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雨傘の騎士と悪知恵のお姫様

作者: ウォーカー
掲載日:2026/06/28

 梅雨のシトシト雨の下、学校の校門で二人の男子生徒が遊んでいる。

雨に打たれるのも気にせず、傘でチャンバラごっこをしているのだ。

遊んでいるのは二人、どちらかと言うと小柄な田中たなかさとしと、

体格もよく粗暴で番長と呼ばれている、岩岡いわおかごうの二人。

一緒に遊んでいるとは言っても、番長の岩岡の悪ふざけが過ぎて、

相手の聡は岩岡の傘をかわすのが精一杯。

そこに、聡の後ろを女子生徒が一人、通りがかった。

そのまま通り過ぎれば何も起こらなかっただろう。

しかし運悪く、その女子生徒は気が付いて立ち止まってしまった。

今、番長の突きが自分に向かっていることを。

「キャッ!」

「あぶない!」

聡は番長の突きを必死に受けるも叶わず、番長の傘の先を避けきれず、

逸れて女子生徒の顔の目付近を突きでかすらせてしまった。

女子生徒はしゃがみこんで目を押さえている。

手の指の間からは、血が流れてきている。

「君、大丈夫か!?早く先生を呼ばないと!」

すると番長が聡の首根っこを掴んだ。

「バカかお前は。そんなことをしたら俺達二人が処罰されるだろうが。

 それより今は逃げるんだよ!」

「でも・・・」

「嫌とは言わせねえぞ。お前が捕まったら、俺も捕まるんだからな。

 そんときゃお前がいじめのターゲットだ。」

結局、聡はうずくまる女子生徒に手を差し伸べること無く、

番長に引きずられて逃げるしか無かった。

「ごめん。どうか無事で・・・!」

そんな聡の心からの謝罪の声は、女子生徒に届いただろうか。

今はわからなかった。


 翌日。

学校では朝から臨時ホームルームが開かれた。

その議題は聡にはよく分かっていることだ。

担任の先生が言う。

「昨日の放課後、学校の校門で女子生徒が怪我をしました。

 怪我の原因は、目を傘で突かれたことによるものです。

 すぐお医者さんに連れていきましたが、

 最悪、両目とも失明の可能性があるそうです。」

失明、と聞いて、教室は一気に騒がしくなった。

「失明だってよ!しかも両目とも。かわいそうに。」

「男子がやってるチャンバラごっこが原因なんじゃないの?」

「いや、女子も雨粒を飛ばすために傘を回してるだろう。

 あれ、あぶないと思ってたんだよ。」

騒がしくなった教室を、担任の先生が一喝。

「はいはい、みんな静かに!

 被害者はこのクラスとは別のクラスの、町屋まちや洋子ようこさんです。

 町屋さんが見た犯人の顔は、見覚えがない男子生徒二人だそうです。

 つまり町屋さんとは別のクラス、このクラスの男子生徒の可能性もあります。

 みんな、何か心当たりがあったら先生に知らせてください。

 では、一限目の授業を始めます。」

先生は普段の顔に戻ったが、聡はそれどころではない。

自分の悪ふざけが原因で、女子生徒を一人失明させたかもしれないのだ。

罪悪感に唇が震えて歯の根が合わなかった。

どうしよう、自首しようか?

そう思って番長の岩岡の方を見ると、岩岡は冷たい表情で聡を見ていた。

「チクったら殺す。」

声のない唇の動きだけで、そう伝えてきた。

相手はあの番長だ。

今までに何人もの生徒をいじめのターゲットにして転校に追いやったり、

他校の生徒たちの集団と喧嘩して追い返したりしたという話も聞く。

学校の先生も岩岡の言動には手を焼いている。

ただの一生徒である聡ごときに逆らえる相手ではなかった。

これでは先生に直接、話をしに行くことなどできない。

かと言って、知らんぷりをするのは聡の良心が許さない。

だから聡は、手紙を書くことにした。

「僕はこの事件の犯人達を知っています。」

手始めにこんな内容の手紙を、こっそりと教卓の中に入れておいた。


 次の時間。

先生は教卓の中の手紙に気が付くと、職員室に戻り、

しばらくして教室にやってくると、また臨時のホームルームになった。

「教卓の中に、こんな手紙が入っていました。

 手紙を出してくれた人、勇気を出して情報提供してくれてありがとう。

 これからもどんな方法でもいいので、情報提供を待っています。

 それでは途中ですが、授業を再開します。」

授業の後、聡は番長に人気ひとけの無い体育館裏のトイレに連れ込まれていた。

「お前、先生にチクったろう!?」

聡は勇気を出して言った。

「このまま黙ってるのはよくないよ。

 名前を出さずとも、謝るってやり方もあるし。」

「お前はバカか!

