出番のない重要人物はシナリオ開始を妨げる
神様に一言、ふざけんな、と言いたいでしょうね、この人。
私、ルシオラ・ニル・メイリアは転生者である。
前世の記憶を取り戻したのは2ヶ月ほど前。15歳の誕生日のこと。
折角前世の記憶を取り戻しておいてなんだが、別に役に立つようなことは今のところはない。
私はごく普通の仕事人間だった。
今世で役立ちそうな科学の専門知識も技術もない。
電子レンジやドライヤーは当然知っているが、では原理は? と言われるとさっぱりだ。
それどころかゼンマイ仕掛けすら詳しく知らない。
農業分野の知識も怪しい。
簿記は資格を取ったが今のところ使う機会がない。働くのが嫌ではないが働かなくてもいい立場なのに働きたいとも思わない。幸い、今のところは労働せず済んでいる。
今世の私は没落しているとは言え伯爵家の令嬢である。
爵位はあっても金はない。
なんでも、曾祖父が放蕩者で散財しまくった結果だという。
祖父と父がなんとか借金を減らしたものの、まだまだ貧しい。
ドレスは母のお古を直したものであるし、家庭教師を雇う金もないので読み書きは母と執事から習った。
一応領地はあるものの、税収の大半は借金返済で消える。
僅かに残った税収と家庭菜園でなんとか食べることはできたものの、その生活ぶりはまさに名ばかり貴族だった。
そしてこの度、私の婚約が整い、金だけはあるクジュン男爵家の嫡男に嫁ぐことが決まった。
この世界は前世で読んでいたドアマット令嬢ものの世界である。
主人公リアリスが幸せを掴むまでの波瀾万丈を描いた作品。
リアリスは身分低い男爵家の正妻の子供だが、正妻が若くして亡くなってしまい、母の死後、父親である男爵が愛人を家に入れ、その継母と異母妹に虐げられることになる。
設定としては目新しいところのない不幸体質なヒロインと言えるが、実際に虐げられる当人にしてみればオリジナリティ溢れていようとなんだろうと関係のない話だ。
使用人以下の扱いを受け、暴力を振るわれ、食事を抜かれる。
幼い頃から決まっていた婚約者とはろくに会えず、その婚約も妹に取られてしまう。
まあ、この婚約者もポンコツなクズ男くんなのでまったく惜しくはないが、奪われたという形が良くない。
世間的には社交嫌いで癇癪持ち、使用人に横暴に振る舞い教養もない、どうしようもない娘と噂を流され、貴族淑女としては徹底的に貶められる。
苦労に苦労を重ねた結果として、最後にはリアリスは公爵家の嫡男と結婚。
翻って実家の男爵家は事業に失敗したり、男爵の振るまいによって周囲の信用も失い没落。
見事な、ざまぁ、の完成である。
ざっくりと説明したが、これは飽くまでも大筋の話であり、リアリスがハッピーエンドを迎えるまでには長い時間(全35巻+外伝7巻)がかかり、その間は苦労の連続。
どんな逆境でも他人に対する思いやりを忘れず、常に前を向いている彼女の姿はまさに聖女というものだろう。
もしも現実にリアリスのように正論パンチを連打するような可憐な美少女がいたら、うぜえ、と思ったかもしれないが、彼女は物語の主人公であり、主人公だからこそ苦労を強いられる哀れな存在。その健気の様には一切の裏が無い奇跡の産物。
読者としても、ただただ彼女に共感して、彼女が幸せを掴むその日を待って応援してやればいい。最後には報われるという物語ならではのご都合主義によって主人公も読者も救われる。
作者の筆致が巧みであり、なんとなく先が予想できて、『平家物語』や『徳川家康』より多い巻数の長丁場でも決して飽きさせない良作だった。
お分かりいただけただろうか?
薄幸の美少女リアリス、彼女を産むのが私である。
物語が始まる頃には既に他界して、回想シーンでしか登場しない。
実家の伯爵家という上位貴族との繋がりが欲しい、金だけは持ってる碌でなしに嫁がされ、産んだ子供も酷い目に遭う。
それが私である。
否、断じて否だ。
私はこの物語が嫌いではない。
リアリスのことも、物語の主人公としてはとても好感を持っている。
長い長い、読者の7割は途中脱落したという小説を読破もした。
しかし、しかし、だ。
我が人生を賭してまで物語に殉じようとは思わないし、苦労すると分かっている子を産むのもお断りだ。
ハッピーエンドになるからいいというものではない。
それすら、私は自分で見ることなく死ぬ。
そんな馬鹿馬鹿しい運命を甘んじて受け入れるような人間がいるだろうか。いや、いない。
どんなに素晴らしい物語でも、自分で体験するわけでもないものに命を賭けてどうする。将来産まれる我が子に理不尽な暴力や悲劇が待っていると知って喜ぶ親がどこにいる?
