脱出
近くの公園では、アブラゼミが "ガーガー" と五月蠅く鳴いている。
303号室の部屋の窓と言う窓は、全て閉め切られ、ガムテープで目張りまでされている。冷房はかけられたままになってはいるが、高めの温度設定で、恐らくは気温は30℃を少し超えた所であろうか?しかし、空気の流れがないのにプラスして、セミの鳴き声が一層に体感温度を上げている。
そんな環境の中、この部屋の住人、三宅 健太は何日間こうしているのだろうか?
玩具ではあるが、手錠を左足にはめられ、もう片方はキッチンの鉄製のパイプに繋がっている。
場所がキッチンである為、水分は自由に取る事が出来るし、手を伸ばせば冷蔵庫にも届くので、余り物を食べて何とか飢えを凌いで来た。しかしトイレにも行けずに漏らしてしまった排泄物が健太の周りを汚しており、そこに蛆虫が涌いて、成虫に育った蝿がそこら中を飛び交っている。健太は手を振り回し追い払おうとしたが、蝿は直ぐに戻って来て、再び飛び交った。
無論その間、自由を求めて手錠を外そうと試みた。しかし、小学四年生の健太には、それを外す事は容易な事ではなかった。
冷蔵庫の中は二日前から空っぽになってしまい、その間、何も食べてはいなかった。空腹には慣れてはいたが、二日間も食べなかった事はなく、生温い水のみを飲んで来たが、それも限界に達しようとしていた。もう蝿を追い払う気力も残ってはいなかった。
身体中から汗が吹き出し、水分しか取っていないので、汗も止まらない。排泄も水っぽいものしか出てこない。小学四年生の健太には熱中症にならない為には塩分も必要などと言う知識があろうはずがなかった。このままでは死んでしまう。
しかしこの過酷な環境の中、色々と弄って来た手錠がようやく外れたのだ。しかしそうは言っても、これから行くあてがある訳でも頼れるあてがある訳でもない。
健太は漏らしてしまったパンツとズボンだけを履き変えた。シャワーで洗い流そうとしたが、すでにガスは止められており、水しか出なかった。
仕方なく健太は玄関の方に行き、ドアノブに手をかけた。ドアノブはやけに生温く感じられた。
とにかく、藁をもすがる想いで、この地獄の扉を自ら開き、外へと出たのだった。
外は蒸し風呂のように蒸し暑かったが、部屋の中よりも空気の流れがある分、いくらかマシだった。この炎天下の中、健太は東の方へと歩き始めた。この先に自分自身の人生を大きく変える事になる運命の出会いが待っているとも知らずに。