第四話
頭の中がお花畑な第二王子が私の前に現れたあの日から、アリシア様を筆頭に貴族聖女たちからの嫌がらせは一層勢いを増している。食事は結構な割合で腐っているし、庭の雑草が混ざっていたり私だけ具がなかったりとなかなかのものだ。多分料理人も買収したのだろう。私が治癒能力を使える聖女でなかったら、とっくに死んでいたと思う。
第二王子はこれまで同様貴族聖女たちと楽しんだ後、私にも会ってから帰るようになった。君の心が手に入るのが楽しみだよみたいなことを言われるけれど、一生手に入らないから安心して欲しい。今しがた貴方が出した汚れ物を洗うのが私であると、ご存知ないのであろうか? 残念ながら立場上面会を申請されると断ることができないし、今は食事環境がすこぶる悪いので手土産のお菓子を頂けるだけでとりあえずは我慢しているところだ。高価な菓子は大概にして、砂糖とバターで出来上がっているのである。
ご令嬢方も王子を独り占めしたいということではないらしく、ただただ平民である私が同列に愛されるのが気に食わないようだ。その強烈な選民思考はどのような教育から植え付けられるのだろう? 彼女らが将来嫁ぐ先が少し心配になる。どこぞの領主夫人などに収まったとしたら、その領地の平民たちは家畜か何かのような扱いを受けないだろうか、と。というかあれほどまでに王子に傾倒していて、今更他の相手の所に嫁ぐ気はあるのか分からないけれど。王族は確かに側室制度が認められており、望まれれば全ての聖女が第二王子に嫁ぐことも可能なのかもしれないが……王太子殿下を追い落としたいようなことを口走っていたし、下手をしたら命も危ない危険な賭けではないかと思う。皆愛のためなら茨の道もなんのそのと言ったところだろうか。もしくは、自分たちが今立たされているのが結構際どい崖っぷちだと気がついていないのかもしれない。さすがはチームお花畑、である。
「ふふ、そろそろ僕に愛される心の準備はできたかい?」
「いえ、そのようなものは全く」
段々私の対応も雑になってきている自覚はあるが、なんだかそれさえ嬉しそうにしているこいつの性癖が少し心配だ。
「……へぇ、彼女が噂の筆頭聖女様かい? お前が夢中になっているという」
今日も今日とて現れたお花畑王子をやり過ごしていたところ、またしても金髪に緑眼のキラキラした男が現れた。第二王子よりわずかに背が高いようだがやはりひょろっとした印象は否めない、田舎では生きていけない系王族である。なんだってこいつらは護衛も付けずに、先触れもなく突然現れるのか……。これほど嬉しくないおかわりが他にあろうか。いや、ない。
「兄上、なぜここに……!?」
「私とてたまには休憩してもいいだろう? それに……いたずらが過ぎるようであれば、それを嗜めるのも兄の役目かと思ってね」
チラリと私の方を見る王太子殿下の視線はかなり冷たい。整った容貌だけに、余計そう見えるのだろう。
はっと息をのみ、私の前で立ち塞がった第二王子。二人の間ではばちばちと光が散るように、剣呑な空気が流れている。
「今までは遊びと思って大目に見てきたけどね。流石に筆頭聖女様まで取り込まれるとなると、放ってはおけないのさ」
「兄上……! 僕は、今度こそ本気で……!」
「本気であるほど良くないのだと分からないところが一番の問題なのだよ」
「……っ」
悔しそうに唇を噛む第二王子と、やれやれ困った弟だぜと眉を顰める王太子。何故か第二王子の背後に隠されている私は最初っから全然関係ない人間なので、どうか他所でやっては貰えないだろうか。
などという私のささやかな願いも、叶わないようで……。
「シャルロット、といったか。君も筆頭聖女に選ばれたからとて調子には乗らないことだな。私の邪魔をするつもりなら、問答無用で処分させていただくからそのつもりで」
