第97話 選手村
本日2話目
「上海にいきたいかー!」
「それ番組違う奴!」
オリンピック代表の結団式から数日。世間様にオリンピックが始まるよと知らせるために僕はTVに出ずっぱりになった。今日はスポーツ系のバラエティー番組に出演してるから最初に一発カマしたんだけど、なかなかウケが取れてるみたい。お、オリンピック来てくれるの? 上海だよ? パスポートと歯磨き忘れちゃだめだからね。
いやー、忙しい忙しい。夏休みだから良かったけど、本当に朝から晩までTV局を行ったり来たりしてるよ……来月オリンピックなのに練習時間がががが。ただ、これ仕事を振ってきてるのが日本のオリンピック委員会だから断りにくいんだよねぇ。
しょうがないから足りない運動量を補うために車の中で空気椅子をしたり局内の移動は逆立ちをしたりと色々やってるんだけど、何故かその様子をカメラで撮られて余計に御呼ばれの回数が増えるという不具合が発生。流石に朝6時から夜10時までみっちりぎっちりスケジュールを入れてきた段階でマネージャーの有川さん動いてくれた。練習しないでパフォーマンスを維持できるわけないじゃんって。
山田芸能事務所からの正式な抗議によってなんとか練習時間を確保した僕は、1週間ぶりくらいにハラキリトルシニアに顔を出した……んだけど、残念なことにケーちゃんとコーちゃんは世代別代表として米国に渡ってるから、僕の球を受けてくれる相方が居ない。
「……じーっ」
「無理です! 無理ですよ権藤先輩!?」
コーちゃんの次の世代の捕手陣に視線を向けるも、練習だとほとんど出ない魔球に怯えて僕の球を受けてくれない。どうにもこの世代の捕手は根性がないようだな。残念。
「お前、後輩イジメんなよ」
「あ。顔どころか体まで四角くなってきた諸星くんじゃん。元気してた?」
「やかましい。あっちでキャッチボールでもしようぜ」
僕が後輩君にプレッシャーをかけてると思ったのか、諸星くんが声をかけてきた。普段はコーちゃんがチームのキャプテンシーをとってるんだけど代表とかで居ない時は諸星くんがチームを引っ張ってるみたい。コーちゃんが代表に呼ばれる時って大体僕もどっかに呼ばれてるからあんまりわかんないんだよね。
そのままちょっとみんなとちょっと離れたところでキャッチボールをバシンバシンと投げ合う。ううん、やっぱりピッチャー同士のキャッチボールは途中から勢いが強くなってくるよね。負けん気強い子多いから仕方ないんだけど。
あ、そういえばこないだは進学先マウントとられちゃったけど、僕もきっちりかっちり推薦を貰ったからね。ふんすふんす。
「聞いてるよ。聖ザに田中たちと一緒に入るんだろ」
「うん。諸星くんはどこに決まったんだっけ」
「……ザだよ」
「? ごめん聞こえなかったや」
「聖ザだよ! 山田の親父さんからお前が来るかもって聞いて! 西東京のほうや大阪からの話を蹴って!」
「お、おう」
「俺は! まだ、お前にも田中にも負けたなんて思ってない! 聖ザのエースは、俺が取る!」
「……おう!」
バシン、と諸星くんの投げたボールが、強く僕のグラブを叩いた。球速はケーちゃんに劣り、球威はあすみちゃんに劣り、制球も変化球も僕に劣り。諸星くんは同世代の綺羅星みたいな面々に一歩劣る投手として世間には扱われている。決して悪い投手じゃない。でも世代トップには劣るってのが僕や周囲の評価だし、実際に実力的にも間違ってない評価だと思う。
でもね、一つだけ僕は諸星くんの凄い所を知ってる。あるいはこのまま育てばって期待してしまうような凄い所を。
諸星くんは、誰が相手でも、どんな状況でも決して臆さない。自己のベストを出すべきところで自己のベストを出すことが出来る、類まれな精神性を持っているのだ。調子の良し悪しでパフォーマンスが変わるのは当たり前なのに、彼は特に気負わずとも自分の限界値をいつでも安定して出すことが出来る。こんな奴、世界中探しても早々いないよ。
「あとはもっと自力が育てばねぇ。諸星くん、前に伝えた筋トレはしてる?」
「ん、ああ。結構色々なパターンのやつな。教えられたとおりに日替わりでやってる」
「お、ちゃんと真面目に取り組んでるんだね。感心感心」
向上心もあるし、ガタイも悪くない。世代トップと比べると器用貧乏に見えるだけで高水準にまとまってるし、あと一つ二つ殻が剥ければ本当にエース争いに加わってくるだろうね。うんうん、諸星くんが聖ザに来るなら投手も無理なくローテして試合が組めそうだ。
さて。そんなこんなで7月は瞬く間に過ぎ去り、8月がやってきた。戻ってきたケーちゃんやコーちゃんと入れ替わる様に僕とあすみちゃん、それにトロ子ちゃんは飛行機に乗り、一路大陸――上海へと向かう。開会式までまだ日にちはあるけど、時差ボケで体調を崩さないように選手村とかは余裕をもって準備されてるんだって。
「いやー、ついに噂に聞く選手村って所にやってきたねぇ!」
「どんな噂だよー」
「え。それはもちろんトイレからなにからに置かれまくってるコンドーぐえぇぇ」
僕がその言葉を言い切る前にあすみちゃんの縦ツインドリルが僕の首を絞め上げた。こ、この女! 弱点を自らの武器に……!?
