第一章 異世界転生~失った髪の毛・得たスキンヘッド~
突然の髪様の言葉に俺は今まで上げたことのないほどの声を出した。
「ま、マジで?」
「マジでマジで」
俺の言葉に「うそな訳ないじゃん」と言いたそうな目をして髪様が適当な返事をする。
いきなりそんなことを言われても実感がわいてこない俺は、とりあえず冷静に今までのことを整理した。
まず、目の前にいるのは神様かどうかを置いといてただの人間ではない。そして、もし本当に異世界に行けるのならば行きたいにきまってる。そのことをふまえて・・・『異世界に転生できるかも!』という結果に至った。
「じゃあすぐにでも!」
俺がまるで新しいおもちゃを手に取った子供のような目をして髪様の肩を思いっきりつかみ揺らすと、髪様は「まあ落ち着け」と俺をなだめた。
俺は少しはずかしくなって咳払いを一つして髪様から離れた。
「ふう・・・それで君には異世界に行ってやってほしいことがあるんだよ」
「やってほしいこと?」
髪様が俺に体を揺らされて乱れた服をなおしながら要求を伝えてくる。
それに俺は目を丸くして疑問符を浮かべて聞き返した。
そして、髪様が服の帯を締めると気合を入れたように息を吐き要件を伝えた。
「そうだ、君にはその異世界に逃げた魔王を倒してほしい」
「おぉ!まさに俺の理想通りの世界設定!・・・それで、その魔王をなんで倒すんだ?」
俺がガッツポーズをとりながら聞くと、髪様がいきなり肩を落として周りに黒いオーラを漂わせ始めた。
それに俺は何となく地雷を踏んでしまったと思った。
「ま、まあ。話したくないならそれでいいよ・・・」
慰めようと声をかけると、髪様が腕を伸ばして俺の顔を固定して涙目になった自分の顔を見せてきた。
正直気持ち悪かった。
「いきなりどうした!」
「だっでね・・・あのばおうがでぇ・・・俺のがびぼごんだごどに・・・じやがっで」
(だってね、あの魔王が俺の髪をこんなことにしやがって)と言っているようだ。
何があったかは知らないが、この髪様も最初からつるつるではなかったことが分かった。
髪様がどこから出したかわからないティッシュで鼻をかんで、さっきまでと同じ調子に戻った。
「じゃあ、そんなわけで頼んだよ。俺をこんなにした魔王を殺して拷問を・・・じゃなくて反省させてくれればいいから」
(今、少し本心言ってたな)
どこか闇をもっている笑顔で手を振って送り出す髪様を見て俺はとっさに髪様に大声を出した。
「おい!待て~!」
いきなり叫んだ俺に驚いたのか、髪様が体を少し後ろにのけぞらせる。
「何だい、いきなり。まだ不満があるのかい?」
「あるわ!なんか無いの?こう・・・最強の道具とか武器とか」
異世界に転生するなら定番である何か冒険に役立つ道具を一つ選ぶイベントがなかったことについて俺は髪様に問いただした。
すると、髪様はまるで「知らないよ、そんなこと」とでも言いたそうに周りを見渡す。
しばらくすると、髪様が「あっ」と声を出して俺にあるものを差し出してきた。
「これやるから」
髪様に手渡されたもの。それは、透明な板状の形をしており、少し端をもって上下させるとへにゃへにゃに曲がって、等間隔にメモリと数字が振られている・・・50センチメートル定規だった。
「・・・は」
俺が文句を言ってやろうと思って髪様のいる方を見ると、すでにそこには髪様の姿はなかった。
まるで最初からいなかったように・・・
俺は無意識に定規をもった手にさらに力を入れる。
その時、再びものすごい眠気が俺を襲った。
目を覚ますと、そこにはいつも通りの自分の部屋の天井が見えた。
しばらくそのままでの体勢意識を覚醒させていき、俺は髪様のことを思い出す。
「・・・やっぱり、夢だったか」
そう思って重く感じる体をのろのろと起こして、右手に何か固い感覚を覚えた。
「ん?」
何かと思ってその感覚を覚えた右手を見ると、そこには・・・あの髪様からもらった50センチの定規を握った自分の右手があった。
まさか、夢じゃない。と思った時、俺はもう一つのものに気がついた・・・いや、気が付いてしまった。
「あ、あ」
言葉にならない声を出して俺はその場に膝を折って倒れこんだ。
今、自分の目の前にあるのは・・・大量の髪の毛である。
まさかと思い、俺は恐る恐る自分の頭に手を触れる。すると、『キュッ』っというまるでワックスをかけた床のような音をたてた。
「くっ!」
俺は走って洗面所に向かった。
そして、信じられない光景を目撃する。
鏡に映った、頭が髪様のようなスキンヘッドになった自分の姿を。
「ぎ、ぎゃ~~~~~~~!!!」
それから数分後、俺は冷静になるために食事をとることにした。
カップめんにお湯を注ぎ、後三分待つだけである。
その三分が今は無限の時間のように感じる。
「なぜだ、なぜこうなった」
頭を抱えて考え込む。しかし、答えは一つしか出てこなかった。
『あの髪様のせいだ』と。
その時、俺は気がついた。
もしこれが本当にあの髪様のせいだとするなら、ここは異世界なのではと。
俺はあわてて玄関に向かった。
そして、玄関の扉を開けて飛び込んできたのは
「・・・森?」
そう、木々の生い茂る自然が豊かな森の中だったのだ。
確かにここ四カ月外に出てはいなかったが、それだけの期間で近所がこんなことにはならないだろう。それはつまり、ここは異世界であると俺に伝えていた。
あこがれの異世界に来られたというのに、今の俺の心境は異様なほどに冷めきっていた。
なぜなら、頭がこんなにもさわやかになってしまっているのだから。悲しみと喜びでは、悲しみがはるか上をいったのだ。
俺がため息をこぼし、家の中に戻ろうとした時。
(ぎゅ~~~)
そんな音が聞こえてきた。一回ではなく何度も。
動物の鳴き声と思ったが、それにしては変だと思い家の周りを見渡すとそこには、大きなウィっチハットに黒いローブのようなマントを身に付けた赤髪の小柄の少女が倒れていた。
少女の横には大きな箒と杖が少女と同じように倒れていた。
俺が心配して近づくと、少女がものすごい速さで俺の脚を掴んだ。
そして・・・
「・・・はん」
「え?」
「ご飯食べさせてください」
きれいに整った顔をして魔女のような装いをした赤髪の少女はおなかを鳴らしながら俺を上目目線で見てそんなことを言ってくる。
俺はとりあえず少女を家に通した。(どちらかというと引きずって行った)
これがこの異世界での初めての出会いだった。
「俺が望んだ異世界生活と全く違う」
俺はそんなことを誰に言うでもなくつぶやいた。