第95話 閑話 密着動画
本日ラスト
オリンピックの準備で忙しくなってきたけど、僕は他にもやる事がある。北埼玉デッドボールの試合もオリンピック前まで出る予定だし、ハラキリトルシニアの夏予選もある。そしてこれに関しては正直なんとか断りたかったけど断り切れなかった、動画撮影の仕事もだ。
純喫茶アンデッドの見守りカメラと化した動画配信は今も絶賛行われており、なんなら休みの期間も配信は続いている。僕としてはカメラがあるって状況を作りたいだけだったからそこまで気にしてなかったけど、純喫茶アンデッドの配信は僕のファンが集う憩いの場みたいな感じになってるらしく、常に2~300人くらいがこの配信画面を開いて、コメント欄で雑談をしてるそうな。もちろん営業時間はもっと人が居るけど、誰も居ない深夜でもこの人数って事だね。
この高回転に運営側が非常に気を良くしたらしく、ブライアン伯父さんにかなりしつこくお願いが来たそうな。そこまで言うならって事で僕の方にもお伺いが来たんだけどね。僕個人としては全然やりたくないんだけど、ここで今の良い流れを掴み取りたいって運営側の熱意も分かるんだよね。
そこで賢い僕は考えた。わざわざ企画して動画を撮るってのは明らかに今の僕じゃ難しい。単純に今の僕にとって時間がなにより大きなコストになるからね。だから、複雑な企画ものはNG。出来れば純喫茶アンデッドの見守りカメラくらいに労力がないものが望ましいんだけど……と考えた時、ピキーンと来たんだ。ニューなタイプみたいな直感が。
「というわけで今から1日つきっきりで僕に張り付くおねーさんです。ストーカーと間違えて通報しないように」
「あ、その。通報は勘弁してください、仕事なんです!」
「あ、はい。娘をよろしくお願いします」
「自宅を撮られるなんてちょっと恥ずかしいわー」
自分で企画するのが面倒という本音を押し隠して僕が提案したのは、一日権藤あまね経験というものだ。そこそこ以上に人気者になった僕の一日のスケジュールを一緒に追体験しようというもので、カメラマンさんを張り付かせて一日通しで僕を撮影するというもの。ほら、人気者の日常とかって人気だし、純喫茶アンデッドも似たような感じで人気になったわけだからね。ウケるうちは擦り倒すのが芸の道ってブーさんも言ってたし!
この企画を提案して僕に付けられた人は叶さんって名前の女の人だった。うん、流石にプロデューサー兼カメラマンさんみたいな男の人と一緒に寝泊まりは出来ないからね。女性スタッフさんが来るのはありがたいよ。あとおとーさんとおかーさんに事前に話を通しておくのは大事。うちの近辺にはちょぉっと熱心すぎるファンが出没する事もあるから、怪しいと思ったら即警備員さんを呼んじゃうんだよね。
午前4:00。まだ日が昇る前から僕の一日は始まる。
「かの……カメラマンさーん。おきてくださーい」
「ぐあー……ぐあー……ふがっ!?」
ぐあーぐあーといびきをかく叶さんを撮影しながら揺り起こすと、飛び起きるように彼女は体を起こした。授業中に居眠りした学生みたいな起き方するなこの人。カメラを片手に彼女を案内して顔を洗わせ、その間に自室内をサービスショット。僕の部屋はベッドに勉強机に本棚、衣装タンスと結構ありきたりなデザインだけど要所要所に野球グッズと甲子園出場と書かれた紙が貼ってある。願掛けって奴だね。
あ、あとは勉強机の上に置いてあるガーガーガジラ松田くんとドスベンも撮影しとこう。これで漫画の野球が好きな人からの好感度もアップだね!
