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平民聖女は屈しない  作者: 伊織ライ


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8/8

第八話

「そういえば、君の母国はもうすぐ無くなることになりそうだぞ」

「──は?」


 いつもの通り少しの怪我と沢山のお土産を持って診療所を訪れたリアムさんが軽い調子で告げた言葉に、私の思考は数秒固まってしまった。


「元々時間の問題みたいなところがあったのは確かだけどな。どうやら高位貴族を中心に()()()()()が爆発的に広がって、収拾がつかなくなったらしい。いざ頼みの綱の神殿に駆け込めば、聖女様方は誰より先に重症化していて治癒どころの状態ではないときた。まあ元から君以外の聖女・聖人たちに大した力はなかったようだから、健康体でも治しきれたかどうかは微妙なところだが」

「ああ……そういう……」


 第二王子を蝕んでいた性病は、聖女様方だけでなくその他の貴族にも広がっていったのか。城の聖人を尋ねた後、再び聖女様から()()されたもののせいか。もしくは聖女様方自ら、広げていったのかは知りようもないけれど。

 指先のささくれ程度で疲れたなんだとふらついていた彼女たちに、複数人の重篤な病の治癒など到底できはしないだろう。


「今更になって君の重要性に気付いて探し始めたんだから、間抜けが過ぎて少し笑ってしまったくらいだ」

「それは随分と遅い立ち上がりでしたねぇ」


 そもそも私があの神殿から逃げ出して、探されてもいなかったとは。リアムさんが上手いこと誤魔化してきてくれたのかもしれないが、それにしたって私が抜けた後の雑務は誰がこなしていたのだか。──あの暴力神官だったなら、少しは溜飲が下がるけれども。


「まあないとは思うが、君の現状に気付かれても面倒だから。ちょっとだけ背中を押したら、あっという間に崩れたよ。俺と入れ替わりで帝国軍が向かったから、ちょうど今頃国の名前が消えているかもしれないな」

「ほとんどの国民からしたら、その方が幸せかもしれませんね」


 そもそも平民は、王様が誰かとか国の名前がどうだとか、そんなもの全く気にしちゃいないのだ。帝国に併合されたのならば、きっとあの辺境領までもしっかり統治してくれるだろう。


「今ならば元王都のあたりも領地として賜れると思うが、どうする?」

「──は?」

「王国貴族に代わる代官は我が国の者から選ばれるだろう。今回のことで俺が務めた役割は小さくない。希望を出せば、大概のことは通る」

「いやいや、そういうお話ではなくて……」

「あの大神殿の奴らを下働きとして雇い、君がやられたことを全部やり返したっていいんだぞ?」


 それはちょっと魅力的──だけれども。


「あの場所にはいい思い出も何もないから、もう戻りたくないの。それなら生まれ故郷の方がずっと懐かしいくらい」

「なるほど、それは確かにそうだ。では俺たちの領地として、プレリエ周辺の一帯を希望しておこう」

「──いや、ちょっと待って! そもそも()()()()()()ってどういうことです?!」

「あそこなら国境沿いだし生活習慣もこちらと近いから、馴染むのも早いかもしれないな。ああ、結婚式の衣装も早急に手配しなければ」


 楽しそうに必要な準備をリストアップしだしたリアムさんは、冗談を言っているわけではなさそうだ。確かに先日想いを確かめ合って、恋人同士にはなったけど……!


「結婚、するんですか……?」

「──嫌なのか?」

「こんな、急に話が進むとは思っていなかったから……」


 そもそもリアムさんは仕事が忙しく、あまり国内にもいない為ゆっくり話をする機会だってほとんどなかったのだ。


「帝国内も一枚岩ではなかったし、兄の邪魔にならないようにと俺は長年国外の仕事を進んで受けていた。けれど無事に譲位も済んだし、後継の甥も五歳を迎えた。そろそろ戻ってきても問題はないだろうと兄からも許しをもらっている」


 リアムさんのお兄さんというと、それはつまり皇帝陛下ということだ。一度謁見した時には、リアムさんとよく似た……けれどリアムさんほどの鋭さのない優しそうな方だったという印象がある。若くしてその立場を受け継ぎこの大国を統治しているのだから、決して見た目通りの印象だけではないのだろうけれど。


「だから今後は国外の任務も減るだろうし、君とゆっくり過ごすことも出来る」

「それは……嬉しいですが」


 あの旅の間、リアムさんと二人で過ごした日々は本当に楽しかったから。


「俺と結婚するのは、嫌か?」

「嫌、ではないですけれど……ただ急だったから、驚いてしまって」

「そう……だよな。確かに、そうかもしれない。長年市井に混ざって仕事をしていたから、感覚も平民に近くなったつもりだったが……案外こういうところは俺も生まれ育ちが抜けていなかったのか……。皇家に生まれたからには、婚姻もひとつの政略だ。だから俺も、親や兄に命じられればその相手と婚姻するのだろうなとしか思ってこなかった。そこに、己の意思など関係なくだ。国に戻ることが決まって、どこかしらの領地を賜り臣籍降下するとなると──俺もいい歳だから、独身のままというわけにはいかない。そしてその相手は、君がいいと思ったんだ。思いが通じ合った時点で、勝手に結論を出してしまっていたが……すまない、きちんと説明しなかった俺の落ち度だ」

「それは、つまり……私が断れば、リアムさんは別の誰かと結婚するということですか……?」

「──考えたくもないが。永遠に独身のままでいることは出来ないだろうな」


 確かに、急な話だし。平民として生まれ、辺境の村でのどかに育った私が領主夫人になるだなんて全く想像も出来ないけれど……。


「嫌、です……」

「──っ!」


 顔を青ざめさせたリアムさんが小さく息をのむ。


「リアムさんが、私以外の誰かと結婚するのは、嫌」

「シャルロット……!」

「あの場所から私を見付けて、ここまで攫ってきたのはリアムさんなんですから。──最期まで、ずっと責任をもって面倒見てくれますよね……?」


 ぱっと表情を明るくした彼は大きく腕を広げ、私の身体をがばりと抱きしめた。少し痛いくらいに、何の遠慮もなしで。


「望むところだ!」


 ◇


 リアムさんと結婚するにあたり、私の力が公表されてちょっとした騒動になったりもしたけれど。元々この国に存在していなかった聖女というものに、皆が飽きるのもあっという間のことだった。

 もちろん国にとって重大な事象があれば協力すると約束はしているし、貴重な治癒能力保持者を囲い込むために皇帝陛下の弟であるリアムさんと結婚した──という()()になっている。


「リアムさんっ、またどこか怪我してるでしょ?! ちゃんと見せて!」

「だーいじょうぶだって。このくらいなら放っておいても治るから」

「駄目だよ、これからまた訓練に行くんでしょ? その前に治さないとっ」


 それなのに、私の夫が一番怪我に無頓着なのはどういうことだろう?


「愛する妻がここにキスしてくれたら、怪我にも病気にも負けないと思うんだけどなぁ……」

「私にそんな力はありませんからっ!」

 

 

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