第二章 異世界の魔法使い~レベル3の魔法使いリリ~
「もぐもぐ・・・ががが・・・ん!・・・ぷはぁ」
家の前に倒れていた少女を俺はとりあえず家のリビングに引っ張ってきて、自分用に作っておいたカップラーメンを食べさせたのだが、少女は「もっと下さい」などと遠慮なく言ってきたものだから俺は家にあったお菓子を適当に与えたのだった。
しばらくすると、少女は礼儀正しく両手を合わせて「ごちそうさまでした」と言ってから俺の方を向いた。
「ありがとうございました」
「ああ、いいんだよこれくらい」
そう言って俺はテーブルの上に積まれたお菓子袋の山を見る。
(こいつ、ほんとよく食ったな)
「・・・」
その時、俺は視線を感じた。
俺が少女の方を見ると、少女は光のない目で俺の頭を見ていた。
「・・・若いのに大変ですね」
「俺だって好きでこうなったんじゃないんだよ!」
少女の言葉に俺は今まで抱いたことのない感情を抱き、目の前にあるテーブルを勢いよく叩いた。
その拍子で山のように積まれていたお菓子袋が中に浮かび、それに驚いたのか少女は後ろに倒れこんでしまった。
「あ、ごめん」
気を落ち着かせて俺は少女に謝った。
すると、少女は少し申し訳なさそうな顔をして再び座りなおした。
「そういえば、お名前をまだ聞いていませんでしたね」
気まずくなってしまった空気を何とかするように、少女が話題を振ってきた。
確かに、まだ互いに名前も知らないのでちょうどいいのかもしれない。
「俺は将也。佐藤将也だ」
「私はリリ。リリ・スカーレットです。・・・しょうや?って変わった名前ですね」
「そ、そうか?」
どうやら、こっちの世界では俺の名前は少し違和感があるらしい。
しばらく俺が考え込んでいると、リリが俺に話しかけてきた。
「あの~」
「ん?」
「しょうやは一体どこの出身なんですか?」
「・・・え?」
いきなり予想もしていなかった質問に俺は言葉を失ってしまった。
「ど、どうしてだ?」
名前に違和感を覚えたからなのかは分からないが、俺の出身を聞いてきたので俺はとりあえずその理由を尋ねた。
「いえ、見たこともない食べモノばっかりだったので。どこの地域にもこんなものはなかったと思いますが」
ここで本当のことを話すべきだろうか。
今リリに「俺は髪様に転生させられた異世界人だ」と言ってもいいのだが、少し考えた結果話さない方がいいと思った。
ここで変なことを話して、本当の変人扱いにされるのも後後面倒なので隠すことにした。
「それより、リリはなんであんなところで倒れてたんだ?」
「え、その。実はですね・・・レベルを上げようと思ってこの森に入ったまでは良かったんですけど、思ったよりもここのモンスターが強くてですね、モンスターから逃げ出すために残った魔力をすべてぶつけて走って力尽きた結果あそこで倒れていたわけです」
「レベル?」
顔を真っ赤にして恥ずかしそうに下を向いて話すリリの言葉で疑問に思った部分を聞き返すと、リリは目を丸くして俺の顔を見た。
「ん?レベルを知らないんですか?」
「俺、この世界について知らないんだ。よければ教えてくれないか?」
「いいですよ」
俺が笑顔で頼むと、リリはスカートのポケットからクレジットカードのようなカードを一枚出して俺に渡してきた。
「これに記載してあるのがレベルですよ」
渡されたカードに目を通すと、そこには確かにリリの名前とレベルの文字が記載されていた。そして、そのカードの上には『職業:魔法使い』とも記載されていた。
見た目からもわかっていたが、どうやらリリは魔法使いのようだ。
このカードを見る限り、こちら側で使われている文字ももともといた世界と同じもののようなので、ひとまず安心することができた。
新しく文字を覚えるのは面倒なので、そんなことはごめんだ。
「このレベルって上がると何かあるのか?」
「そうですね、レベルが上がると強い技や魔法を使えるようになったり、新しいタイプの武器を装備できるようになったりするんです」
