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平民聖女は屈しない  作者: 伊織ライ


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第六話

主人公視点に戻ります

「……第二王子はきちんと治療を受けたみたいだけど……」


 やるなら聖女様方も同時に、皆で治さなければ意味がないとは気付かないものだろうか。もしくはこれに懲りて、その()()()関係性を解消するというのは無理だったのか。まあ、いちいち私のところに来なくなったのだからもうわりとどうでもいいのだけれど。あれからも変わらず汚れたリネンを私に洗濯させているのだから、流石の肝の太さと言えなくもない。決して褒めてはいないが。


 冷たい水にじんじんと痛む指先を時折擦り合わせつつ、白い布を濯ぐ。これから庭の雑草刈りもこなさねばならないから、残りもさっさと済ませてしまいたいところだ。


 脳内で段取りを立てながらせっせと手を動かしていたところ、ザリっと背後で土が鳴った。またあの根性が捻くれた下級神官が鬱憤をぶつけに来たのかと警戒しつつ振り返れば、そこには軍服を着た背の高い男性が立っている。神官ではないし、なんならこの国の人間でもなさそうだ。軍服の型に見覚えがないし、彼の短い黒髪も王都ではあまり見かけない色だから。


「……ここは、一般の方は立ち入り禁止の場所ですが?」

「ああ、知っている。だが君はあまり表には出てこないので、やむを得ずな」

「……私に会いにいらしたと?」


 体格が良く、ともすれば片腕だけで私など捻り殺せてしまいそうなほどに戦い慣れた空気を醸し出す相手だ。緊張につい肩が強張ったけれど、想定外に親しみやすく朗らかな笑みを浮かべて彼はこくりと頷いて見せた。


「俺はリアム、帝国人だ。君が覚えているかは分からないが、先日の儀式で君に怪我を癒してもらった礼をしに来た」

「……あ」


 彼の言葉で思い出すものがあった。普段なら具合の悪そうな人の側を通りすがりに、軽く力を使うだけで済む儀式。だが、あの日は違った。見た目には全く普通に立っていたけれど、とてもそれでは間に合わないほど重症な人が聖堂の隅に紛れ込んでいたのだった。他人の体調がなんとなくわかるという自分の特技? 特性? に関して、誰にも告げたことはない。当然他の聖女・聖人たちにもそんな事ができる人はいなかったし、そもそも実際の治癒を私がしているのだと気付く人さえいなかった。これからも隠し続けるつもりだったのに……。


「やはり、気付かれてしまいましたか」

「まあな」


 欠けた器から水が漏れるように、彼の身体から生命力が流れ出ていくように見えた。だから、どうしても放っておけなかったのだ。直接身体に触れることが出来れば、しっかりとした治療が行える。多少苦しいだろうなとは思ったけれど、咄嗟に思いついた嘘があれだったのだから仕方がないだろう。

 流石にあれだけの怪我を一気に治してしまったのだから、直前に身体に触れた私が巻き起こした事態だと気付くのも当然か。考えてみれば、家族以外であんなに強く力を使ったのは初めてだったかもしれない。この人を治したいと自然に思えたのもまた同様に、彼が初めてだったのだと気付く。

 あの日初めて会っただけの、他国の人なのに。一体どうしてだろう?


「今日は君に、ひとつ提案があって来たんだ」

「提案、ですか。それは一体どのような?」

「君が持つその素晴らしい力を、どうか我が国で使ってみないか?」


 話しながら私の元へ近付いてきた彼は存外雑に袖を捲り上げると長い脚を折りたたんで屈み、躊躇いもなく桶に腕を突っ込んだ。途中になっていた洗い物の沈んでいる、その桶の中に。


「──っ、何を?」

「君は忙しそうだから、仕事の手を止めさせるのも悪いかと思ってな。なに、心配はいらない。俺も自分のことは一通り自分でやっているから慣れたものさ。話を聞きながら、考えてみてほしい」


 冷たい水の中、ごしごしと布を擦り合わせる手つきは確かに迷いがない。私よりも力があるせいか、()()が汚したリネンも瞬く間に綺麗になっているけれども。帝国のおそらく軍人、それも醸し出す雰囲気はかなりの強者。なんといっても、儀式の日を別とすれば極めて排他的なこの神殿の奥まで誰にも咎められず辿り着ける実力を持っているのだ。身分の分かるような勲章などは一切着けていないけれど、きっとかなり上層部の人だろうと想像は出来る。


「──助かります」


 ただきっと、ここで私が断ろうともこの人は引かないのだろうなと思った。私が先ほどの問いに答えるまでは、帰らないのだとも。


「では、いくつか伺っても?」

「もちろんだ」

「帝国にもここのような神殿があるので?」

「いや、ない。あるのは治療院で、医者や薬師が詰めている。君が来てくれるならば、そこで治しきれなかった患者に力を使って貰うことになるだろうな。ちなみに洗濯や掃除は大概、近所の子供達が小遣い稼ぎに引き受けている。正式な仕事に着く前の見習い期間でもあるからな」

