第7話 純喫茶アンデッド
本日2話目
「うおおおおおお! いらっしゃいませぇ! うおおおおおお!」
カランカランとドアベルの音が鳴った瞬間、自作したメイド服の裾をなびかせながら入店したお客さんの元へダッシュ! 野球で鍛えた足腰を駆使して最速最短のルートを構築している僕の動きには一切の無駄がないのだ。
ヒュヒュンと音を立てて二人組の客の前に立つと、優雅な仕草でスカートの裾を持ってご挨拶。マナーだってばっちりさ!
「お二人様のご入店ですねぇ! カウンターとテーブルどちらにしますかぁ!」
「え、ええとテーブルで」
「かしこまりましたぁ! こちらのテーブルへどうぞぉ! うおおおおお!」
腹の底から声を出してお客様をテーブルへと案内する。僕の気合に気圧されたのか、新規のお客さん二人は終始僕にペースを握られっぱなしだったな。ふふふ、勝ったな。これなら一番高いセットをオススメしたらそのまま注文しそうだ。
何をしているのかというと、バイトならぬ家のお手伝い。お小遣いを前借してしまったから、その分を労働で支払ってるんだ。
我が権藤家は純喫茶なんて今時流行らない家業を営んでいて、もちろんバイトなんて雇うお金はないから家族みんなでお店を運営している。平日はお父さんとお母さんの二人だけど、練習や試合がないときは僕もお店の手伝いをしているんだよね!
所謂看板娘って奴? 僕がお店に出るだけでお客さんの数が全然違うらしいんだよねぇ。カーッ! 辛いなー! 人気者は辛いなぁ!
「まぁそれはそうだろうが、多分アレが原因だろ」
お店のカウンターで500円の学生ランチを食べていた我が古女房、田中兄弟のコーちゃんが頭上に設置されているテレビを指さした。そこにはお父さんが録画した、僕が出場する北埼玉デッドボールの試合がつなぎ合わせてエンドレス再生されている。
『ああっとサードのブーさん取れない! 昨日食べたステーキ分一歩が遅れてしまいましたね!』
『試合前にステーキ食べたって自慢されたのまだ根に持ってる?』
『いいえまさかそんなまさか。僕の実家の喫茶店だと高すぎて用意できないようなお肉のステーキは美味しかったんでしょうねって思ってます。学生ランチ500円の純喫茶アンデッド、定休日は水曜です』
映像の中ではちょうど僕がお店のチラシを手に持って宣伝している姿が映し出されている。確かにこれは大きいだろうね。ローカルとはいえテレビで宣伝してるんだからこれでお客が来なかったらどうしようって話だよ。
まぁ本当はスポンサーとかでもないのに宣伝なんてやったらいけないそうなんだけど、うちのお店の場合はそもそも零細すぎるのと僕の身内の店だからって理由で僕が口で言う分にはお目こぼしをしてもらってる状況だ。チラシ持ってるけど。カメラマン兼プロデューサーさんに泣き落としをしてなんとか許可をもぎ取ったんだよね。
なんせうちのお店は父さんの拘り全開の純喫茶だ。お出しする商品は良いものが多いんだけど、利益率も回転数もそれほど良くはなかったりする。フラッと入ってくるお客さん以外はやっすいランチ目当ての学生ばっかりなんだよね。こんな状況じゃぁ高利益のメニューをガンガン注文させていかないとおまんま食いあげちゃうよ。野球は体力勝負なんだからいいものを一杯食べれるように稼がないと!
「えー。この店は学生ランチが一番っしょ」
「同じく」
「シャラップ! 500円の学生日替わりランチセットしか頼まない君たちに発言権はないのだ! ジュースとか追加しろよ!!」
カウンター席に並んで座ってランチを食べている田中兄弟にズビシッと指をさしてそう伝えると、ケーちゃんは笑って、コーちゃんは黙々と箸を動かし始めた。今日の日替わりランチはハンバーグに少々のサラダとごはん、それにお替り自由のスープがついてくる。これだけついてこのお値段! 安い! 安すぎる!
