手紙
わからない、わからない、わからない。
なぜ、自分が明日に死ななければならないのか。なぜ、数ある死刑囚の中で自分が選ばれてたのか。
毎日、奇行と奇声を叫んで何とか死刑を逃れ、心神喪失を装おうとする自称、精神異常者。
表向きは人を殺めた事を反省しているように見えるが、心の奥底では遺族、被害者ではなく自分だけが救われたい偽善者。
その点、私は自分の行った行為に対し一切の反省・後悔はしていないと断言できる。
確かに私は幼き頃から殺人衝動を抑えきれず、数多くの老若男女問わずちゃんと平等に殺傷してきたはずなのだ。
しかし、マスコミは私の事を弱者のみを狙う卑劣極まりない凶悪犯罪と報道した。
私は、それら記事内容を訂正するようにと獄中で何度も筆を執り手紙を新聞各社に送ってみたが、来る返事は皆、私が被害者を殺めた時の感情を求める内容のものばかりだ。
中には私の生い立ちを本として出版して、その利益を遺族を支払ってみては如何か? と返事もあった。
くだらない。遺族の為に〜等と能書きを垂れているが所詮、自分の名声や自社に利益をあげようというのが見え透いている。
死ぬ前に真実を語れと書いてあったが、本当にくだらない。
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「とまぁ。こんなのを見つけたんですけど、どうですかねこれ?」
「・・・どうと言われてもな」
ある日の昼、刑務官、大坊に同職の後輩、多田野が見せてきたのは今朝、死刑執行された津山の手記のような日記にも取れるような物であった。
これで書き終えたのか、それとも書いている途中に“迎え”が来たかわからないが、津山が亡くなってしまった今となってはそれを確かめるすべが今はもう無かった。
だがしかし、それよりも何故こんな物を多田野が持っているのだろうか? の疑問の方が大坊にはあった。
普通、死刑囚が刑を執行された場合には、その遺体・遺品は遺族が引き取りに来るはずだ。津山もその例に漏れずに遺族が遺体・遺品を全て引き取りに来たはずなのだが・・・。
いったい何故? と疑問に思って大坊は落としていた視線を多田野に向けてみると多田野は悪戯がバレてしまった悪ガキの顔をして笑っていた。
「多田野、お前な・・・」
疑問が解決と同時に大坊は頭を抱え深い溜息をついた。理由は多田野のやった行いがわかってしまったからだ。
恐らく多田野は津山の書物を持ち出したのだろう。
「もし、バレたら大問題だぞ。下手すれば懲戒免職処分もありえるかもだぞ」
「あははっ、バレるわけないじゃないですか。書いた本人はもうこの世にはいないから証言できませんしね」
悪びれた様子もなく笑って話す多田野。
「あっ、これは大坊さんだから話したんですからね。絶対に、絶対に内緒にしてくださいよ。今日、飯奢りますので!」
拝み倒すように言う多田野だっので大坊は「わかった、わかった」と面倒そうに言った。
「そもそもどうしてこんなものを持ちだしたんだ?」
「いやー、こういの週刊誌あたりに売りつけたなら結構な額の金になると思いまして~」
「この文量では、それほどの大した額になる金額にはならないだろうな。それに持ち込んだ所で本物だとどう証明する? 自分が刑務官だと身分を明かせば、情報が漏れる可能性だってあるってのに・・・」
いくら週刊誌の記者の口が固くても公安が本気になれば、すぐに誰が情報を売ったのかを突き止められるだろう。
「・・・それとな多田野、お前、気持ち悪くはないか? 死刑囚が死ぬ前日まで書いてたものを持っているなんて」
「まぁそりゃ・・・そうですけど・・・あんまり変な事を言って脅かさないでくださいよ~」
ポリポリとこめかみあたりをかく多田野、一応はそういう幽霊・呪いの類を気にしてはいたみたいだった。
「なんというか怖く感じないか? こんなもの職場には置けない以上、お前はそれを家に何日も置いておくってわけだろ? こういう仕事柄だから幽霊の類はあまり信じてはいないが、それでも少し嫌だろ?」
「まぁ、嫌ですけどねー」
「今ならまだ間に合うと思うぞ、今から遺族の方に連絡して引き取りに来てもらえばいい」
逡巡している多田野に更なる言葉で畳み掛けてみる大坊。
「・・・やっぱそうですかね?」
両腕を組み、目を閉じてうんうんと考えている多田野、そして瞳を開けると結論を言うのであった。
「至急、遺族の方々に連絡を取ってきますね」
そう言って多田野は立ち上がり部屋から飛び出して行った。
「一件落着だな」
これで面倒事にはならないだろうし、飯も奢ってもらえる。
大坊はそんな事を思い、何を奢ってもらうかと考えながら今日も仕事に励む。