まるで自慢をするように、あるかないかわからない薄い胸を張っているリリを見て俺は再びリリのレベルカードに目を下した。
俺は知っていた。今俺の手の中にあるリリのレベルカードに記載されている数字が・・・『3』であることを。
俺でもわかった、このレベルは『低い』と。
「あのさ、リリ」
「はい、なんでしょう」
「この、レベル3って」
俺がレベルカードの『3』の部分を指差しながらリリに尋ねると、リリがその場で時間が止まってしまったように動きを停止させてしまった。
数十秒後、リリはいきなり目の前にあったテーブルに倒れこんで泣き始めてしまった。
「そうですよ!私はレベル3のザコ魔法使いですよ!魔法だって小さい炎を出したり、箒で空飛んだりするくらいが限界ですよ!」
子供のように泣くリリを見て、かわいいと思ってしまったが俺はそれからしばらくの時間をかけて何とかリリを慰めて泣きやますことに成功した。
なんだかさっきよりもリリの元気がなくなったように思えるが、気にしても無駄なような気がしたのでそのまま放置した。
「そうだ、リリ」
「はいなんでしょう」
「ここらに町とかあるか?」
俺は膝を抱えるリリに声をかけた。
いつまでもこんなところにいるわけにもいかないので、近くに町があるならそっちで宿をとりたいと思ったからだ。
すると、リリは自分の横に置いてあった箒と杖をもって立ちあがった。
「ありますよ、案内しますから外に行きましょう」
リリに言われるまま、俺は外に出るため玄関に向かった。
その時に、髪様にもらった定規を手に持って。
(まあ、何の役にも立たないだろうけど)
定規を腰のベルトを通して身につけると、俺とリリはくつをはいて森に出た。
森に出ると、リリは背丈ほどある杖を背中にかついでもう片方の手に持っていた箒にまたがる。いかにも空飛ぶ魔女である。
「何してるんですか?速く乗ってください」
「え、ああ」
リリに言われて俺は箒をまたいでリリの後ろに立った。
そして、リリが全身に力を入れ体を強張らせると周りに風の流れが生まれて俺とリリの服と髪を揺らした。
「行くよ!」
リリがそういうと、勢いよく下にあった箒が上昇して俺とリリの二人の体を周りの木々よりも高く舞上げた。
しばらく上昇すると、箒は動きを止めて方向を変えてから再び今度はさっきよりもはるかに速いスピードで前進し始めた。
「おおおおお!!!」
ものすごいスピードに驚いたが、振り落とされないように俺は箒を両手でつかみ全力で握った。
「満腹の私はだれにも止められないぜ!」
なんかバイクを乗り回す暴走族のようになっているリリに俺は疑問を投げかけた。
「満腹?」
「ええ、私は食べた物をそのまま魔力に変換するので満腹の状態ならこのまま四十分は飛び続けられますよ」
そうなのかと俺は納得の声を漏らす。
食べた物が魔力になるので、さっき家の前で倒れていたのは魔力を使い果たして魔力切れ『空腹』になっていたからなのだろう。
つまり、こいつは燃料がないと何もできない上に空腹になると何もできないポンコツで、満腹になるとむやみに加減もせずに魔力を使う簡単に言うと『バカ』なのだ。
俺がそんなことを考えていると、リリが俺に話しかけてきた。
「見えてきたよ」
「ん?・・・あ」
俺がリリに言われて下を見ると、そこにはRPGの町を実際に再現したような建物が並び、そして見たこともないような服装をした人々が歩いている町並みの景色があった。
それを見て、俺は言葉になっていない声を出した。
数分後、俺とリリを乗せた箒が下降して俺は脚を数分ぶりに地面につけた。
「ここが今私の滞在している町・・・マシャールだよ」
「ここが、異世界の町か」
俺は町の入り口ゲートに立って呼吸をするように声を漏らす。
ここから始まるのだ、俺の異世界生活は。
そのことに胸を膨らませて興奮を押さえながら俺はその一歩を踏み出したのだった。