顔を洗ってきて多少はシャキッとした叶さんにカメラを渡し、ここからは被写体としての一日だ。顔を洗って歯を磨き台所でたっぷりと牛乳を飲んだらジャージに着替えて朝のランニングだ。叶さんには原付バイクにカメラ用の固定具をつけて後ろから追いかけてもらう形にする。流石に運動してない人にカメラ持ったまま5キロも走れなんて言えないからね。
バイクに追いかけられる形になるから階段は登れないし、普段のルートとかを動画にすると今後変な人が待ち伏せしてくるかもしれない。今日はこのルートで走るかなぁと店の前で柔軟運動をしていると、山田家と田中家の3人が眠そうな顔で家から出てきた。
「あ、この3人は幼馴染です。でっかいのっぽ女は従姉妹の山田シャーロットあすみで。こっちは私と一緒にオリンピックに出ますね。そっちの男二人はU15日本代表の田中ケータと田中コータで、来月の全米大会に出場する予定です」
「はぁ……え、全員日本代表って事ですか!?」
「世代別も含めればそうですねぇ。ふんすふんす」
僕の挨拶に会釈する3人を見て、叶さんが驚きの声を上げる。そうそう、うちの幼馴染はね。近年稀にみる最強の幼馴染なんだよ。えっへん。あ、3人とも喋らないで良いからね。寝ぼけ声だとかっこ悪く見えちゃうからね。3人のブランディングに悪影響だからしゃんとするまでは無言で行こう。
頼れる長姉として3人の面倒を見ながらランニングをスタート。ルートは毎回変えてるけど大体5キロくらいは朝に走ってる。ランニングは朝にやると体のモードを切り替えてくれるスイッチになるんだよね。ワールドツアーの時に一番きつかったのは、外を走れなかった事かもしれない。運動する前に走らないと逆にストレスになるんだ。
5時過ぎくらいに家に戻って来たら、そのまま筋トレに移る。ボールを使った練習は朝は行わない。変な所にとんで近所迷惑になるのは嫌だからね。
「55……56……フゥッ!」
「フォーム意識して。崩れてるよ」
「わか、ってるわよ! 57……」
男女に分かれてペアを組み、結構な強度の筋トレを行う。この筋トレは日によって部位が変わり、今日は足腰から腰回りにかけてを重点的に行う。明日は肩回りだね。基本的に筋トレは筋肉を休ませるまでがセットだから、足腰から腰回りの筋トレは三日後くらいまで日付を空ける事になる。
筋トレを行ったら、今度は柔軟だ。これにもたっぷり時間をかける。怪我防止として色々考えてトレーニングをしてるけど、そもそも怪我がしにくい体になるのが一番だからね。今生で一回もケガをした事がないから断言しにくいけど、元々体が頑丈だってのと子供の時からずぅっと続けてた柔軟も大きく影響してると思うんだよね。僕と同じくらい子供のころから柔軟してるあすみちゃんもケガとは無縁だし。
中学生4人がストレッチをし続けるという地味ぃな映像が続き、叶さんが何故か「これ、放映していいのかな。センシティブじゃ……」とか良く分からない言葉を吐いてるのを尻目に、朝練は終了。各自家に戻って学校の準備だ。
まずはシャワー! 汗臭いまま学校に行きたくないからね。汗を流して髪をドライヤーで乾かすと、おとーさんが声をかけてきた。
「おはよう、あまね。ごはん出来てるぞ」
「はーい!」
うちのごはんは基本的におとーさんが作ってくれる。といってもお店の昨日の残り物をパパっと調理してるだけなんだけど。ハンバーグと鯖の味噌煮という同時に出てくるには面白いチョイスを平らげ、時計を見ると時刻は7時を少し過ぎたくらい。学校までは大体20分くらいだから、余裕をもって着くことが出来そうだ。
「そういえば授業中はどうするんです?」
「あ、流石に教室内には入れないんですが、廊下から撮影したり授業の邪魔にならない範囲で許可は頂けました」
「おー。校長も太っ腹だなぁ」
まぁ、授業を受ける姿なんて見る方にも退屈だろうしね。この辺は上手く編集してもらってさらっと流してもらおう。
そんなこんなで学校に行き、いつも通り授業を受けたり、いつも通り部活に行って柔道着姿に叶さんが驚いたり、乱取りで対戦相手をポンポン投げ飛ばす姿にまた叶さんが驚いたりとそこそこウケたかな、という反応をもらいつつ放課後が過ぎ、家路につく。
ここからはお手伝いタイムだ。早速巨神カップでもらったネコ娘衣装をメイド服にアレンジしたものに着替えてお店に立つと、叶さんは無言でカメラを向けて撮り続けた。あ、あの。なんかコメントとかそういうのは……?
「それは、蛇足です。この光景に音なんて不要ですから」
「え。いや」
「蛇足です」
「はい」
謎のプレッシャーを発する叶さんに、思わず気圧されて首を縦に振る。い、一日一緒に居たのに分からなかった。この人、なんかすごいぞ……!
そのまま僕はカウンターに座る常連さんをからかったりからかわれたり、水鳥先生にねだったラフ画をお店に飾ったりといっしょうけんめい働き閉店までお手伝いした後、僕が就寝する所で今回の同行動画は撮影終了となった。
この動画はオリンピックが終わるまでの間不定期に撮り続けるらしいから、叶さんとはオリンピック期間も一緒に行動する事になりそうだ。でも、これだけ映像に拘りのある人ならきっと良い動画を撮ってくれるだろう。こういうのはやっぱりプロに任せるのが一番だよね!