背の高い彼から見下ろされると、まるで自分がちっぽけなゴミにでもなったかのような気持ちになる。きっとそれも間違ってはいないのだろう、王太子からすれば私など己の道を邪魔する目障りな障害物くらいにしか思われていないのだろうから。
──どいつもこいつも舐め腐りやがって……。
ぷちん。頭の中で張りつめていた何かが、切れる音がした。
「──発言を、お許しいただけますか」
「ほう、平民にしては礼儀を知っているのだな。まあ弟と懇意にしていたのであればその辺りも学んでいるか。よいだろう、この場での会話については不敬を問わないこととする」
「ありがとうございます。では──遠慮なく。『私の邪魔をする者は問答無用で処分する!』とのことですけどね、まずはじめっから前提が間違えてるんですよ。筆頭聖女だかなんだか知りませんけど、勝手に人のこと攫ってきておいて神殿に閉じ込めて。そんなの誰が望んだかっていうんですよ。私は普通に地元で家族と一緒にのんびり暮らしたかったし、この力だって使えばみんなありがとうって言ってくれて役に立っている自覚もあった。田舎には医者も薬師も少ないですからね、小さな怪我が命に関わることもあるんです。でもここではどうですか? 下賤な平民だの住む世界が違うだの、愚図だの無能だの穢れているだのと。儀式では目立たぬよう裏からこっそり力を使えと言われているし、真ん中で堂々と祈っておられる貴族の聖女様は貴族の令息かお金持ちの相手しかしない。けれど私の存在なんて知らない人たちはみーんな、あのお綺麗な聖女様のおかげだ素晴らしいって崇め奉るわけですよ。いや別に崇められたいわけではないですからそれはどうでもいいですが、それにしたって働きに対する報酬が少なすぎるとは思うわけです。儀式があろうがなかろうが、毎日洗濯物は出ますし建物は汚れますからね。遅くまでかかってようやく雑務が終わったと思えば、私に残された食事はほんのわずかなスープの上澄みとカビの生えたパン。流石に庭に生えていた雑草のサラダは食べられませんでしたよ、あれ生で食べたら結構致死性の高い毒になりますからね。こんな仕事、誰が望んでやりたいと思いますか? やめられるもんならさっさとやめたいし、処分するっていうなら是非とも今すぐ国外追放にでもして貰えませんかね? いらないならばもう帰して下さいよ。いきなり我が家に土足で踏み込んできて、私を誘拐したのはそちらの方なんですからっ!」
「……なっ、ありえない、そんなこと……!」
王子たちは私の猛烈な勢いに引き気味で、目をかっぴらいている。緑の瞳が綺麗ですこと。えぐり出してやりたいくらいに。
「ええまあ王子様方には信じられないでしょうね、こんな平民の言う事なんて。ああそうだわ、でしたら先ほどの約束をなかったことにして貰うっていうのはどうでしょう? そうすればここからの言動で不敬罪が適用されるのではないかしら。例えば──この国は王族が能無しばっかりだからどうしようもない、だなんて。ふふふ、なかなかの不敬ではないですか? もうちょっと具体性があった方がいいかもしれませんね。そこの第二王子殿下は頭の中がお花畑で出来ていて、その下半身の緩さといったらうっかり毒草を食べてしまった後の排泄──ンン"っ! とにかくおシモの管理が杜撰で御馴染みなのですよね。王太子殿下はご存じですか? ここの聖女様、もちろん私以外の貴族聖女様方という意味ですけれど、ひとり残らず全員がお手付きになっているんです! 流石に全員とは思わなかった? そうでしょうそうでしょう。貴族の方たちの価値観など私には理解しえないことですけれどね、どうやら複数でお楽しみになるのはたいそう燃えるそうですよ。えっ、何故そんなことまで知っているかって? 第二王子殿下はご存じなかったですか? 貴方が汚したリネンや聖女様方の服、洗濯するのは私なんですよ。毎回毎回とんでもない状態で回って来るものですから、見ただけでどの聖女様同士の組み合わせだとかプレイの内容だとか推理できるようになってしまいましたね。忘年会の一発芸でも役に立たない特技です。あ、あとおそらくですが殿下は性病にかかっていると思いますので、早急に治療を受けられた方が良いかと思いますよ? 聖女様方にもきっと感染っているでしょうが、まあ……きっとあちらはご自分で治せるでしょう。分かりませんけれど」
