浦島太郎、のちょっと前
※シモネタですけど
昔々の事です。
あるところに、浦島の太郎という青年が住んでいました。
毎日、昼間から海に釣り針を垂らし、ぼんやりと空を眺めているだけの暇人でしたが、自尊心だけはやたらに強い青年でした。
ある日、午後一時を少しすぎて、そろそろ眠くなった太郎は、母親もパートタイムに出かけた頃だろうと、家路を辿っていました。
ふと、騒がしい子供の声を聞いて浜辺を見ると、子供たち三人が、何やら夢中になって棒を振り回しています。目を凝らすと、子供たちの中心に、ウミガメがいるではありませんか。
これはいけない、と思った太郎は、走ると割れた貝殻を踏んで危ないので、慎重にゆっくりと歩いて子供たちに近寄っていきました。
「こらこら、無抵抗な動物を殴りつけてはいけないのじゃないか?」
太郎がそう声を掛けると、子供たちはむっとして口々に反論します。
「だって、こいつ臭いんだもん」
「だって、こいつ殴ってくださいオーラ出してんだもん」
「だって、こいつカメなんだもん」
なるほど、子供たちの言い分も一理ありそうです。確かにドブ川のような臭いが太郎の鼻を突きますし、甲羅に閉じこもったカメは木魚に似ていて無性に叩いてみたくなります。そして何より確かにカメでした。
しかし、太郎も無職とは言え立派な大人です。ここは冷静に彼らを言いくるめることにしました。
「いいかい、君たち。動物を虐待するのは犯罪なんだよ。犯罪ということは、これを目撃してしまったぼくは、お巡りさんを呼ばなくちゃいけない。するとどうなるか、分かるかい?」
太郎の落ち着き払った脅し口調は、子供たちを震え上がらせるには十分効果的でした。
「わあ、母ちゃんに怒られちゃう!」
「わあ、前科一犯になっちゃう!」
「わあ、お受験に落ちちゃう!」
もの分かりのいい子供たちは、手にしていた棒切れを捨て、一目散に逃げ出しました。
カメのそばにしゃがみ込んだ太郎は、入ってますか、と軽く甲羅をノックしました。
すると、カメが頭を出しました。完全に出てくる途中まで、カメの頭にやや皮が被っているのを見て、太郎は陰鬱な気持ちにさせられます。
「はい、助けて、頂いて、本当に、ありがとう、ございます」
もったいぶったような喋り方が、太郎の感情のベクトルを、一瞬にして苛立ちへと変容させました。
「のろまな奴だ。お前のようにのろまな奴は、餓鬼どもの格好な餌食に違いない」
太郎は無表情の張り付いた顔で、カメを一息にののしりました。カメは、そそり立っていた頭をしおれさせて謝ります。
「はい、本当に、申し訳ないと、思います」
「もういい、黙れ、うるさい、嫌らしい頭をしやがって」
太郎の苛立ちメーターは、今にも振り切れそうでした。
「はい、申し訳、ありません。つきましては、お礼のしるしに、あなたを、竜……」
「黙れと言っただろうが、このカメ!」
我慢の限界でした。
カメのゆっくりとしすぎた口振りもそうでしたが、立派すぎるカメの頭の反り上がっているのが、太郎のコンプレックスを刺激していました。
太郎は思わず、子供たちの使っていた棒の一本を手に取り、カメの頭めがけて振り下しました。
しかし、カメの頭は意外な俊敏性を見せ、甲羅に引っ込んだために、太郎の一撃は砂を打つむなしいものとなってしまいました。
これには太郎も怒り心頭、二打目を甲羅に叩きつけます。でもカメの分厚い甲羅はびくともしません。
とうとう、太郎は両手に棒を持ち、太鼓を叩く要領でカメを滅多打ちにし始めます。
太郎が謎のリズムを刻み始めた時、太郎の背後からそれを止める声がしました。
「おい、きみ、やめたまえ!」
歩いてきた声の主は、太郎と同じ年の頃の青年でした。太郎と同じく釣り竿を担いでいるのを見て、太郎は、こいつは働いたら負けだと思っている人種だな、とナメてかかりました。
「お? なんだテメェ、お? テメェどこ中だコラ? なんつー名前だよオラ?」
精いっぱいヤンキー風にすれば、相手がビビッてくれるものと思いました。けれど、青年は一歩も引きません。やはり自尊心はやたら強いようでした。
「あぁ? 浦島西中出身の太郎っつーもんだけどよ、文句あっかコラ? おれの親父は浦島市の市長だぞオラ?」
カメを殴っていた太郎は、後からやって来た太郎の後ろ盾に完敗してしまいました。
後日、市長の一人息子が行方不明になったとインターネットで知った太郎は、高笑いをして、お父さんに怒鳴られましたとさ。
めでたしめでたし。