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その後

父が警察に捕まってからの数ヶ月は、本当に多忙だった。


専門学校は卒業制作の時期になり、アルバイトの合間を縫うようにして取り組むしかなく、時間の少なさが嘆かわしかった。

休日は自宅から遠い検察庁に行き、検察官からの事情聴取を受けた。

男性で年配の検察官に性的虐待について事細かく問われるのは本当に恥ずかしく、言葉に詰まって上手く話をすることが出来なかった。

事情聴取が終わり検察庁の大きな玄関から外に出た時は、何時も世界に放り出されたような心許ない気分を味わった。

誰でもいいから今すぐ側に来て慰めて欲しいと思うのに、友人にも彼氏にも迷惑はかけたくなくて、意地っ張りな私は誰にも手を伸ばすことができなかった。


そんな多忙な日々に追われる中、彼氏の様子が少しおかしい事に気付いた。

妙に余所余所しかったり、会話が続かなかったり、小さな異変に気付く度に不安を感じるのに、それを問うことはできなかった。

問いただして不安が現実になることが怖かったし、何よりこんな私と一緒に居てくれる人を失うことを恐れた。

それが自分勝手だと重々承知していたが、この現状から立ち直れるほど私は強くなく、気付かないフリをする程度には強かだった。


余裕がないまま年が明け、また新しい一年がやってきた。

成人式の日、母は私に深い色をした紅に薄紅の桜が手描きされた振り袖を用意してくれた。

私は、成人式に参加しないつもりでいた。

振り袖を着付けてもらった友人達の間にスーツ姿で交じるのは恥ずかしかったし、祝ってくれる人などいないだろうとも思っていた。

それなのに母は、家計が苦しい中でやりくりをして中古で振り袖を買ったのだ。

母に促されるまま髪を結ってもらい、その振り袖を着付けてもらった。

立ち鏡に映る振袖姿の自分を見て、私は漸く成人式に参加できると実感できた。


私は、自分が二十歳になるまで生き長らえるとは思っていなかった。

その前に父が私を殺すか、自分で死を選ぶんだろうと思っていた。

幼い頃から何度も繰り返し想像した出来事は現実にならず、私は父から解放されて成人式の振り袖を身に纏うことができた。

その時ふと、


『……私、これからも生き続けるんだ……』


そんな当たり前の言葉が、すとんと私の中に落ちてきた。


鏡越しに母の優しい笑顔を見た瞬間に胸が一杯になり、私は振り返って母を抱きしめた。

何度もありがとうと言う私に、母は照れつつも早く成人式に行くようにと促した。


その日は成人式に参加し、その後に高校時代の友人達と会った。

皆少しだけ大人になっているのにあの頃と変わらない笑顔で出迎えてくれて、本当に楽しい一日を過ごした。

今でもこの友人達とは仲良くしており、時折集まって飲みに行ったりしている。

結婚して子供がいる友人や独身でバリバリ働いている友人など様々だが、集まった時はあの頃のように無邪気に笑って話ができる。

私の大切な友人達との関係を、これからも大切にしていきたいと思う。


逆に彼氏には別れを告げられた。

成人式が終わり専門学校を卒業する間際に別れ話を切り出され、身を裂かれるような思いをしつつも承諾した。

彼氏の気持ちが私にないと分かっていたのにずるずると関係を続け、向き合えないまま答えを先延ばしにし続けたツケが来たんだろうと思う。

私と彼氏とはもう連絡を取り合うような仲ではないが、共通の友人から結婚して奥さんや子供たちと幸せに暮らしていると話を聞いた。

辛い時期に支えてくれた人が幸せになったという話を聞いて、私は純粋に嬉しいと思った。

これからも彼は幸せであって欲しいと思う。


私が専門学校を卒業してから、父は刑務所へ服役することになった。

母は身体障害者で持病もあったから医療刑務所に入ったんじゃないかと言っていたが、結局どうなったのかは分からない。

母は私に負担をかけたくなかったのか、父について話すことはなかった。

私も母に父の事を聞くのは気が引けて話をしていない。

きっとこれからも、母と私が父についての話をする日は来ないだろう。

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