#08 大盾のドルン
足が重い。……いや、軽いのだろうか。もはや自分よものではないかのような、まるで実際には足がここにはないかのような。
白い息を吐きながら、ただ黙々と登るしかない。魔力を回せば回復も早いけれど、それにしたって疲労は酷いものだった。
「うぉっ! 生きてたのか! 酷ぇ怪我だな、オイ!」
「ただの返り血だよ。心配かけたなら悪いが、帰らせてもらうぞ。俺は疲れた」
「おう、気ぃつけてけ」
ダンジョンの外は、綺麗な赤い空だった。血に染まった俺の目ゆえかとも、一瞬だけ思ったけれど、どうやらそうというわけでもないらしい。やっと澄んだ空気を吸えたと、ただそれどけで俺の気持ちはぐっと軽くなった。
《やっぱり外はいいものだね。もうあんな閉鎖空間には行きたくないよ》
「……別に……着いてこなくたっていいんじゃねぇの?」
《レイは一人じゃ危ないでしょ》
「……それはそうっすね。感謝してるよ」
そういえば……帰りはギルドに寄れとかなんとか言っていたか。早く寝てしまいたいと思いつつも、生存確認の意味も込めて俺は渋々と足を運んだ。
「あ、ファリアさん。戻ったよ」
「レイさんじゃないですか! どうしたんですか!」
「ダンジョン帰りだよ。寄ってって言わなかったっけ?」
「あぁ! 長いこといらっしゃらないのでもしかしたらと……。ご無事なら何よりです」
書類を片付けつつ、安堵した様子でファリアさんは駆け寄ってくれた。異空間鞄に入れていた大量の魔石を差し出す。
「突然で悪いが、これを換金してくれ。それなりにはなるんじゃないか?」
「……っ! これを……一人で?」
「あぁ、思ったよりもダンジョンってのは魔物が多いんだな」
驚くのも無理はない。冒険者に登録したばっかりの子どもが、何十もの小さな魔石に加え、鬼の魔石も持っている。俺はモルガンがいたからなんとかなったものの、そうでなければスライムと戦うのがやっとだったろう。
「本当にお一人だったなら……いえ、少々お待ちください。鑑定をしてきますので……それからギルドカードもお貸しいただけますか?」
「あぁ、じゃあ待ってるよ」
カードを受け渡し、重い足取りで近くの椅子に腰を落とした。深いため息が肺から絞り出された。早く帰りたい……が、なかなか難しいよな。今度からはもう少し頻繁に帰ろうか。
「おい、小僧。お前、なかなか強いんだなぁ!」
「……どちら様?」
頭を後ろに倒し、声の主を確認した。鎧を纏ったガタイの良い大男……流石は異世界といったところか。地球でこのデカさがあるとすればクマかゴリラぐらいのものだ。
「大盾のドルンって名を知らねぇか?」
「……さぁ、世間知らずなもんで」
「そうか、生意気なクソガキだな」
頭を撫でる万力の如き力に抵抗することはできなかった。ドルンか、まぁ覚えやすい名かな。仕方なく瞼を下ろし、されるがままに頭を揺らした。
「……で、何の用だ?」
「さっきの魔石、C級の魔物のもんだろ? ダンジョンに行ったんなら、鬼かその辺か?」
「まぁ、そうだな」
にやにやと笑う男の顔が、少しばかり鼻につくが今は無視だ。用件だけ聞いてさっさととんずらしてしまおう。
「いやぁ、期待のルーキーに声をかけねぇ方がおかしな話じゃねぇか?」
「……もっともだな」
ただそれだけではないだろう、というような視線を向けた。そんなくだらないことをわざわざ尋ねに……来るだろうが、そんな様子ではない。
「ふふ……明後日な、ウチのパーティは五階層にでも行こうと思うんだが……良かったら来るか?」
「……アンタ、ランクは?」
「C」
ってことは……パーティのランクはBってところか。五階層の推奨ランクもその辺なのだろうか。俺の実力はどう見積もってもDか……良くてCだろう。
「悪いが、釣り合ってない気がするな。俺が参加したところで、アンタらに何の利がある?」
「強くなりそうな奴がいて、関わりを持っときたいと思うのは当然だろ?」
「ありがたいね、そう見てくれるのは」
「明後日の昼、その気があんなら来るといい。歓迎しよう」
ただそう残してドルンはギルドを後にした。五階層か……まぁ俺は単独で四階層の魔物も倒せたわけだし……。
《油断しちゃダメだよ。何も階層と魔物の強さは比例的じゃないからね。五階層の魔物の強さは四階層のそれの2倍はあると思った方がいいよ》
(……マジ?)
《そんなに変わらないなら階層ごとに生態が変わったりはしないよ》
思えば三階層と四階層の難易度も段違いだったか。浅層の魔物はつまり、深層を追いやられた者だとでも思っておけばいいのか。
「レイさん! 魔石の換金と昇級が完了しました!」
「おっ……? 昇級?」
「鬼を討伐なさったのでしょう? 四階層の主を単独で倒せるのでしたら、Fランクは相応しくないでしょう。これからの活躍も期待しております」
ファリアさんから金袋とギルドカードを受け取った。Fと記されていたはずのそこには、新しくDとされていた。順調だな。もっと強くなって、そしたら……。
「こちらこそ、お世話になるよ。じゃあまた」
異空間鞄にそれらを押し込み、俺は少しだけ軽くなった足をネイの屋敷に向けた。




