三宅 健太だったが、未だに住んでいる場所も、学校さえも分からないままでいた。
せめて子供同士なら、もっと早くこの場所に溶け込めるのではないかと考えた山崎は同じ時間に同じ場所で他の子供たちと食事させようと考えた。
「健太!ご飯、ここで食べ」朝食にチキンチャップをキレイにたいらげた健太に色々と話しを聞いて、アレルギーはないことを確認した山崎は、健太の前に目玉焼きハンバーグを提供した。
「この玉子の下の黒い物体…何?」この言葉の裏に隠れている今まで過ごして来た健太の壮絶な人生に山崎の胸は締め付けられた。
「心配せんでエエぞ!朝、食べたんよりも、もっと美味いからなぁ」健太に優しい眼差しを向けて山崎は答えた。
朝食と同様に恐る恐るハンバーグを口に運ぶと、生まれて初めて食べた事が分かるように食べ始めた。
「克也!」山崎は山口三姉弟の克也に手招きした。
「克也…この子な、お前と同じ小四やねん。仲良うしたってくれるか?」山崎の言葉を受け、克也は "コクッ" と頷いた。
「オレ、山口 克也って言うねん。ジブンは?」克也は少年らしくモノトーンに健太に話しかけた。
「三宅…健太…」相変わらず俯き気味の健太だったが山崎はホッとした。もしかしたら心を開いたのは自分にだけではないのかと危惧していたのだ。どうやら取り越し苦労だったようだ。
「あんな、この前な、ドラゴンストーリーの最新版が出たやんか?健太君はもうやった?」どうやら子供たちの好きそうなゲームの話しをしているようだ。
「し…知らん」健太はより一層に俯き加減になった。
「ほならな、昨日のわんぱく大冒険見た?キュリルがむっちゃ面白いやんなぁ?」今度はテレビアニメの話しのようだ。
「わ…分からん」またしても健太の人生にとって縁のない話しのようだ。
それを聞いて山崎は "シマッタ!" と思った。恐らく健太は今までの人生で普通の子供のように勉強や楽しい遊びなど経験した事がなかったのであろう。そこで山崎はもう一計を案じた。
「美月?明日土曜日やし、克也をウチに泊まらしてもエエかな?」山崎は克也の姉の美月に話しかけた。
「ウチはエエけど、ちゃんとカズちゃんからお母ちゃんに電話しといてや」流石はしっかり者の美月である。
「おっ…おぅ!ちゃんと電話しとくわ…」どうやら山崎の方が逆に狼狽えてしまったようだった。
この夜の何気ないやり取りは、健太の幸せを、将来を考える上で、重要な転換点になった。