ジャバウォックのパイスープ
ハロウィンの夜。その日、私はおとろしの紳士の夕餉に招かれた。
迎えに来たのはカボチャにジャック・オ・ランタンの御者の馬車。辿り着いたのはペーパークラフトの小さなお屋敷。屋根がないそれを覗き込むと、小さな料理が湯気を立てている。
「どうやって入るの」
指をさして首を傾げると、おとろしの主人はにっこり笑って料理を示した。
気が付けば、ロココ調の黒ずんだダイニング。そこで私は食卓に向かっていた。見上げれば夜空。向かいにはおとろしの主人。椅子には座らず、白いクロスの上に巨大な首を乗せ、料理に向かっていた。巨大な顔が私に笑う。人を取って食えそうな大きな口だ。ナイフとフォークを手にした私の前には、既に料理が饗されている。
パイスープだ。皿の上に乗っているのは黒いパイ。シュークリームが炭だらけになったようなそれは、一見すると焦げてしまった失敗作だ。もしくは炭を塗りたくったシュークリームだ。怪訝に眉を顰める。本当に食べられるのだろうか、しかしおとろしは笑っている。食べて御覧、といわんばかりだ。私は律儀だったようだ。意を決し、ナイフとフォークを切り入れた。
すると中からは、黄色いスープが顔を見せた。クリームシチューかコーンスープか、その中間くらいの不思議なスープ。人参やパセリや馬鈴薯、玉葱が刻まれ浮かんでいる。パイの外観と中身の落差に驚きながらもフォークを入れると、中からはアワビが出て来た。否、アワビに見えただけで、恐らくそれはアワビではなかった。一見すればスライスしたアワビ、しかし質感や色合いがどことなく貝のものではない。好き嫌いの多い私は魚介類が苦手だったのだが、それこそホストのおとろしに申し訳ない。だから再び覚悟を決めて、それを口にした。
目を見開いたのは、それが存外美味しかったからだ。そしてやはりアワビの味ではなく、それは鶏肉に近かった。塩漬けをした鶏のモモ肉だった。ぷりぷりとした食感がそれに似ていた。
塩胡椒でよく味をつけて寝かせたような味がした。噛めば噛む程味が染み、スープと合わせて食すと更に風味が広がった。予想外の美味に、私は夢中になってそれを平らげた。その間も、おとろしはにこにこ機嫌良く笑い続ける。とても満足げだ。
食べてみればこれも美味だったパイまで平らげて、フォークを置く。腹がくちく、眠気も起きた。行儀悪く目元を擦りながらも私はおとろしに尋ねる。
「それでこれって何のお肉なんですか」
「●●●ですよ」
おとろしは即答してくれたが、奇妙に不明瞭でよく聞こえない。だから私は指を立てて、「もう1回いってくれますか」と強請る。しかしおとろしは、2度は答えてくれなかった。
ただ、にこにこと、首から下のない身体――頭だけで、それはそれは機嫌良く笑っていた。だから私は、仕方ないので「ジャバウォックのパイスープ」と名付けていた。正体がわからないという点では、同じ事だろうと思ったからだ。
「今夜は泊まっていって下さい。ベッドも用意させますから」
そういう紳士はどうやって眠るのだろうと私は思った。そういえば、おとろしにしては小振りな気がする。もしかしたら本当は首から下の身体があったのかも知れない、なぜかそんな気がした。
だとすれば、首から下の肉体はどうしたのだろう。どこに、いったのだろう。私は胸と腹を押さえながら、そんな事を考えた。
ジャバウォックのパイスープ
(魑魅魍魎の行き交う夜。出された夕餉は何の肉?)
End.