第74話 対米国女子代表 前編
本日4話目
『ぜひうちと契約をしてほしい。これくらいの報酬は約束できる』
『来年公開予定の映画があるんだが予定はどうだろうか』
『あの入場曲は素晴らしかった! どうだい、いっそCDにしてみるのは』
ヤンカーズスタジアムでの始球式は大盛況で終わった。うん、大盛況過ぎたね。球場の中はもちろん、この試合をTV放映で見てた人からも大反響があったたみたい。始球式って開幕以外はTVで流さないイメージだったんだけどね。僕が投げる日は使用率が取れるぞって算段だったんじゃないかな。
どれいくらいの反響だったかというとその日の内には主要メディアがこぞってこの始球式の様子を取り上げ、中には試合結果を流さないで始球式だけを流すなんてメディアもあったとか。あ、試合はヤンカーズが勝ったみたい。相手チームがめちゃめちゃやりづらそうにしてたけどまぁあんだけ盛り上がった相手ホームでの試合だからね。デバフもかかるでしょ。
そこまでは良かったんだ。僕としても野球人気振興のために日本から出てきてるわけで、あの始球式の盛り上がりは望むところって感じだから。
ただ、結果が良すぎて周りから変な声掛けが増えたのが難しい所だよねぇ。そして声かけてくるのが変に役職とか持ってる人だから面会が断れないみたいだし。日本だと僕は野球第一主義で通ってるから全部事務所を通して連絡が来るようになってるのに、こっちだと直接僕に話を通そうとする奴らが多い多い。
あんまりひどいもんだから真久部監督を通して国際野球機構に「事務所通さないで未成年に契約を無理強いしようとする連中はなにを考えてるんだ」って抗議を入れたら一応納まったけど。やっぱりアメリカは訴訟をちらつかせるのが有効だよね。
「それプラス、山田家は米国でも事業を展開しているからそっちからも抗議を入れてあるのよ。あんたも一応山田家の一門なわけだから、おじい様が気を回してくれてるみたい」
「ええ。会った事2,3回しかないのに」
「あんたもたまには英国に来なさい。権藤方の実家にばかり挨拶して」
一生懸命縦ツインドリルを作ってるあすみちゃんがそう小言を零すが、英国まで行くのは大変なんだよ。金銭的にも時間的にも。今は使えるお金が増えてるとはいえ純喫茶アンデッドは家族3人が慎ましい生活を送るくらいの稼ぎしかなかったし、僕がげいのーじんになってからは忙しくて英国に行く余裕もなかったし。
あ、でも今回のワールドツアーでは欧州にも行くから、その時に時間を見て山田のおじいちゃんたちに会えるかな。いちど有川さんに相談しよっと。
さて、途中でいくつかイベントを挟んだとはいえ僕らの今回の渡米は米国女子代表との練習試合が目的である。という訳で数日前にお邪魔したヤンカーズスタジアムに僕たち日本代表はお招きされたわけだけども。
「え、この熱狂した大観衆の前で試合するの?」
ポツリと本日登板予定の真中パイセンが震える声でそう口にする。そう、これまでの3カ国で日本代表は満員のスタジアムでの試合を経験したんだけどね。今日、この日はちょっと次元が違うというか。
5万人近く入るヤンカーズスタジアムは満員で、更には入れるスペースがあればそこに立ち見で観客を入れる状態。更に更に球場の外には野外観戦用のでっかいモニターがいくつも設置されていて、ヤンカーズスタジアムの周辺は群衆で埋め尽くされているという。これオールスターでもワールドシリーズの最終戦とかでもない、女子代表同士の練習試合だよ?
『それだけ、数日前のあまねのパフォーマンスが凄かったんだよ。TVはまだあの話題で持ち切りだから』
『あ、アンジー。さっきぶりー』
『うん。朝ごはんぶり』
日本代表がおろおろしているのを眺めていると、こちらも球場に到着したらしいアメリカ代表のアンジーに話しかけられた。泊ってるホテルが一緒だからほとんど一緒に球場に来たって感じなんだけど一応挨拶は大事だからね。
ところでアンジーは余裕があるみたいだけど、米国女子代表は。と聞こうとしたところで相手ベンチ側に目をやると、ナタリー以外はほぼ全員が顔を真っ青にしてるのが目に入る。ああ、うん。君たち姉妹がおかしいだけであっちもしっかりテンパってらっしゃるみたいだね。
『というかアンジーはなんで平気なの? 僕はこういうの慣れてるから大丈夫なんだけども』
『? 観客は観客でしょ。今からプレイする相手以上に怖い相手なんて居ないよ』
『あ、なるほど。なかなか肝が据わってるというか……ところでその怖い相手って誰の事なのかな???』
アップがてらジャージのままグラウンドを一周し、観客に適度に媚を売ったりアンジーとストレッチをしたりして時間をつぶす。日本代表は、あすみちゃんとトロ子ちゃんがいつも通りに肩を温めてる以外は大体お通夜一歩前みたいな表情でのろのろ動いてるなぁ。流石にしっかり準備しないと体壊しちゃうぞ?
米国女子代表の方は……世界最速の女、レイチェル・ヘップバーンは流石の一言というか、歓声にしり込みしてる米国女子のピッチャー陣の中ただ一人生きた球をナタリーに向かって投げ込んでる。その点うちの日本最速の女、真中パイセンは……うん(お察し)
最速対決と銘打ってるレイチェルと真中パイセンの対決だけど、流石に真中パイセンだけにここまでデバフかかってるとね。これはもうあすみちゃんに今日の登板をバトンタッチした方が良いんじゃないかな。それか僕。
『あすみが出てくると、ちょっと厳しいかも。僕は速い球より重い球のほうが苦手だから』
『お、対戦した事ないのに良く分かってるじゃん。うちの従姉妹の速球は速球っていうより剛球だからねぇ』
『でもあまねよりは人と戦ってる気分で対戦できるから、良いかな』
『僕はしっかり人類なんだけど???』
等と駄弁りながらアップを続け、試合開始時間が来る前にアンジーと分かれる。さてさて、ベンチに戻ると真久部監督はひじょーに険しい表情で真中パイセンの肩を叩いていた。ああ、真中パイセンがリストラされてしまった……なんて悲しいことだろう。というかパイセン、めちゃめちゃほっとした顔してるけどそれは代表のエース格としてどうなのさ。ま、まぁそれはともかくだ。という事はここはやっぱりピンチピッチャーに定評のある――
「山田さん、今日は頼みますね」
「はい!」
「ですよねー」
真久部監督はここでまだ今回の練習試合で切られていないカードであるあすみちゃんを選択した。年齢が一番若いってのもあるけど、あすみちゃんが出る時はトロ子ちゃんもセットで出る時だ。日本代表の正捕手よりトロ子ちゃんは打率で劣るからね。真久部監督も切り時が難しい札だと思ってるんだろうなぁ。
他のキャッチャーがじゃああすみちゃんの球を取ればいい、と思うかもしれないけど、あすみちゃんの球は、他のキャッチャーさんが嫌がるんだよね。バカみたいに重いから腕が痺れて打撃に影響が出るんだって。
さて。決まってしまったからにはしょうがない。この大観衆の前で我が従姉妹殿に勝ちをつけてやるためにも、今日は気合を入れてバットをふりますかぁ!
「あ、権藤さんは最初の1打席目だけマウンドに上がってくださいね」
「あ、うーっす」
それはそれとして今日もお役目だ。あすみちゃん、あっちあちにマウンドを熱して渡してあげるからね(ゲス笑)