 あの不用意な手紙一つで、この事件の犯人は、

 うちらのクラスの男子生徒しかも複数だって完全にバレたんだぞ!」

「あっ、それもそうか。」

聡は自分が出した手紙の文面を思い返していた。

あの短い文章でも、入っていたのが自分のクラスの教卓というだけで、

こんなにもたくさんの情報を与えてしまうのだ。

自首ではなく先生から犯人と指摘されたらどうしよう。聡は震えた。

「とにかく、これ以上余計なことをしたら、お前には痛い思いをしてもらう。」

ボカッ!っと番長は聡の顔面を拳で殴った。

鼻から鼻血が流れ出てくるのが分かる。

番長はペッと唾を吐いて去っていった。

これで、共犯だが共犯ではない、上下関係が完全に出来上がった。


 それからも聡は様々な方法で先生に情報提供しようとした。

出席簿にメモを挟もうとしたり、二人っきりになれるタイミングを探ったり、

いっそ思い切って教室で叫んでしまおうかとすら思った。

しかしその度に、勘の良い番長に見つかっては阻止され、

殴る蹴るの暴行を受けていた。

そのせいで、聡の顔や体は痣だらけになっていった。

「聡、お前、顔どうしたんだ?」

「いや、ちょっとぶつけちゃって・・・」

番長にやられたとも言えず、また目立つことも出来ず、

聡は腫れ上がった顔を隠しながらの学校生活を余儀なくされた。

このままでは先生と番長の板挟みで、学校にくることもできなくなってしまう。

万事休す。だがそんな状況を覆す時が来た。

洋子の目が奇跡的に回復したのだ。


 傘で突かれた町屋洋子の目は、すんでのところで致命傷を免れていた。

そして根気強い治療の結果、視力が回復してきたのだった。

早速、全校集会が開かれ、事件の犯人探しが始まった。

洋子は目を突かれる直前、犯人の顔を見ていたのだ。

だから生徒全員を集めれば、犯人は分かるはず。

そう思って先生たちはあえて洋子の視力が回復したことを隠していた。

犯人の生徒が欠席し続けて逃げられないようにするため。

そして断罪の時が来た。間髪入れずの全校集会。

聡は自分がいつ指名されるかと、ビクビクしていた。

すると洋子が聡の近くで立ち止まり、大声で叫んだ。

「この人!この人が私の目を傘で突きました!」

洋子が指さしたのは、聡、ではなく番長たる岩岡。

しかし岩岡は納得せず、大声を上げ始めた。

「俺はやってない!

 たしかにあの日、校門付近で遊んでたけど、

 俺はこの子の目を突いたりはしていない!

 一緒に遊んでいた聡のせいで、目に当たったんだ!」

番長によって聡は首根っこを掴まれて連れてこられた。

「田中くん、本当なの?」

責めるような先生の言葉に、聡の口から謝罪の言葉が出かけた時、

洋子が毅然として立ちはだかった。

「違います!この人は悪くありません!

 この人はむしろ、私の目を直撃するはずだった傘の突きを、

 懸命に逸らしてくれたんです。私の恩人です。

 それに、岩岡という人は、この田中くんという人を脅しています。

 田中くんが決して自首しないように。

 見てください。田中くんの顔や身体の腫れを。

 これは暴行の証です。」

洋子の指摘通り、聡を口止めするために番長がやってきたいじめが、

体の傷という目に見える形で顕になった。

体育の先生が大きな体でやってきた。

「岩岡、俺と一緒に来い。田中は保健室に行け。」

「では、全校集会はこれまでとします。

 各自、教室に戻って。」

こうして、先生の取り調べにより、事件のあらましは明らかになった。

岩岡は生徒指導室で先生たちにこってりと絞られ、

聡は保健室で保健の先生と洋子から治療を受けた。

二人でやったことにも関わらず、ここまで対応が正反対なのは、

やはり聡が自首しようとしていたことと、

番長がそれを阻止しようとしていたのが大きい。

先生と洋子の理解の良さに聡は救われたのだった。


 それからしばらく経って。

聡の学校では傘のチャンバラごっこが校則で禁止となった。

番長たる岩岡は退学。

しかし聡は自首しようとしていたことが評価され、

退学でも停学ですら無い、特別授業一週間の罪で許されたのだった。

その話し合いの過程で、聡と洋子は親睦を深めていた。

「聡くんさ、いつも帰りはどうしてるの?」

「えっ、一人だけど。番長に呼び出されない限りは。」

「それじゃあさ、今度、私と一緒に帰ろうよ。」

「えっ・・・?」

「だって怖いじゃない。

 また一人で帰って、トラブルに遭うのが。」

その結果、帰りは一緒に帰る程度の仲になっていた。

今日も聡は傘を片手に学校の玄関で洋子を待っている。

すると、後ろからポンと背中を叩かれた。

「聡くん、待った?」

「いいや、今来たところだよ。」

「そう。じゃあ雨も弱まったところだし、

 帰りにアイスクリームでも食べていこうよ。」

「いいけど、また僕のおごりなんて言うんじゃないよね?」

「あら?だって聡くんはあのチャンバラの時から、

 私を守る騎士になったんだよ。

 アイスクリームくらい奢ってくれて当然じゃない?

 それとも、やっぱりチャンバラごっこの共犯者になる?」

「うっ・・・。」

聡は言い返せなかった。

あのチャンバラごっこの事件以来、洋子の目はすっかり治った。

それはいいのだが、チャンバラごっこの共犯者にされるのも、

洋子を失明から守った騎士になるのも、洋子の気分次第。

こうして毎日、傘を差さされては、甘いものをせびられる毎日だった。

聡は洋子と一緒にいるのが悪い気はしない。むしろ楽しい。

しかしこう思う。

あのチャンバラ事件で本当に恐ろしい存在は誰だろう。

退学になった番長か、姿を隠していた自分か。それとも・・・。

梅雨の雨に煙る玄関で、洋子は無邪気に笑顔を見せていた。



終わり。


 梅雨時の傘は子供にとって格好の遊び道具です。

私も子供の頃はびしょ濡れになって遊んでいました。

でも傘は周りに被害を与えやすく、傘自身も壊れやすいものです。

何かあった時にどうするか、子供なりに考える必要があります。


作中では聡は自首することを番長に阻止されていました。

もしも洋子の目が回復しなければ、逃げ切れたかも知れません。

しかしその場合、聡が自首しないように監視し続ける必要があります。

結局、悪いことをしてしまったら謝った方が早くて楽なのです。

その結果、一番得をしたのが誰なのかはともかく。


お読み頂きありがとうございました。


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