第一話
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「うわっ、お母さんこれめちゃくちゃ美味しいわ! また腕上げたね~?」
「そうでしょそうでしょ? お隣の畑、今年は豆が豊作だったみたいでね。いっぱいおすそ分け貰ったから、細かくして肉に混ぜてみたのよ~」
母はとても料理が上手で、私も懸命に習ってはいるもののまだまだひとりでの味付けには自信がない。家族はみんな美味しいよと言って喜んでくれるけれど、やっぱり私は母の作ってくれる料理がこの世で一番美味しいと思う。時々奇想天外な創作料理に挑戦したくなる所は母の悪い癖だけれど、謎のスープが錬成された日には家族みんなで鍋の残りを押し付け合いながらげらげら笑って食卓を囲む。狩人の父と料理上手で手先の器用な母、長女の私とその下に双子の弟妹。
私は幸せだった。こんな日常がこれからもずっと、続くのだと思っていた。
「あれ、お父さん腕のところ怪我してない? 見せて、すぐ治してあげる」
「今日森で枝に引っ掛かった時に切れたんだな。ありがとうシャル、相変わらずお前のその力は心地が良いよ」
「えぇ~お父さんだけずる~い! お姉ちゃん、私の膝も治して!」
「僕の肘も治して!」
「あんたたちだったら、また木登りでもしてたの? あんまり危ないことはしないでよね」
「はぁい!」
私のこの特技が村に訪れた行商人の口から漏れ、王都大神殿なる所から迎えの馬車が訪れるまでは。
◇
「さあ、この水晶に手のひらをかざしなさい」
「……これ一体なんなんですか? まさか痛かったりしませんよね」
「いいからさっさと言う通りにしなさい。はぁ……それでなくともわざわざあんな辺境まで出向いたせいで、何かと予定が崩れているのですから」
村では見たこともないような大きく荘厳な佇まいの神殿の、建物内の奥の奥。窓もなく薄暗い小部屋に問答無用で連れてこられた私は、中央にでんと据えられた豪奢な祭壇の上に乗せられた、巨大な水晶玉の前に立たされていた。
こんな立派な水晶、売ったらいくらになるんだろう? というか私では持ち上げられないくらい重そうだ。うっかりぶつかって落としたりなんかしたら、一生かかっても返せない程の賠償額になってしまう。恐ろしくてあまり近付きたくはないが、まるで罪人の移送のように両脇で私を見張る神官たちはさっさとしろと苛立たしげな表情で背中を小突いてくる。あんまりな態度に小さく舌打ちが漏れた。
あの小さな村には神殿などなかったし、数年に一度巡礼の神官が祈りに訪れるくらいだった。そうしてやってくるのは皆敬虔な信徒ばかりで、私たち村人たちに対しても親切に接してくれたものだからいい印象しか持っていなかったのに。
あの日突然村に訪れた四頭立ての馬車から降りてきたのは真っ白い祭服を纏った神官たちで、その彼らによって半ば攫われるようにして連れ去られた私はすっかり信仰心まで枯らしてしまっていた。ここに辿り着くまでの道中約一ヶ月ほど、ひたすらチクチクチクチクと嫌味を言われ続けたのだ。自分たちが勝手に来て無理矢理誘拐したくせに! 村が遠いとか、食事が辛くて口に合わないだとか、私の格好がダサいだとか馬車に揺られて尻が痛いとか。知らんわ! としか言いようがない。こんな奴らが権力を持つ組織など、碌なものではないに違いない。
そうでなければ家族の生命を人質に取り、治癒魔法が得意だというだけの理由で人攫いなんてするわけがないのだから。
「──なんと! この魔力量、今まで見たこともない……!」
「規格外ですぞ、間違いなく今代の筆頭聖女は彼女でしょう」
「……チッ、なんだってこんな田舎の平民娘が」
恐々と手をかざした水晶玉から眩い光が溢れ出す。それを見た神官たちは慌てふためき、ある者は感嘆の声を上げ、またある者は忌々しいとでも言うように眉を顰めた。
「よりによって侯爵家のご令嬢が神殿所属の間に、こんな存在が現れるとはな……これだから平民は空気が読めなくて嫌なのだ。聖女がただひとりであれば、奇跡の力の持ち主として神殿の権威付けにも使えたろうが」
「侯爵令嬢は王家との縁組を希望しているようですから、彼女を上回る力の持ち主が現れたとなると……今ほどの支援が得られなくなるやもしれません」
「だがコレが使い物になるかどうかは微妙な所だろう。なにせ礼儀も知らぬ山出し娘で見目もいまひとつ。魔力量だけに期待をかけて賭けに出るよりは、安定的な支援を得られる侯爵家との繋ぎを重視した方がよいか」
神官たちが苛立たし気に交わす言葉の意味はあまり分からないけれど、少なくとも褒められてはいないことは私にだってわかる。禿げ散らかして肥え太ったオッサンに見た目がどうとか言われて、ニコニコ笑っている奴がいたらその方が頭おかしいだろう。ここにいる神官たちが何か重い病気になったとしても、絶対に治してやらないと今決めた。
「とはいえ、貴族の聖女たちはそう長くここに留まりますまい。良い嫁ぎ先が決まれば早々に引退するでしょうから、それまでは予備としてコレを飼っておくというのは」
「うむ、それが良いかもしれぬな。水晶による判定は覆せないが……まあ肩書など、神殿外にそう漏れるものでもなし」
「任命だけしておいて、あとは表になるべく出さぬよう」
なんなら私の力でこの神官たちをどうにかしてやれたらよかったのに。治癒するだけの力でも……必要以上に注ぎ込みまくれば壊死したりなんかしないだろうか。彼らの足の指先を睨み付けながら考え込んでいたら、突き出た腹が一歩進み出て来ていた。
「……お前を筆頭聖女に任命する。神より与えられしその御力、これよりすべからく民の為国の為に使うべし」
ひときわ豪華な恰好をしたじじいは偉そうかつ嫌そうにそう述べると、人差し指で私の眉間を突いてきた。びっくりしたし、普通に痛い。
「…………」
ムカついたので無視したところ、今度は手に持った長い杖の先で足の甲を刺してきた。顔に唾でも吐きかけてやろうかと思ったけれど、村にいる家族たちのことを思って唇を噛みなんとか耐える。
せめてもの抵抗と思い、結局最後まで返事はしなかったけれども。




