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ネコになったオヤジ

作者: 越路 秋葉
掲載日:2026/03/04

ネコになったオヤジ(ほぼ罰ゲーム)

 安男やすおは、人生をなめている男だった。

 仕事? そのうち。

 貯金? そのうち。

 禁酒? 来世。

 結果、来世が先に来た。

 目を覚ました安男は、まず違和感に気づいた。

 低い。

 世界がやたら低い。

「……寝落ちして床か?」

 立とうとして、コケた。

 足が四本ある。

「は?」

 前足を見た。

 毛。

 ぷにぷに。

 肉球。

「……うそだろ?」

 鏡の前に走る。いや、四足でタタタタと走る。

 そこにいたのは、どことなく疲れた目をした灰色のネコ。

「ニャー。」

「違う違う違う! 今のは違う!」

 完全にネコだった。

 そこへ娘の美咲が登場。

「……なにこのネコ。」

 安男は必死に訴える。

(美咲! オレだ! 父さんだ!)

「顔、なんか父さんに似てる。」

 やめろ。

「名前は“ヤス”。」

 本名そのまま。

 ネーミングの雑さに泣きそうになる。

 こうして安男は、娘に飼われる立場になった。

 昨日まで「メシまだ?」と言っていた男が、今日は器の前で正座待機である。

「ヤス〜、はいごはん。」

 カリカリ。

 ……カリカリ?

(これが……今日の夕飯?)

 噛む。

 パサパサ。

 味、ほぼ無。

(塩くれ! せめて塩!)

 さらに追い打ち。

「ちゅーるいる?」

(いる! 全力でいる!)

 気づけば全力でペロペロしている自分がいる。

 尊厳、崩壊。

 三週間後。

 安男は重大な不満を抱えていた。

(またマグロ味かよ!)

 マグロ、マグロ、たまに“まぐろ&かつお”。

(焼肉味は!? ビール味は!?)

 皿をひっくり返そうとして、自分がネコであることを思い出す。

(皿ひっくり返したら、オレが掃除対象だ。)

 社会的地位:床。

 ある夜、美咲がネコ(=安男)に話しかけた。

「ねえヤス。」

(はい。)

「私が普通に暮らせてたのってさ。」

 美咲はため息をつく。

「お母さんのおじいちゃんおばあちゃんが、父さんに内緒で仕送りしてくれてたからなんだよ。」

 安男のヒゲが固まる。

「『あいつに金持たせると飲む』って。」

(正解。)

「今月で終わりだって。」

(え。)

「だからバイト増やす。」

(ええええええ!?)

 ショックのあまり、変な声が出た。

「ニャオォォ!?」

「うるさ。」

 その夜、安男は天井を見上げた。

(……オレ、最低じゃね?)

 すると、どこからともなく声。

「はいどうも〜転生サポートセンターでーす。」

(軽いな!?)

「人間に戻ります? ただし条件付き。」

(戻る! カリカリ卒業したい!)

「ちゃんと謝ること。以上。」

(条件ゆる!)

 翌朝。

 安男は美咲の前にちょこんと座った。

(美咲、ごめんな。ありがとうな。)

 声にならない。

 でも、やけに胸が熱い。

 その瞬間。

 ピカッ。

「うおっ!? 手が五本指!」

 戻った。

 戻ったが——

「ぎゃああああああああ!?」

 美咲の絶叫。

 全裸だった。

「なんで中年男が私の部屋に!?」

「オレだって! 昨日までちゅーる吸ってたネコだって!」

「情報量多いわ!」

 枕が飛ぶ。

 数週間後。

 安男はネコカフェで働いている。

 履歴書の特技欄にこう書いた。

《猫の気持ちがわかります(元・猫)》

 なぜか採用。

「この子は今、“もっと撫でろ”って言ってますね。」

「それあなたの希望じゃないですか?」

 店長にツッコまれる。

 ちゅーるの袋が鳴る。

 安男、条件反射で振り向く。

 店長、真顔。

「……安男さんも、欲しいんですか?」

「いえ! 人間用の給料でお願いします!」

 今では毎月きちんと家にお金を入れている。

 義父母にも土下座した。

 酒はやめた。

 ただし、たまに無意識で日向に丸くなる。

「父さん、そこでゴロゴロしないで。」

「日当たりが……最高なんだ……」

 人生は、なんとかならないこともある。

 でも、ネコになると、わりと目が覚める。

 安男は今日も働く。

 背中を撫でられながら。

「そこ……そこ最高です……」

「お客様! スタッフを撫でないでください!」

 ——元ネコ親父、ただいま社会復帰中。

 たまに鳴くけど、もう四足では逃げない。

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― 新着の感想 ―
公式企画から伺いました。 安男さん、猫の経験を経て意識が変わったようでよかったです(*´ω`*) なんだかゆるっとした世界観に癒されました。 猫カフェのおじさんスタッフを撫でるお客さん……笑。 面白か…
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