ガンマンの視線
ガンマンは腰のホルスターから拳銃を抜いた。
抜いた瞬間には、もう轟音が街に響き渡り、
弾丸は空を裂いていた。
目にも止まらぬ腰だめ撃ち。
人々は何が起こったのか分からず、
ただ硬直したまま視線を動かす。
テーブルに置かれていたはずのビール瓶は、
粉々に砕け散っている。
沈黙のあと漏れ出たのは拍手ではなく、
安堵の吐息だった。
だがすぐに、誰かが震える手を叩きはじめると、
他の者たちもそれに続いて拍手するしかなかった。
彼は何かを確かめるように目を細めた。
そして、「もう一度だ」と低く言い放った。
砕けたガラス片が片付けられ、新しい瓶が置かれる。
人々は息を殺し、視線を瓶から逸らせない。
時間が引き延ばされるように流れる。
空気は張りつめ、誰かの喉が鳴る音さえ響く。
だが、瓶はいつまで経っても割れない。
震えを堪えきれなくなった少女が、
テーブルの下で指をぎゅっと握りしめた。
人々は恐る恐るガンマンに視線を移す。
その刹那、雷鳴のような衝撃音が炸裂する。
目をテーブルに戻した時には、瓶は無残に砕け、
破片が床に散っていた。
ガンマンは涼しい顔のまま拳銃をホルスターに戻す。
人々は恐怖に突き動かされるように拍手を送った。
称賛ではない。
次に撃たれるのが自分でないことへの、
震えながらの祈りだった。
ガンマンは小さく舌打ちし、
静まり返った酒場を見渡した。
砕けた瓶の破片が床で光り、拍手はすでに恐怖の震えに変わっている。
「……お前ら、本当に運がいい」
その声に、人々の肩がびくりと跳ねた。
ガンマンはゆっくりと指先を掲げる。
その指が向いたのは──自分の拳銃。
「実はさっきから……弾、入ってねえんだ」
酒場中が凍りつく。
誰も何をどう理解すればいいのか分からない。
ガンマンは肩をすくめ、空になったシリンダーを指で回した。
「だから言ったろ。お前ら、運がいいって」
人々は顔を見合わせる。
次の瞬間、テーブルの下や椅子の影から、
安堵と絶望が同時に崩れ落ちるような呻き声が湧き上がった。
ガンマンは扉へ向かいながら、帽子のつばを軽く押した。
「瓶が勝手に割れた理由? ……知らねえよ。
この街、俺より腕のいい“奴”がいるってことだ」
扉が閉まったあと、誰も動けなかった。
恐怖からではない。
──自分たちが、誰に拍手していたのか、分からなくなったからだ。
ガンマンの視線は、見えない標的を見つめていた。




