#07 鬼退治
「はぁ……はぁ……こんなもんか?」
一階層はスライム、二階層は少鬼、そして三階層では魔狼が姿を現した。やっとのことで魔狼の群れを殲滅したところで、俺は腰を下ろした。
《疲れたね。休む?》
《休む?》
「今ちょうど休んでるだろ」
異空間鞄から干し肉とパンを取り出して、それを齧った。外はどれほどの時間が経っているだろうか。まだ丸一日経ったか経たないかだとは思うが……。
《外はレイがダンジョンに入ってから25時間経ってるよ》
「そうか、そんなのも分かるのか」
精霊の中では聞き慣れたモルガンの声が聞こえた。塩っぽい干し肉の味も、今の俺にはちょうど良い濃さだ。
「なぁ、今の俺の魔力量はどんくらいだ?」
《総量だけでいうなら……平均的なDランクってところかな》
実際には精霊の力も借りれるから、Cランクにはなれるくらいの力ってところか。そんなことを確認しながらネイから貰った短剣についた返り血を拭った。
魔物は魔力の塊とはいうが、この血は魔力に還らないのか、ふと疑問が頭をよぎった。モルガンが答えないということは大した理由がないか、あるいは……。
「ん?」
考えるともう一つの疑問が浮かんだ。少し、おかしいとは思っていた。精霊とはある程度土地に定住しているものだ。森に、海に、迷宮に。
「なぁモルガン。お前は俺について来てていいのか?」
《私?》
俺が転生してすぐ、世界樹の森で案内してくれた。ネイ達を襲っている怪物を倒すときに、力を貸してくれた。そしてこのダンジョンでも、俺を助けてくれる。およそ普通の精霊ではない。
《ふふーん。気づいちゃったか、私は普通じゃないんだな、コレが》
「というと?」
《それより本当に四階層に行くの?》
はぐらかされたというかなんというか……知ったところで何が変わるでもないから今は忘れておこう。司るものが特別ならば、いつか俺の力にもなるはずだ。
「行くよ」
《まぁ……止めないけど……》
歯切れが悪いが想定のうち。腰を上げて階下に向かう。三階層までと違い、安全ではない。だからこそ、どこか熱い。
「強化魔法ってのはいいもんだな。回復も早いとは」
《だから言ったろう? どんな魔法を使うにもこれが大事なんだよ。案外、この世界の人たちは分かってないけどね》
魔力を巡らせれば筋肉がほぐれ、痛みや疲労が抜けていく。そしてその分、力を圧縮することも溜め込むこともできる。恐らく魔法の中で唯一、魔力量だけが関係し、出力は影響しないもの。だから俺でも扱いやすい。
「四階層……ここが……」
蔦や苔が蔓延っているものの、特段恐ろしい気配はしない。冒険者の気配も近くにはないが……むしろ静かで平和そうというか……。
「ッ……!?」
思考しているその瞬間、酷い揺れと地響きが届いた。地震? いや、違う。もっと明らかな……確かな何かが存在している。
足音を殺し、息を抑えながら存在のある方へと向かった。角から顔を覗かせ、それを視認した。
「ははっ……なるほどな……」
冷たいものが背中を刺した。筋骨隆々の人型の魔物……鬼だ。全長3メートルにも及ぶであろう怪物、森で出会したオークとは比較にならない。参ったな。俺は桃太郎じゃあねぇってのに。
《ねぇ、帰ろうよ。今のレイじゃ勝てるか分からないよ》
(勝ちを確信できないから逃げろって?)
もっともな言い分だ。だがそれは無難すぎる。俺には合わない選択だ。安全圏で燻っていても、出遅れている俺は意味がない。
短剣を抜き、強化する。風を纏い、熱を纏う。ヤツの首を斬れば俺の勝ち。できなければヤツの勝ち。
「なぁ、モルガン。少しばかり魔力を貸してくれるか? たぶん俺のだけじゃ足りねぇと思うんだ」
「グギャッ!!」
鬼がこちらの様子に気づいたようで、棍棒を引き摺りながら震動を近づけた。脚は速い……が、大きいから見切りはつけやすい。
《いいよ、痛むだろうけど》
「あぁ、ありがとう」
俺は姿勢を低く走り出した。莫大な魔力を許容できず、脚が、腕が軋む。悪くない……この痛み。空気を切る音が鼓膜を破こうとする。
「グギャァア!」
「痛ッ……!」
振り下ろされた棍棒が顔を掠った。モルガンの魔力によって加速したこの勢いを止めることはできない。その勢いを全て、逆手に持った刃に込める。
「持てよ……俺の身体ッ……!」
モルガンの魔力が俺の手足を唸らせた。俺の魔力総量に限界はない、それはあくまでも成長限界の話。現段階での肉体の限界はある。
それがどうした。限界を超えて、力を付ける。その先で妹たちに会いに行く。今度こそ、アイツらを守る。それが俺に課せられた任務だ。
「風の剣!」
刃に込めた魔力を、力の限り振り抜いた。滑り込むように鬼の首に入り、そのまま果物を斬るようにそれを落とした。
「はっ……はっ……はぁ、はぁ」
ゴトッと落ちた頭から返り血が肌と衣服にこべりつく。腰を落として息を上げた。腕が痛い。脚が痛い。魔力を流した血管が、肺が痛い。
「ふぅ……帰るか、モルガン」
《そうだね。気が気じゃなかったよ》
そう言う割にはどこまでも落ち着いた声が頭に響いた。一際大きな魔石を回収し、脚を伸ばす。深く息を吸うと、無意識にあくびに変わる。それでも今は悪くない気分だった。




