青い海とさざなみと
ゆらりゆらりと、ドレスの裾が揺れる。
水面で踊っているかのように、足下に波紋が幾重にも重なっていて・・・
夢でも見ているような気分。
いや。
多分、夢を見ているんだと思う。
だって・・・今僕は、都の真ん中にいるんだから。
都のまん中のホールの・・・ホールのある建物の明かりのつかない空き部屋に、ひっそりと佇んでいるんだから。
そう。
僕はこの部屋から、逃れられない。
僕にかけられた、とても強力な、呪いのお陰で。
解く方法はただ1つ。
“彼女”を幸せにする事。
僕に呪をかけた魔女の娘を、幸せにしてやる事、それが・・・唯一の解放の術。
「ねぇ、あなた何をしていらっしゃるの?」
背後からの声に、ハッと振り向いた。
軽くウェーブのかかった黒い髪、何もかもを吸い込んでしまうような黒い瞳と、シンプルで洗練されたデザインのほのかに水色がかったドレス。真っ白な雪のような肌をしたその人は、暗い部屋の中で、ぼうっと光っているように見えた。
「・・・じっとしているんですよ」
「あらそうですの。では、何故じっとしていらっしゃるの?」
何も映す事がなさそうな、ガラスのような瞳。
凛と整った顔が、僕を見ていた。
「・・・やることがないので」
「何故?むこうでは舞踏会が行われているのに・・・あなたは行かれないの?」
「残念ながら、僕はこの部屋からは出られないのですよ」
「まぁお気の毒に!」
その人は言った。
「こんな小さくてなんにもない部屋で・・・いつからここにいるんですの?」
「・・・ご覧の通り、この部屋には窓がございません」
「えぇ、確かに」
「ついでながらに時計さえないので、僕は時を知る術がないのです。
とても長く、果てしなかった気がしますが」
その人は黙った。そして、口を開いた。
「お食事は?お食事で時間を知る事ができるでしょう?」
「・・・食事は・・・おそらく、当分しておりませんね」
その人はうーんと唸って、何か閃いたように扉に向かった。
やはり、僕が怖いのだろうか。
「良い事を思いつきましたわ!」
「・・・それはどんな・・・」
「とりあえず、わたくし、イリシァル=アンリ=ウィニリアよ。あなたは?」
「・・・僕は・・・ウォリス・・・」
本当は、本当の名前を言いたいのだけれど。
魔女に封印された僕の本当の名前は、僕の記憶の中にはない。
ウォリスは魔女が僕に与えた名前。
僕の名前を封じる為の、名前。
「ウォリス・・・それだけ」
僕は、この名前が嫌いだ。
魔女よりも、なによりも。
僕を、ここに閉じ込める、僕の名前。
「ウォリス・・・だけですの?御家族は?」
「・・・さぁ?・・・分からない・・・」
「・・・ごめんなさいね・・・わたくし・・・」
「いや、僕自身あまり気にはしてないから、気にしないでください」
「でも、ウォリスという名前、わたくし、好きだと思いますわ」
僕はなにかにハッとした。
何なのかは知らないが。
彼女・・・イリシァルは、扉まで行くと振り返った。
「何か食べ物を持ってきますわ。今晩は立食ですの」
「そんな・・・迷惑でしょう」
ウォリスが言うと、イリシァルはいいえと首を横に振った。
「わたくしは全然迷惑じゃないわ。むしろ誰かを助けられるなんて、とても幸せ。
ついでに明かりを持ってきますわね」
イリシァルはドレスの裾をゆらして、去った。
僕はそのまま、じっとしていた。
魔女、あなたの娘は・・・僕が何もしなくても、幸せになっていました。
僕はどうやったら、自分で幸せになれる彼女を幸せにできますか。
新たに、僕に課せられたこと。
幸せな人を、幸せにする事。