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浄罪の救世主

作者: 斗山新一

 ねぇあなた、前に高校時代どうだったか私に訊いたことあったでしょう。あのときははぐらかしたけど、あなたに話しておこうと思うの。

 週末同窓会があるの言ったわよね。そこで言わないとけないことがあるの。私の初恋の人の、私だけが知ってることについて。

 彼はね、私達のクラスの恩人なの。高三になって転校してきたんだけど、もしこなかったら私達のクラスは最悪の高三になってたと思うの。私なんかたぶん最悪の高校生活になってたと思う。

 でもね、その彼について私だけが知ってることがあるの。それがあるから初恋の記憶は後悔の記憶に変わったの。四十代目前の今になってもそれ以上の後悔はしたことがないし、思い出す度に後悔で胸がつぶれそうになる。

 だからねの、今までずっと逃げてた。話そうと決めてたのに二十年間一度も向き合ったことがなかったのよ。でも同窓会で話すからそろそろ向き合おうと思うの。

 そのことで私、しばらくの間物思いにふけったり暗くなったりすると思う。だから先にね高校時代のこと話しておこうと思うの。



 高校時代ね、ほんと最悪だったの。家で求められる私と高校で求められる私が真逆で、それを満たせない私を責めることしかしない。大事なのは自分達の要求を満たしてるかどうか。私がどんな人間かなんて関係なかったの。はっきり言って私の居場所はどこにもなかった。

 自分を否定されて何もかもを押しつけられてたらね、だんだん私が誰なのかわからなくなったの。憤りとか不満とか感じることさえなくなってくるとなおさらね。だから、自分を確かめるためにリストカットしてた。手首に走る痛みだけは自分だけのものだから。自分はここにいるって実感できるから。でも、いつも学校で切ってたのよね。家だとプライバシーなんて無いようなものだったから、放課後の教室でこっそりと切ってたの。

 彼と本当の意味で出会ったのは教室でリストカットしてた時だった。

 ホント驚いたのよ。手首切って痛みをかみしめながら顔を上げたら目の前の席に座って私のこと見てたんだから。しかも、それ痛くない? とか訊いたのよ。それもまるで自分が痛みを感じてるような顔で。ばれたら面倒なことになる思ってたのに、痛いかどうか訊くなんて私肩すかしにあったみたいだった。その後も彼は私の想像を裏切り続けたの。私が頼む前に誰にも言わないなんて言うし、いきなり世間話始めるし。ホント不思議な人だったの、彼は。この日初めて話したのに彼は信じてもいいような気がしたの。絶対に私を裏切らない、何の根拠もないのにそう信じることができた。もしかしたら彼が高校で初めての友達だったかもしれない。

 それからはね、放課後いつも彼と一緒にいたの。駄弁ったり勉強したり、ただ一緒にいた。ときどき私はそこでリストカットしてたけど、彼は心配そうな顔して見てるだけだった。リストカットそのものには何も言わないけど、いつもリストカットしてから数日は彼凄く饒舌になるの。たぶん彼なりのはげまし方だったんだと思う。実際、リストカットする間隔っていうのかな、とにかくそれがだんだん長くなってね、六月には切らなくなってた。


 彼は私だけじゃなくて他のクラスメイトにも色々なことをしてくれたの。誰に対しても分け隔てなく世間話を初めていつの間にか打ち解けて、すぐに信頼してもらえる人だったから自然と相談役みたいな立ち位置になってたしね。そして彼はその立場使ってクラスのグループの仲介やったり、クラス会の司会進行してクラスをまとめてたの。彼と最初に打ち解けたのが私だったから、私はその補佐役みたいな形になったから、私もクラスに打ち解けられた。前みたいに否定されることもあったけど、いつも彼は私を援護してくれた。まあ、私だけじゃなくて他のクラスメイトのときも援護してたんだけどね。

 それもあって行事のたびに私たちは忙しかった。いつも一緒にいる人は増えたんだけど、実質的クラスの取りまとめ役だったからね。時間なんていくらあっても足りなかった。文化祭じゃ騒ぎたい人、何もしたくない人、ある程度でいいから参加したい人、誰でも楽しめるように企画をつくったりしたし、試験前に勉強会を企画してみたり色々やってたの。勉強とか行事とか関係なく仲良くなった人と遊びに行くこともあった。

 どれも私には初めての体験で、それまでに体験した何よりも楽しかった。だから、私に彼はとって救世主だったの。どん底のような高校生活から最高の高校生活に変えてくれたし、自分を見失うこともなかった。しかもいつの間にか私彼に恋してたのよ。いつからかはわからないけど、彼にはみっともないとことか見せたくないというか、綺麗な私を見てほしいというか、そんなこと思うようになったし、いつも目で追うようになってた。恋人になりたいなんて何度も思ったけど、断られるのが怖くて何もできなかった。卒業式とか地方の大学に進学するために引っ越しするときとか告白しようとしたけど、他の人もいたし勇気もなかったからできなかったの。


