#03 ベンリーグの街・ネリッド
「その……記憶を保持している者もいるんですか?」
少し気まずくなった馬車の中、俺は再び口を開いた。ネイと俺、そして2人の護衛。こんな空間で沈黙が流れるとどうにも居心地が悪い。
「3人だけ、生前の記憶を持っている方がいます。シズク・ヒサバシ、アカネ・ヒサバシ、カリン・ヒサバシ……彼女たちはそれぞれデンシー、ベイランド、カイレンという国で活動しています。その3人は極めて謙虚で、人望も厚い方たちですわ」
ネイの渡してくれた世界地図を覗き込んだ。……そうか、4つの大陸で、俺たちは全員違う土地に転生したんだな。
「姉妹なのか」
「はい。それに仲も良いようで、よく彼女たちはお会いしているようですよ。そのときは世界中で話題になるんですよ」
「そうか。それは何よりですね」
雫がドン大陸で聖騎士、朱音がサイ大陸で冒険者、そして花梨がナギ大陸で魔術師か。まぁそれっぽい立場に落ち着いてるみたいだな。
「世界一周の距離ってどれくらいですか?」
「8万メイレンです」
(……メイレンってどれくらい?)
《キロメートルと同じようなものだよ。その1/1000がレンね》
ってことは、ガビュラが球形の世界なら地球のおよそ2倍ってとこか。面積ならもっとだな。
「それが私たちがレイ様を探していた理由に繋がるんです」
「あぁ、なんかそんなこと言ってましたね。ヘリエス様から……啓示? でもあったんですか?」
「はい。このようなことは滅多にないのですが、“世界樹の森の迷い人を探しに行け。さすれば懸念も失くなろう”と」
気になるところはいくつがあるが……やっぱり世界樹ってのは存在するのか。ことごとくファンタジーだな。
「懸念というのは? その……ヒサバシと関係があると?」
「彼女たちが直接の問題というわけではないのですが……あ、すみません。もう屋敷に到着するようなので、続きはそちらでしましょう。レイ様も湯浴みをなさってはいかがですか?」
「ん? あぁ、ではせっかくなので……。衣類はお借りしても?」
「構いませんわ。執事を1人お付けしますので、ご自由になさってください。準備が終わったら執事が案内しますので」
馬者の窓から覗く景色はどこまでも美しいものだった。どこまでも白く透き通った屋敷、深い緑と鮮やかな赤が入り混じった大きな庭、そして道の交差に堂々と存在する大きな噴水。
前の世界でも探せばあったのかもしれないが……雰囲気は真っ当に異世界だった。
止まった馬車を降りると、黒いスーツを纏ったいかにも“執事”な男が大きな扉の前で待っていた。ライルという名の男らしい。
「お帰りなさいませ、主よ。そちらの方が?」
「ええ、レイ様です。浴室にご案内して」
「かしこまりました。ではレイ様、こちらへ」
大理石の廊下は、奥の奥まで音を響かせた。靴が床を叩く音が、足元と壁から聞こえるほどに。
「ではレイ様、お着替えはこちらをお使いください。お湯の温度はそちらで調整できます。もしなにかあれば……」
ライルから諸々の説明を受け、一人、シャワー室に入った。
熱を帯びた一つ一つの水滴が肌を指すたびに、これが現実なんだということを染み込まされた。前の世界を思っても涙は出ない。それよりも新たな生、世界への興味ばかりだ。一つ懸念点があるとすれば……。
「上がったよ、ライル。良い湯だった」
「それは何よりです。さぁ、こちらにお越しください。ネイ様がお待ちです」
やってきた道とはまた別の廊下を歩かされた。豪邸というのは困ったものだ。どこも似たようで、それでいて違うのだから案内がなければ迷子になってしまう。
「ネイ様、レイ様をお連れいたしました」
「どうぞ入って」
えらく広く、そして整った部屋。おおよそ女子の部屋と聞いてイメージするものとは違うが……違和感はない。むしろ淑やかなネイのイメージとは合致する。
「さて、ではまず、世界の勢力について、簡単に説明させてください」
ネイはそう言うと、机いっぱいの大きな地図を広げた。5つの大陸の記された、無地の世界地図を。
「あれ、さっき見せてもらった地図じゃ大陸は4つでしたよね?」
「人の住まない悪魔大陸があるんです。こちらの地図にはそれが記されています」
ここはボーグ大陸の国、ベンリーグの小さな街・ネリッドとのことだ。若いながらもネイが領主として収めている。
「ヒサバシが転移したそれぞれの大陸、そちらには聖騎士、冒険者、魔術師が集まる傾向にあります。冒険者に至っては旅人なのでそればかりではありませんが……」
……つまり、雫たちが勢力の中心ってわけだな。それほどの力を持っていると。……となると、俺はさほど急ぐ必要もないのかもしれない。むしろ俺は今は守られる側だ。
「つまり私がお願いしたいのは、レイ様。あなたがボーグの、この世界のもう一つの新勢力になっていただきたいのです」