なんて冗談言ってる場合じゃなく、これ結構由々しい事態なんだよ。なんせ僕たち女子野球日本代表は平均年齢22歳の若く魅力的な女の子が大集合しているグループだ。当然僕らに寄ってくる若く飢えた選手たち(狼)も多く居るだろう。そんな狼共の巣に迷い込んだか弱い子羊である僕らは、身を寄せ合って貞操を守らないといけないんだよ!
『お、君たち日本人? かわいいね~俺イタリアのミラッツォ。フェンシングで来てるんだけど君は? 野球? 野球かぁ、イタリアでも人気あるよ。どうだい、向こうで野球について話さない?』
『ハンガリーのバルトシュ。水泳で来ている……君は、美しい目をしているね。僕と少し話さないか?』
『野球?_ああ、ネットで人気のアレだね。AMACHANってコメディアンのやってる。うわ、奇遇だなぁAMACHANの動画は僕も大好きなんだ。あ、俺は馬術のフランスで~』
「なんて話をしてた端から群がってきたね」
「金魚鉢に餌ぶちまけたみたいな反応だなー」
僕の悪い予感は当たってしまった。選手村に到着した僕たちアマゾネスジャパンは、各国が誇るトップアスリート達にとってただの獲物へと成り下がってしまったのだ。そしてビックリする位積極的な各国の選手たちに、アマゾネスジャパンの先輩方も満更ではないご様子。まぁ、なんでかトップ層のアスリートって顔が良い人多いんだよね。
そしてそんな中、ついに僕にも魔の手が伸びてきた。ロシア国旗をつけたジャージを着た大柄な青年が、険しい表情を浮かべて僕に走り寄ってきたのだ。ふふん、だが舐めてもらっては困るな。僕はまだ15歳でそんな男女の付き合いなんて考えも及ばない年齢なんだ。味噌汁で顔を洗って出直して来い!
と叫ぼうとした瞬間、青年は顔を真っ赤にしてサイン色紙とサインペンを僕に差し出してきた。
『こ、コメディアンヌのAMACHANさんですよね! 俺、貴女の動画全部見てます! ふぁ、ファンです! サインお願いします!』
『あ、え、あ……はい。え、英語お上手ですね?』
『も、元々世界ツアーで必要だったのと! AMACHANさんがオリンピックに出場するって聞いて、AMACHANさんは英語話者だって聞いて磨きなおしました!』
『あ、はい。ええと、すみませんお名前を』
『て、テニスで! あ、ロシア代表のセルゲイです!』
『はい。テニスのセルゲイ選手ですね。はい、セルゲイさんへ……と。これで良いですか?』
『一生の宝物にします!』
セルゲイ選手あてのメッセージを添えたサイン色紙を手渡すと、彼はその文面を見て更に顔を赤く染め、感極まったかのように僕の右手を取りキスをした。おお、ロシアにもそんな風習があるのか、とちょっと失礼な感動をしていると、セルゲイ選手の叫び声を聞いた他の選手たちが俄かにざわめきだしたようだ。
あ、あれ。なんか皆こっちを見てるな、と嫌な予感を覚えていると。
『え!? あ、AMACHAN来てるのか!?』
『本当だ! AMACHANだ!』
『おーい皆! AMACHANが慰問に来てくれてるぞ!』
『いや僕ぁ選手だけど!?』
どたどたとそれまでナンパに勤しんでいた各国の選手たちが、わらわらと僕に向かって突撃をしてくる。誰も彼もが屈強なアスリートばかりの人津波に、僕は慌てて振り返って走り出した。さ、流石にこんなんに巻き込まれたら死んじゃうよ!?
それから1時間ばかり、僕は選手村の周囲をぐるぐると走り回る羽目になり、警備の人から運営の人から、事情を知った人々に呆れたような顔で見られて肩をポンと叩かれた。この事は早速ニュースになっており、コメディアンヌのAMACHANがオリンピック開催前に伝説を残したと苦笑交じりに報道されたらしい。伝説なんて残したつもりはミリもないんだけどね???