己の下腹部を茫然と見つめながら立ち尽くす第二王子。体液の状態や臭いからして結構進行していると思うのだけれど、これまで気付かなかったのだろうか。
というか不敬罪を犯す覚悟で話し始めてみたものの、全部事実だからもしかしたら適応されないかもしれない。それはいけないわ、もう一押しくらいしておかなければ。
「王太子殿下は初めて御目文字しましたけれど、噂は本当だったのですね……」
「──噂とは……一体、どのような」
心なしかその目は怯え声は震えているような気がするけれど、どうしたのかしら。風邪? だとしても治しませんけれど。
「孤高の王子様は人嫌いで誰も信じず、側近さえも選ばず、どこへ行くにもひとりでお出ましになるのだと。実際今日もこうして供も連れず先触れも出さず急に現れましたしね……本当に迷惑極まりない話です。その年までやってこられたのならまあ確かに実務能力はあるのでしょう。けれど、国のトップがそれって普通に終わってません? 疑心暗鬼になりすぎだし、そのまま国王になったらどうするつもりなんですか? 全部自分一人でこなせると思ってるなら国政甘く見すぎだし、私なんかに構ってる時間でもっとやらなきゃいけないことがあるでしょうよ。各人の適性を見極めて適材適所役割を振り分け使っていくのが上に立つ者の役目ではないですか? 弟の後を付け回している暇があったら信頼できる派閥でもなんでも作りなさいよ。自分は偉いんだぞと威張るくらいならちゃんと護衛を付けて、どこかへ移動するなら先触れも出しなさいよ。迎える側からしたら迷惑でしかないし、そんなことしてるからまともな人から離れていってしまうんでしょうが」
ここに住む聖女様方は皆第二王子の派閥らしいけれど、見目が良く地位も高い男性に惹かれてしまうのは制御できない本能のようなものなのだろう。お茶会をしながらぺちゃくちゃと囀られる噂話で、孤高の王子様についてはなかなか人気の話題であった。どうやら彼女たち的にはミステリアスで素敵な要素に見えていたらしいけれど、護衛も付けない王太子って普通にヤベェ奴じゃない? と前々から思っていたのだ。己の立場に自覚がないのか、と。
本人にも気付かれず影のような護衛が付いている可能性もなくはないけれど、だとしたら私はとっくに始末されていてもおかしくないはずだ。国外追放狙いのやけっぱちとはいえ、この場で叩き切られる可能性だってなくはなかったのだし。まあこの孤高の王子様に現実を分からせるため、あえて黙認している……なんていうオチだったら少し笑えるが。
「あ、兄上……」
「う、うん、まあ今日はたまたま、偶然予定が空いたから急に邪魔することになったがな。聖女殿の仕事を邪魔してもいけないから、そろそろ戻るとしよう」
「そ、そうですね。もしよろしければ僕の乗って来た馬車で一緒に帰りませんか」
「ああ、助かる。そうさせてもらおう」
「……先に城の聖人に会ってから、兄上の宮へ回してもよろしいでしょうか」
「……一刻を争うものな。私も共に話を聞こう」
「ありがとうございます、兄上」
「いや、気にするな、カルヴィン」
なんだか王子二人の距離が縮まり、互いを思い遣る空気感が生まれている。命を取る取らない、立場を奪う奪わないみたいな殺伐とした話をしていたような気がするのだけれど……まあ仲良くできるならそれに越したことはないか。
──それで結局、国外追放はして貰えないのかな?