もう200円くらい利益取りに行ってもいいんだけど、我が家の家長であり店長である父、権藤あきらは学生には腹いっぱい食べさせるというポリシーがあるらしくこの値段からびた一文値上げをしようとしないのだ。
いやね。僕も健全なスポーツ少女だからね。学生はいくら食べても補給が追いつかないってのは分かるんだけどさ。だからってものには限度ってもんがあるでしょう。こんなコスパ最強のランチなんて頼まないと損だよ。ね、お客さん。
「そうだね。じゃあ、俺もこの学生ランチで」
「あ、俺も」
「しまった! つい! 親富孝大学の学生証ですね! ご提示ありがとうございます! 学生ランチ2つ入りましたー!」
「はいよー」
キッチンの奥から父さんの相槌が聞こえてくる。しまったなぁ、ついつい田中兄弟との掛け合いのままお客さんに応対してしまった。あ、スープのおかわりはセルフサービスになってます。追加でビールでも頼んでくれてもいいのよ???
「ご馳走さんでーす。お代は親父にツケといてくださーい」
「ごちそうさまでした」
「はい、お粗末さん。また来なよ、ケータくん、コータくん」
「次来るときはジュース頼めよー! ありがとうございましたー!」
カランコロンとドアベルを鳴らして純喫茶アンデッドを後にする。田中兄弟はこの店に入る度にネーミングセンスねぇなぁと思っているが、自分たちが所属しているリトルの名前も大概だし多分この辺りの土地柄そういう名前が多いんだろうなぁとなんとなく考えている。
なんとなく、だ。深く考えるほどの事でもない。
店を出てすぐに隣の家が自分たちの家だ。つまり、お隣さんである。権藤あまねと田中兄弟、それにもう一人、純喫茶アンデッドを挟んで反対側の豪邸に住んでいる少女を含めた4人は、赤ん坊のころから兄弟のように育った幼馴染だ。
「うまかったなー」
「ああ」
軒先で寝ていたぶっさいくな飼い猫を猫じゃらしであやしながら、兄のケータがそう口にする。弟のコータはそれに相槌を打ち、家の壁に立てかけてあるバットを手に取った。食べたエネルギーを血肉に変えるために、バットを振るうのだ。
「真面目すぎっしょ、コータは」
「……兄貴ほどの、才能が、ないからな」
ブルン、ブルンと音を立ててバットが空を切る。弟の自虐のような言葉に、ケータは口をつぐんだまま猫じゃらしを揺らした。才能がないわけじゃない。コータは同学年に限定すれば西東京地区では1,2を争うくらいのキャッチャーだ。いや、全国でも5指に入るかもしれない。弟贔屓ではなく全国大会を戦い抜いた結果として、ケータはそう思っている。
けれど、それを口にすることはない。口にすれば、その言葉がコータをどこまでも傷つけると分かっているからだ。
ケータが真剣に野球を始めたのは2年前だった。その当時すでにハラキリトルに参加していたあまねやコータに誘われる形で野球を始めたのだ。最初の内はひぃひぃ言いながら練習をしていた。まるでついていけなかったし、正直止めてしまいたいとも思っていた。
「兄貴はさ」
「んー?」
「なんで野球、続け、たんだ?」
でも止めなかった。ケータはひぃひぃ言いながら野球を続けて、1年が経ち、2年が経つ頃には、全国でも一人か二人というエースに成長していた。たった二年で。
バットを振るいながら問いかけてくるコータに、ケータは考えるふりをしながら空を見上げる。野球を辞めたがっていたのは、コータも知っていたのだろう。なにせ双子だ。ほとんど互いに何を考えているのかも分かるくらいには、同じ時間を過ごしている。
大事な弟だ。ケータにとって、コータは命にかけても守りたいくらいには、大事な弟で、家族だった。
けれど。それほど大事な弟にも知られたくないことは、ケータにだってある。
『ケーちゃんはさ、すっごい才能あるよ! 真面目に練習したらきっと凄い選手になれる!』
『真面目に練習っすかぁ……どれくらいやれば良いんすかね?』
『んー。2年、かな。2年間毎日、真面目に練習したらさ。きっと凄い選手になるよ! 僕が保証したげる!』
『2年ねぇ。ちなみに、どういう計算で?』
『前世読んだ漫画で書いてた! 凄い選手は大体2年で結果が出るって!』
『おいこら』
赤ん坊のころから知っている血のつながらない妹が、銀髪を揺らして。燃えるような赤い瞳でそう自分に口にした瞬間は。
『だからもうちょっと頑張ってさ。一緒に甲子園、行こうよ!』
約束を交わした瞬間は誰にも言えない。言いたくない、田中ケータと権藤あまねだけの秘密だ。
「なんとなく、さ」
「……そっか。なんとなく、か」
弟の質問にそう答えて、ケータは猫じゃらしを放り投げて家の中に入る。
ブルンブルンとバットを振る音は、それからしばらく聞こえ続けた。