故に、私は男爵家への嫁入りを断固阻止するべく立ち上がった。
そうすることで娘、主人公リアリスは生まれないかもしれない。もし、別の相手に嫁いで娘を産んでも公爵夫人になれないかもしれない。
だからどうしたというのだ。
世の中、公爵夫人でなければ幸せでないわけではない。
そこそこの生活を苦労なく送れればそれでいいではないか。
大型台風が到来した荒海のような起伏に富んだ人生を送る必要などどこにもありはしない。
我が子には平坦で安全な道を用意してやるのが親というものではないのか。
そこから逸脱するかどうかは子供が自分の意志で決めれば良いことだ。
十分に成長したのなら、荒波に飛び込もうと、そのまま安全な道を行こうと好きにすればいい。だが、それまでは、子供のうちは守ってやるのが私の義務だ。
問題となるのはどうやって男爵家への嫁入りを破談に持ち込み、我が家を立て直して安定した生活を手に入れるか、だ。
まあ、何事もやりようはある。
名ばかりの伯爵家。
我が家に金はない。
男爵家との縁を断れば困窮するだろうし、我が儘を言って結婚を拒む娘に両親も良い顔はしないだろう。下手をすれば放逐されるか修道院に押し込められるか。
どちらであっても、あの男と夫婦になるよりは遙かにマシだ。
次期男爵は、まあ、なんというか余り美男ではない。それでも、金はあるのだし、私を大事にしてくれるというなら我慢もしようが、そうではないのだ。まして人格も終わっている。
爵位を手に入れた現・男爵は苦労人で、子育て以外は堅実な男だった。次期男爵は親が作った財産を食い潰すだけのポンコツな暴力男。
男爵は平民上がりの血筋を少しでも貴族のものに近づけようと爵位だけの我が伯爵家に近づいた。
その気持ちは分かる。どれだけ真面目に実績を上げようと、平民上がりでは貴族たちはまともに取り合わないだろう。家の格を少しでも上げるための考えは理に適っている。
だからと言って付き合ってやる義理はない。
こちらから婚約破棄では問題が残るので、次期男爵には長年付き合っている恋人、つまり私が死んだ後に新たな男爵夫人として迎え入れる女がいることを理由にしよう。
伯爵家の令嬢と婚約しておきながら、平民の女と付き合っているのなら立派な破談理由になる。ついでに慰謝料もいくらかは貰えるだろう。
それを元手にすれば、色々と手は打てる。
本編では大金持ちになっていたある子爵は、今はさほど資産家でもない。今から数年後に金の鉱脈を掘り当てるのだ。その場所は大して価値がないと思われていた土地で、現在は開発もなにもされていない。地主である子爵と交渉すれば格安で手に入るだろう。
リアリスに想いを寄せることになる大商会の息子。その実家の商会は現在はまだ小規模なものだ。そこに投資でもすれば不労所得が手に入る。いや、彼の商会が大成長を遂げる切っ掛けになる事業を先に始めてもいい。
現国王の落胤の存在もある。
本編では世に知られざる王弟となっている彼もまた主人公に心を奪われるが、日陰の身だからとリアリスを公爵に譲ってしまう。
現在はまだ子供である彼を取り込み、うまく立ち回れば娘を王妃にすることもできるかもしれない。
前世で私は平凡な人生を送った。
取り立てて特技などがあるわけでもないし、専門的な知識も乏しい。
けれど、この世界の未来を知っている。
これは大きな大きなアドバンテージだ。
物語通りの主人公リアリスはこの世に生まれて来ないかもしれない。
だからどうだというのだ。
物語など無関係に、私は生きてここにいる。誰かが作ったストーリーに従って生きるつもりはない。
私が自分の幸せを求めて生きて行けば、それが新たなストーリーになる。
それになんの問題がある?
私の死後に動き始めるはずだったシナリオなど、どうとでもなるがいい。
私は好きに生きて行く。
暗躍する気満々ですね
まだ、娘どころか相手すら決めてないのに
ざまぁ、するまで35巻って、そりゃ大半が脱落するでしょ




