第56話 慰めなんて言えるかっての
本日1話目
いやぁ、よもやよもやだねぇ……大牟田選抜は確かに波乱の目になるチームだと思ってたけど、まさかのジャイアントキリングだよ。確かに去年ほどのチーム力じゃないけど、道頓堀選抜は今年も優勝候補だし僕も8対2くらいで道頓堀選抜が有利だと思ってたからね。
網走くんは2安打と当たってたみたいだけど、他の打者がほとんど打てずに道頓堀選抜は敗退だ。試合後、帰る準備をしてる道頓堀選抜にも話を聞いてみると今年の大牟田選抜は技術云々じゃなく鬼気迫る怖さがあるんだとか。
特に普段はサードに居て要所要所でマウンドに上がる久留米さん。この人がチャンスを全部潰しちゃったから、道頓堀選抜は負けてしまったといっても過言じゃないらしい。
久留米さんかぁ。去年、あの人のボールを打って金属バットに罅が入ったのは苦い記憶だ。球数を気にしてるのか今大会だと久留米さんは先発登板しておらず、マウンドに上がったのは道頓堀選抜との対戦が初めてらしい。くぉれは怪しいね。去年の久留米さんはほぼエースみたいな扱いだったし、大牟田選抜の今年のピッチャーを並べてみても久留米さん以上だと思える人は居ない。
トロ子ちゃん曰く、網走くんのヒットもほとんど打ち取った当たりに見えたっていうし、久留米さんの投球にはなにかがあると見て然るべきだろう。道頓堀選抜相手にチラ見せしてきたって事は僕らとの戦いもチラ見せで終わるか、もしくは去年の雪辱の為にここまで隠してきたのか。
うぅん、どちらにも取れるからここは気にしない方がいいか。出てきたら打つ、それだけ。そのつもりで試合に臨もうじゃないか!
とはいえ、だ。
「網走くん、お疲れ様。惜しかったね」
「惜しくない。3点も負けて、惜しいわけない」
明日の試合の前に、目の前で悔しそうに涙を流す少年をどうにかしないといけないよね。
悔しそうにしてるのは網走くんだけじゃない。結局、網走くん以外に久留米さんを打てる人が居なかったのが道頓堀選抜の敗因だからね。ただ打ち負けた。それだけ大牟田選抜が強かったとも言えるんだけど、それはなんの慰めにもならないし慰めなんてしたくない。
負けて悔しくて涙を流す。それだけの想いを込めてこの会場に立ちそして敗れたのだ。勝ち上がった僕らがどの面下げて慰めなんて言えるかっての。
だから、うん。そうだね。
うつ向く網走くんの手をぎゅっと握ると、網走くんは驚いた表情で僕を見た。
「僕、2回目だけど全然大阪の街を回れなかったからさ。ちょっと案内してほしいんだけどお時間どうです?」
「あ。いや、その」
「もちろんチームの皆さんで」
顔を真っ赤にしてしどろもどろに視線を逸らす網走くんにそう告げると、網走くんの顔は赤くなったり青くなったりと忙しないことになった。ふふん、流石に男の子と一対一なんてデートみたいなことは出来ないからね。
悔しい思いをしたのは網走くんだけじゃない。道頓堀選抜の皆がそうなんだ。だから、悔しい思いをした分楽しい思い出を作らないと損だよね。
そして僕は地元民という最高のガイドを得てスイーツ巡りの旅が出来る、と。選抜に来るような選手は大体ガタイが良いからボディーガード代わりにもなるしね! もちろん有川さんにもついてきてもらうよ。じゃないと後でブライアン伯父さんに怒られちゃうもんね。財布も有川さんに握られてるし……に、にせんえんくらいまではオーケーですよね!?
「お前絶対にいつかさされるぞー」
「え、なんで?」
昨日は道頓堀選抜の皆に大阪案内をしてもらって大満足の一日だったけど、何故かトロ子ちゃんから深いため息とお言葉を頂戴することになってしまった。なんでだろ、僕、別に悪い事してないはずなんだけども。
「あまねちゃんはまだそういうのには興味ない、か」
「あ。水鳥さん」
僕らがベンチで準備をしていると、ベンチ近くの外野席から聞き覚えのある声がする。そちらに目を向けるとスケッチブックを持った漫画家の水鳥さんが外野席に座っているのが見えた。わ、わざわざ東京から大阪まで応援に来てくれたのか。ありがたいけどそれ以上に怖いよ。
ま……まぁ、来てもらってなんだけど今日は僕マウンドに立つ予定がないから、多分お望みのピッチング姿はお目にかけられないけどもね。少しでも楽しんでもらえるように努力はするから大人しくそこで見ててね?
「ああ。魔球禁止令。私もアレには抗議してるんだが、協会の言い分も分かるところがなぁ」
「まぁ、そうですねぇ……」
自身の漫画で魔球を出してる水鳥先生でもちょっと言葉を濁す凄みが女神様の魔球にはあるからねぇ。最近は僕も魔球に注文つけたりして使いやすそうなのが増えてるけど、ぱっと見で分かる魔球はやっぱり怒られちゃうからリトルシニアじゃ使えないし。
ううん、せめて飛球シリーズくらいの大人しさやエフェクトが入らない球なら投げられると思うんだけどなぁ。魔球は禁止されてても僕の投球は禁止されてるわけじゃないし。
ちょっとお伺いたててみるか。
――女神様、女神様。ちょっとお聞きしたいんですが
【………………ガサゴソ】
――あれ? 女神さまー、もしもーし?
【ピー 女神はただいま。ええと、るすにしま、してます。ピーという音がなったら声を入れてそれを女神が聞いたりするはずです?】
――……………
いやめちゃめちゃ通話中じゃんとかなんで疑問形なんだよとか色々言いたい事はある。言いたい事はあるんだけども、それよりもなによりも僕の心にはピキーンとニューなタイプの人種ばりの閃きが舞い降りてきていた。
――試合で投げるんですけどー。今日はもしかしてガチャはおやすみですかねー?
【ガチャ! あ、今のは受話器がなる音です。ガチャ……ガチャは、その。ガチャ……お、おやすみになりますぅ】
――あ、そうなんですかぁ。わかりましたぁ
そう応えるとすぅっと灰色の世界から現実に戻ってきて、僕は両手頭上高くに掲げてプラトーンばりのポーズで喜びの声を上げた。
「今日! なんか! 投げれる! 僕ピッチャー!!!」
「え、お、おう?」
隣で準備していた登板予定のケーちゃんがお目目をまん丸にして驚いてるけど、すまないケーちゃん。今日はどうやらラッキーデーらしいんだ。
「監督! 監督! 監督!」
「はい」
「はいじゃないよ聞いて監督!」
権藤あまね、まさかの緊急登板! 権藤あまね登板!
網走くん、そして道頓堀選抜の皆! 僕が仇を取ってあげるからね!




