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黒と青の狭間  作者: 空丸
3/6

二、

「おはよう。起きてる?」

良く手入れの行き届いた剣をを腰に挿し、バックパックに必要なものを放り込んでいると、ぱたぱたと軽い足音と共にこれまた能天気で軽い声が部屋の中へ飛び込んできた。

「ああ。」

暑さのせいだろうか。目覚めた時からの軽い頭痛を掌で押さえ込み、それをそのまま吐き出すような返事を返す。

「あー、いたいた。出かける前でよかったー。いっつも、いつの間にか居なくなっちゃうんだもん。」

ドアの陰からひょいと現れた栗色の巻き毛。


顔を覗かせたのは、歳の頃15、6の、巻き毛に負けず劣らずクリクリとした目が印象的な、可憐で可愛い少女だ。

彼女の名はレイチェルと言う。

シオンの幼馴染兼家族だ。栗色の髪に高めに結んだ真っ赤なリボンが良く似合っている。

そのリボンは去年の収穫祭の時、レイチェルにせがまれてシオンが買ってあげたものだ。


―――いや、可憐で可愛いのは、その見た目だけかもしれない。

実際は活発で、さらに物凄くおてんばな娘だった。

レイチェルの母親からは、彼女が3つの頃に教会の屋根に登って降りられなくなり、シスター達が総出で助けた時の話や、それに類似した武勇伝を、それこそ沢山聞かされている。

この家はレイチェルの母親の持ち物であった。

シオンは子供の頃から、その2階にある部屋の一室でレイチェル母子(おやこ)と暮らしていた。




10年前、隣国との間に戦争が起きた。

前王サリオン3世が崩御して1ヶ月、現王デイン1世の即位間もなかったアザラエシア王国は、その力弱しと見た隣国のカーン王国に攻め込まれた。

だが、アザラエシア国王デイン1世は自らが先頭に立って兵と共に戦い、見事カーン王国を退け、その結果デイン1世王の名は、近隣諸国に知れ渡ることとなった。

おかげでアザラエシア王国はこの10年と言うもの、国同士のいざこざとは無縁であった。

その時の戦争に巻き込まれて両親を亡くしたシオンだったが、親代わりとなって育ててくれたのが、シオンの母の友人だったレイチェルの母親だ。

おかげでレイチェルの母親には未だに頭が上がらないし、レイチェルとはずっと兄妹同様に育ってきた。

ただ―――レイチェルはそう思っているに違いなかったが、シオン自身はレイチェルに妹とは別の感情を持っていた。


レイチェルの父親は、その戦争の時に兵として徴集されて、そのまま帰っては来なかった。

残念ながら、現在に至るまでその消息はつかめていない。

今では彼が働くことで、レイチェルとその母親の生活の多くを支えていた。それゆえ危険な依頼が来ても、めったに断る事はなかった。

そして実際に、仕事を始めてからのシオンは、どんな依頼でもこなせられるようになっていた。




「何の用だ、レイチェル。」

青みがかった黒い瞳を向け、ぶっきらぼうに投げかけた彼の問いに、レイチェルと呼ばれた少女は唇を尖らせる。

「何の用だ、は無いでしょう。昨日白タマゴが来たじゃない。きっと今日はその仕事で出かけると思ったから、早起きして作ったんだから。ちゃんと持っていってよね。お・べ・ん・と・う。」

白タマゴ・・・。言い得て妙だ。

だが、シュトー商会のあいつも、随分不名誉な通り名を付けられたもんだ。

しかし的を射ているな。

この次ダーレンの顔を見たとき、自分も白タマゴと呼んでしまいそうだ・・・。


ぼんやりと昨夜の白い丸顔を思い出していると、つかつかと部屋に入ってきたレイチェルがシオンの腕を取り、「はいこれ」と手作りの弁当を握らせた。

「うっ―――。」

レイチェルに手渡された弁当を手に、ぴくりと眉をこわばらせて、シオンは軽くうめく。

「ピンクだらけ・・・かよ・・・。」


ピンクの小ぶりのバスケットにピンクの包み紙、ピンクの・・・・これはもしや、噂に聞く嫌がらせというやつなのだろうか?

