ネコになったオヤジ
ネコになったオヤジ(ほぼ罰ゲーム)
安男は、人生をなめている男だった。
仕事? そのうち。
貯金? そのうち。
禁酒? 来世。
結果、来世が先に来た。
目を覚ました安男は、まず違和感に気づいた。
低い。
世界がやたら低い。
「……寝落ちして床か?」
立とうとして、コケた。
足が四本ある。
「は?」
前足を見た。
毛。
ぷにぷに。
肉球。
「……うそだろ?」
鏡の前に走る。いや、四足でタタタタと走る。
そこにいたのは、どことなく疲れた目をした灰色のネコ。
「ニャー。」
「違う違う違う! 今のは違う!」
完全にネコだった。
そこへ娘の美咲が登場。
「……なにこのネコ。」
安男は必死に訴える。
(美咲! オレだ! 父さんだ!)
「顔、なんか父さんに似てる。」
やめろ。
「名前は“ヤス”。」
本名そのまま。
ネーミングの雑さに泣きそうになる。
こうして安男は、娘に飼われる立場になった。
昨日まで「メシまだ?」と言っていた男が、今日は器の前で正座待機である。
「ヤス〜、はいごはん。」
カリカリ。
……カリカリ?
(これが……今日の夕飯?)
噛む。
パサパサ。
味、ほぼ無。
(塩くれ! せめて塩!)
さらに追い打ち。
「ちゅーるいる?」
(いる! 全力でいる!)
気づけば全力でペロペロしている自分がいる。
尊厳、崩壊。
三週間後。
安男は重大な不満を抱えていた。
(またマグロ味かよ!)
マグロ、マグロ、たまに“まぐろ&かつお”。
(焼肉味は!? ビール味は!?)
皿をひっくり返そうとして、自分がネコであることを思い出す。
(皿ひっくり返したら、オレが掃除対象だ。)
社会的地位:床。
ある夜、美咲がネコ(=安男)に話しかけた。
「ねえヤス。」
(はい。)
「私が普通に暮らせてたのってさ。」
美咲はため息をつく。
「お母さんのおじいちゃんおばあちゃんが、父さんに内緒で仕送りしてくれてたからなんだよ。」
安男のヒゲが固まる。
「『あいつに金持たせると飲む』って。」
(正解。)
「今月で終わりだって。」
(え。)
「だからバイト増やす。」
(ええええええ!?)
ショックのあまり、変な声が出た。
「ニャオォォ!?」
「うるさ。」
その夜、安男は天井を見上げた。
(……オレ、最低じゃね?)
すると、どこからともなく声。
「はいどうも〜転生サポートセンターでーす。」
(軽いな!?)
「人間に戻ります? ただし条件付き。」
(戻る! カリカリ卒業したい!)
「ちゃんと謝ること。以上。」
(条件ゆる!)
翌朝。
安男は美咲の前にちょこんと座った。
(美咲、ごめんな。ありがとうな。)
声にならない。
でも、やけに胸が熱い。
その瞬間。
ピカッ。
「うおっ!? 手が五本指!」
戻った。
戻ったが——
「ぎゃああああああああ!?」
美咲の絶叫。
全裸だった。
「なんで中年男が私の部屋に!?」
「オレだって! 昨日までちゅーる吸ってたネコだって!」
「情報量多いわ!」
枕が飛ぶ。
数週間後。
安男はネコカフェで働いている。
履歴書の特技欄にこう書いた。
《猫の気持ちがわかります(元・猫)》
なぜか採用。
「この子は今、“もっと撫でろ”って言ってますね。」
「それあなたの希望じゃないですか?」
店長にツッコまれる。
ちゅーるの袋が鳴る。
安男、条件反射で振り向く。
店長、真顔。
「……安男さんも、欲しいんですか?」
「いえ! 人間用の給料でお願いします!」
今では毎月きちんと家にお金を入れている。
義父母にも土下座した。
酒はやめた。
ただし、たまに無意識で日向に丸くなる。
「父さん、そこでゴロゴロしないで。」
「日当たりが……最高なんだ……」
人生は、なんとかならないこともある。
でも、ネコになると、わりと目が覚める。
安男は今日も働く。
背中を撫でられながら。
「そこ……そこ最高です……」
「お客様! スタッフを撫でないでください!」
——元ネコ親父、ただいま社会復帰中。
たまに鳴くけど、もう四足では逃げない。




