名乗り出た少年
来ぇへん=来ない
ほうか=そうか
いつものように "赤トンボ" が流れ始め、お腹を空かせた子供たちがやって来る時間になった。
やはり、一番乗りは山口三姉弟だった。
と言うのもしっかり者の長女の美月は、帰りの遅い母親を手助けする為に一刻も早く家に帰って洗濯や掃除、洗い物などの家事をする必要があったし、弟や妹に宿題をさせたり風呂に入れたりして面倒を見るなど、やる事が沢山あるのだ。そんな中にあって、スマイル食堂に来るようになるまでは美月自身が夕飯の仕度までしていた。当然食べた後も洗い物をしなければならない。スマイル食堂はそんな美月の負担を大幅に軽減してくれている。
「カズちゃん…ほら…こんばんは!」弟たちに世話になっている山崎にキチンと挨拶をさせる。これも美月が自分で考えて、山崎に感謝を伝えようと、ここへ来た頃から欠かさずに続けている事だった。
「おぅ、三人ともこんばんは!」山崎は相変わらずのしっかり者の美月に優しい眼差しを向けた。
「ところでな克也、ちょう聞きたい事あんねんけど」山崎は好物のハンバーグを夢中で食べる克也に声をかけた。
「ん?何?」克也はハンバーグを食べるのに必死で、山崎の方を見ずに答えた。山崎は早速ランチタイム後に受けた玲子のアドバイスを、それ通りに実行する事にした。
「おーい、ボン!ちょい来れるか?」山崎が奥の少年に声をかけると少年は姿を現した。
「克也?この子の事、見た事ないか?」山崎は祈るような気持ちで聞いた。何とか身元を知る手掛かりだけでも欲しかったのだ。
「知らん、見た事ない」克也は山崎の祈りをいとも容易く一蹴するように返した。その辺はやはり小学生だ。
「ほなら他のクラスとかでも登校して来ぇへん子とか聞いた事ないか?」山崎は僅かな情報でも欲しいと思い喰い下がった。
「ウン。ない。多分ウチの学校の子と違うと思う」やはり克也は素っ気なく返して来た。
「やっぱり隣町の子とかと違うやろか?」横で聞いていた加藤 雅代が口を挟んだ。
「ウーン?アカンか」ガッカリして答える山崎の落胆振りが伺えた。
「健太…三宅 健太」
今まで一切、口も心も開こうとしなかった少年が、いきなり喋った。
「なっ…何や?それってボンの名前か?」山崎は久しぶりに聞く少年の声に面食らった。健太は黙ったまま "コクッ" と頷いた。
「ほっ…ほうか?三宅 健太って言うんか?ほうか、ほうか」山崎の眼に薄っすらと光るものがあった。
その時 "ガラガラ" と音を立て引き戸が開くと、一人の警察官が姿を現した。