この俺がこのピンクを持って魔物退治に向かわねばならないとは、世も末だ。

多分自分に尤もに合わない色、それがピンクってもんだ。

そんな事を心の中でつぶやいていたが、気を取り直し、その稀有な瞳を向けて、無駄とはわかりつつも一応抗議の声を上げる。


「レイチェル。・・・俺はピクニックに行くわけじゃないんだぞ」

「そんな事、知ってるわよ。」

レイチェルは右手をぐいと突き出し、立てた人差し指をシオンの目の前で2,3回振ってみせる。

「いいこと。せっかく作ったんだから、ちゃんと持っていってよね。それに、しっかりと残さず食べること。大体、私が見張っていないと、絶対にご飯ちゃんと食べないに決まってるんだから。」

シオンの抗議などは意に返しもせずに受け流し、レイチェルの声のトーンが、1つ、2つ、跳ね上がっていく。


不思議なことに、レイチェルにはシオンの眼の威力が通じた事は一度として無かった。

シオンの知る限り、レイチェルだけだ。

だから、レイチェルと話をする時だけは、何も気負う必要の無いのが嬉しかった。

俺だって―――。

シオンは思う。

食べたくないわけじゃないんだぞ。ピンクを何とかして欲しいだけだ。


それだけではなかった。

魔物を討伐に向かうのだから、食べ物の匂いをさせるのを避けたいというのもある。

やつらを先に見つけて有利な行動をとる為には、ピンクは目立ってしまうし、食べ物の匂いは邪魔なだけだった。

だがレイチェルの申し出を断ると、後が面倒だ。

きっとまた何日も機嫌が直らないに違いない。

さらに、また近所のおせっかいなおばさん連中に、可愛い妹をいじめただの何だのと、とやかく言われるのも面倒だし、何よりレイチェルの母親にはいらぬ心配をかけたくない。

まるで尻に敷かれた気弱な男のようでむかつくが、レイチェルの母親にもレイチェルにも決して強く出る事が出来ないのは、自分でも良くわかっていた。

仕方ない。ここは潔く身を引いた方が得策だろう。


「はーぁぁ。」

息を吐き、脱力したシオンは、鼻息荒く腕組みをして仁王立ちのレイチェルに、軽く片手を上げてみせる。降参の合図だ。

「・・・了解。」

「最初っからそう言えばいいんだわ。」

満足そうに笑うレイチェルの顔を力なく見返し、シオンは半分諦めたような気分でため息を一つついた。

それから改めてバスケットを手に取り―――やがて、はにかんだような微笑みを浮かべた。

「ありがとな、レイチェル。」

「どういたしまして、よ。」


シオンがこんなに柔らかい笑顔を見せるのも、レイチェルだけだった。

まるでおくびにも出さなかったが、何やかやとつついた時に彼女が見せる反応は、シオンにとってはいつも楽しいものであった。

笑ったり泣いたり、表情がころころと変わるのを見るのは、好きだった。

すぐに怒るのも実は嫌いではなく、ぷうと頬を膨らました顔などはむしろ可愛いと思っていたが、それが元でもっと怒らせてしまう事が良くあった。

10年一緒に暮らして来たが、未だに加減というものがわからないので、だからこうやって素直に従う事も多い。


確か、遠く東の果てにあると言うとある国には、「さわらぬ神に祟りなし」と言う諺があったはずだ。

正確な意味はわからないが、恐らく山や森のやつらみたいなものなのだろう。あいつらだってこちらが不用意にことをしない限り、騒ぎは起こさないからな。

だったら確かにレイチェルも、さわらぬ神ってやつとあまり変わらない気がする。

シオンはそんな事を考えながら、大きく手を振るレイチェルに見送られつつ、ピンクのバスケットを片手に街を後にした。

魔物とやり合う前だというのに、ピンク色にエネルギーを吸い取られでもしたか、既に軽い疲労に襲われている。

くすりと笑みが漏れた。

「ははっ。・・・ああ、朝から妙に疲れてしまった。」

頭痛はいつの間にか、消えていた。



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