 ここまではクラスメイトなら知っててもおかしくない話。この後に起きたことが私だけが知ってる話。私が話さなければならない話。

 私も地方の大学に進学したんだけど都市部でね、五月くらいだったかな、少し調子が悪くて近くにあった病院に行ったんだけど、そこで偶然彼を見つけたの。地方の大学に進学したことは知ってたけど、どこにあるかは知らなかったのよ。まさか、同じ県だったなんてね。ホントびっくりした。で、彼も少し調子が悪いだけだったから、近くの喫茶店で話をして別れたの。それから、ときどき遊ぶようになった。

 でも、私が遊びに誘うことに彼はあんまり乗り気じゃなかったのよね。私の大学生活のこと心配したり、人付き合いのこと心配したりして、少しよそよそしかった。直接訊いてもはぐらかすし、私には理由がわからなかったの。

 六月の初め、私はその理由を知った。一緒に昼食をとってたときにね、彼がいきなり倒れたの。救急車呼んで病院に行って、そこで私はその理由を知った。彼は心臓病を患ってて、余命半年もなかったの。彼が目を覚ましたのは倒れた五時間後だった。ベッド脇にいた私を見てね彼は一言、ばれちゃったかって困ったようにつぶやいたの。

 それから週に最低一度は見舞いに行くようにしてたんだけどね、いつもは話さない自分のことを彼が自分から話すようになったの。

 母子家庭だったんだけど、彼のお母さんも同じ病気でね、中三の夏くらいに入院して高二の年末に亡くなったんだって。死ぬ直前に彼、お母さんとけんかか何かしたみたいで、そうとうひどい言葉を浴びせちゃったみたい。しかも根に持っちゃったらしくて、病院からの電話にでなかったの。一日して落ち着いたみたいで、謝りに病院に行ったときにはもう集中治療室の中で話もできない状態だったの。結局、何も話せぬまま亡くなったんだって。病院側の話だとけんかした日がもともと調子がよくなかったみたいで、飛び出して行ってからしばらくしたあたりで容態が悪化し始めて、そうたたずに集中治療室に運ばれたんだって。

 お母さん彼がいる間は結構怒ってたみたいなんだけど、飛び出してからはずっと心配してたみたい。そばにいてあげれなくて大丈夫なのかなとか、色々思うところがあったみたい。容態が悪化し始めてからはそれが極まって謝ってたんだって、集中治療室で意識がなくなるまで、ずっと。

 それを聞いて彼自分を責めちゃって食事ものどを通らなかったみたい。償いにはならないだろうけどと思いながら人に親切にすることを自分に課したの、彼は。そして、二月の終り頃に胸が強く痛むから病院に行って、そこでお母さんと同じ病気だってことがわかったの。そのとき言い渡された余命が一年半。一年は普通に暮らせるだろうけど残り半年はかなり厳しいものになるって言われてたみたい。

 自分もそう長くない、実際一年だしね、そう思ったからか、お母さんが亡くなったころから気をかけてくれてた親戚の所に身を寄せたの。で、私のいた高校に転校してきたの。転校した先の高校では一年クラスメイトのために生きる、そして人知れず死ぬつもりだったみたい。まあ、私には知られたんだけどね。

 七月の初め、なんで何度も見舞いに来るのか訊かれたことがあって、そこで私は高三の間抱え続けた思いを伝えたの。本当に彼に感謝していること。私にとって彼は救世主だったこと。私が彼に恋していたこと。何一つ隠すこともなく打ち明けた。彼は困ったように苦笑して、そっかって言うだけだった。でも、たった一度だけキスしてくれた。軽く唇に触れる程度の、子供のようなキス。だけど、それが私には本当にうれしかったの。

 その日の夜、彼は死んだ。


 これが私だけが知ってること。クラスメイトは誰も知らない彼の秘密。

 これのおかげで初恋の甘い思い出が後悔に塗りつぶされた。甘い部分も残ってはいるけど後悔はどうやっても目をそらせないの。人生最大の後悔からはね。二十年たったけどこれ以上の後悔はしたことないの。何故私は気づくことができなかったのか、何故私は何もできなかったのか、何故…………。そんな、意味もないことを考えてしまうのよ。

 だからずっと目をそらしてきたの。でも、今日話してよかった。少し気が楽になったから。

読んでくださりありがとうございます。

正直自信がある作品ではありません。

よかったら感想・批評をお願いします。

甘口辛口問いません(辛口のほうがありがたいです)。

次の作品の向上に役立たせます。


ありがとうございました。


では、よろしくお願いします。

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