「……今のような雑務は、しなくてもよいと」

「ああ、そうだ。そして今貰っているよりも多くの給金が出る。週に二日は休みもあるぞ、そのように法律で決まっているからな」

「えっ、すごい……」


 少し聞いただけで、明らかに今より待遇がいいことが分かる。彼の口頭での説明にどこまで信憑性があるかは分からないけれど、きっと嘘はついていないのだろうと信じられた。そもそも私の治癒能力だけが必要なのであれば、さっさと縛るなりなんなりして攫っていけるだけの力が彼にはあるのだから。


「私、家族がプレリエにいて……」

「ほう、プレリエというと、我が帝国との境にある地方ではなかったか」

「ええ、そうです。あの辺りだと実はこっそり帝国の商人さんとやりとりがあったりもして……。あの頃よく母が作ってくれたスパイスたっぷりの料理も、王都ではものすごい贅沢品だったって後から知りました」

「ははっ、スパイスはうちの特産だからな。この国が他国の商隊を正式に受け入れだしたのはごく最近だし、まだ王都では金より価値があるかもしれない。俺もしばらく食べられていないから少し懐かしいよ」


 突然現れた神官たちによって無理矢理馬車に詰め込まれてこの王都までやってきたけれど、後に地図を見て知ったのだ。地元プレリエからだとこの国の王都よりも、隣国の帝都の方が余程距離が近かったのだと。

 あの頃の幸せだった日々を思い出して、なんだか胸が苦しくなる。お父さんは仕事で怪我をしていないだろうか。お母さんは相変わらず、奇抜な創作料理に挑戦しているのかな。小さくやんちゃだった弟妹たちは、三年できっと見違えるほどに成長していることだろう。みんな、私のことを忘れてしまってはいないだろうか……?


「……大丈夫か?」

「あっ、ええ、少し昔のことを思い出してしまって。考えてみればリアムさんが地元でよく見かけた黒髪だったから、なんだか親近感を覚えてしまっていたのかもしれないですね」

「そう、か。もし……君が望むのであれば、プレリエのご家族たちも共に帝国へ呼ぶことも出来るが」

「──っ、それは、本当に……?」


 再び家族と共に暮らせる日をずっと夢見てきた。その夢の為に、今日まで耐え続けてきたのだと言ってもいいくらいに。

 たとえ一緒に暮らせないとしても、一目でいいから会って話したい。そうするには、きっとこの王都にいるよりもこの人に付いて帝国へ行った方が可能性はぐっと高まるだろうと思えた。


「私、ここに連れてこられた日……神官たちに言われたんです。──大人しく言うことを聞かないと、お前の家族がどうなるか分からないぞ、って」

「……チッ、予想以上に腐った奴らだったか。それは、怖かったろう」

「それにこの前は、王太子殿下と第二王子殿下にも喧嘩を売ってしまって。気に食わないなら国外追放にでもしてくれって言っちゃったんですけど……」

「ははっ、俺が来なくても君は自力でここを脱出出来ていたかもしれないな」


 確かにそうだ。誰も助けてくれなかったし、頼れる人もいなかった。だからずっとひとりで、いつか来るその日の為に牙を研ぎ続けてきたのだから。


「それでも、家族ごと助けてくれますか……?」


 こんなことになると知っていれば、わざわざ王族に喧嘩を売るなんていうヤケクソは起こさなかった──はずだ、多分。

 

「ああ、任せてくれ。その代わり……もう二度とここには戻してあげられなくなるかもしれないが」

「それは、望むところです!」


 冷えた指先を握りこみ、背の高い彼の澄んだ瞳を真っすぐに見据えた。


「どうか、お願いします。私を……ここから攫って下さい」

「仰せのままに、聖女様」



 それからはあっという間だった。流石にその場で失踪というわけにもいかず、数日後の再会を約束して各々に準備を進めることにしたけれど。

 私自身の荷物など大したものはない。この聖女用の服で出ていくわけにもいかないから、数着の着替えを入手する必要があった。あとは細々した日用品くらいであろう。移動の間の食事やなんかはリアムさんが手配してくれるそうだ。あまり手持ちのお金がないからありがたい。

 あの日の会話は全て夢か幻ではないかと考えて怖くなったりもしたけれど、その度に恭しく私の手を取って荒れた指先にためらいなく口付けた彼の、熱い唇の感触を思い出す。第二王子にやられた時は怖気が走るほど嫌だったのに、リアムさんがするそれはただただ恥ずかしいだけで。ちらりとこちらを見上げる姿勢で悪戯っぽく笑ったその表情はなんだか年上の男性なのに、可愛らしく見えた。


 聖女だなんだと連れてこられて、成り行きではあったものの数年の間神職者として勤めていたにも関わらず──あの日現れたリアムさんこそが、私にとっての神なのではないかとさえ思えた。


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