第46話 ゆめひきゅう?
本日1話目
「君を漫画のモデルにさせてほしい」
「パードゥン?」
やってきました日曜日。相手はなんと元プロ選手も居る草野球チームという事で戦力的にも決して捨てたもんじゃない事を聞かされ、僕としても気合を入れて準備をしてきたのだけれど。初めてあったおひげのお爺さんは会った瞬間、初手で熱烈に口説いてきました。
あ、あの。そういうのはマネージャーさんと話してもろてですね。今日は野球のために来たので……はい。
「あ、申し訳ない。つい、君を見ると本音が口から」
「いえいえ、その。漫画のモデルというとガーガーガジラ松田くんみたいな?」
「わしが連載してるどぶろくという漫画にぜひ出てほしい。権藤あまね役として」
〇子、それモデルちゃう。本人登場や。けっこうファンキーなお爺さんだなぁ。まさかいきなりここまで誘われるとは思わなかったよ。やっぱり漫画家さんってこう、ネタとかを日ごろから追い求めてるのかな?
なんてツッコミは兎も角として試合開始をすると、相手さんはなんというか初期の北埼玉デッドボールよりも更に玉石混交って感じ。草野球チームだからってのもあるだろうけど上手い人はセミプロってくらいのレベルで下手な人は日曜日にビール飲んで野球やってる感じの人って印象かな。
つまりは普段戦ってる社会人チームとそれほど変わらないって事だ。うん、やれるね。
「えー。今日は最初からあまちゃんなんでブーは監督と雑談係ね」
「え……!? きょ、今日は俺、(あまちゃんの投球を)受けなくていいんですか!!?」
「うん。今日は長いし正捕手の佐藤くんに頑張ってもらうから」
「や、やったー! いやー、美味しい役割だけどなぁ! 捕手は専門職だからしょうがないっすよねぇ!」
「最後の打者だけでいいからね」
「ちくしょう!!」
流石は金ちゃん監督。上げて落とすっていうのが上手だよねぇ。勉強になるよ。
さて、今日は初回から出番だ。うーん、やっぱり1回表のマウンドは気持ちいいよね。ここからゲームが始まる瞬間を自分の手で握ってるって感覚がたまらない。ただ、なんか今日ってチームの皆がなんか浮足立ってるんだよねぇ。相手の漫画家さんってそんなに有名人なのかな?
最初のバッターはその水鳥さんという漫画家先生。あれ、確かこの人ピッチャーやるって言ってたような。1番ピッチャーというと僕と同じだしちょっと親近感湧くね。
でも手加減はしないから。
お久しぶりの佐藤さんからサインを受け取り、初球は……ストップ。タイムを宣告して佐藤さんにマウンドに来てもらう。
「あの。佐藤さん、なんでいきなり下手投げの(自己申告)シンカーなんです? 僕、今日の試合でアレ投げる気なかったんですけど」
「いや、そのな。うん」
いきなり決め球を要求する佐藤さんに疑問を突きつけると、佐藤さんは目を逸らして困ったように頬をかく。いや困ってるのは僕の方だよ。アレは僕の中でも特別な相手にしか投げないって決めてるし、そもそも投げる回数を減らして切り札扱いしたい球なんだけども。こういう練習試合で数投げることは考えてないんだけどね?
事前にそう伝えておいて、でもまぁ念のためって事で作ったサインをいきなり要求されるとこっちとしてはね。どういう事って言いたくなりますよ。
僕の当然すぎる質問に佐藤さんはしどろもどろになり、その様子に内野陣もマウンドに集まってくる。あ、あの。それほど大した問題じゃないんだけどね。
「それなら投げるべきだろ」
「ああ。間違いない」
「最高のファンサになるから。間違いなくあまちゃんにとって良い風になるから。むしろ投げないと非人道的」
なんて思っていたら問題の中身を聞いた内野陣は口々に僕が間違っていると言ってくる。どういう事だいったい。ま、まぁ。色々大人には大人の事情があるんだろう。うん。
なんだか釈然としない気持ちながらも佐藤さんのサインに従ってグローブを右手にハメると、相手チームがにわかにざわめきだした。まだ投げてもいないんだけど。きょ、今日はなんだかやりにくいなぁ。相手バッターの水鳥先生もすっごい怖い顔で睨んでくるし。
僕は言われた通りに投げるだけだから手も足も出なくても恨まないでね? というわけでてやー!
「……!」
僕の手から放たれたボールはまっすぐに水鳥先生に向かって飛んでいく。傍から見れば暴投にしか見えないけれど、このボールの軌道としてはこれが正しいのだ。バッターの手前でホップしたボールは、そのままキャッチャーミットめがけて急角度で曲がっていく。うん、ホップがなければ変化量の大きいシンカーだね。間違いない。
僕のボールをバットも振らずに見送った水鳥先生は、わなわなと震えながらバットを取り落とし、そのままさめざめと涙を流し始めた。そ、そんなに手も足もでそうにないのが悔しかったのかな……?
凄いピッチャーでごめんね? 本当は手心加えたかったんだけどそこの佐藤ってキャッチャーが全力で潰しにかからせてきたからさ。ほんとだよ?
「ゆめひきゅう? え、全然知らない」
「まぁ……古い漫画だからなぁ」
相手の1番バッターが感極まって試合続行不可能になるという大珍事のためベンチに戻った僕は、周囲の反応がおかしい理由をブーさんから聞き出した。僕が生まれる前の漫画の魔球は流石に知らなかったなぁ。というか僕、こっちの世界の野球漫画全然読んだ事ないんだよね。
もしかして元の世界で言うドカベンとかあの辺と同じ感じの漫画なのかな。それだったら周囲の人が一生懸命僕にゆめひきゅうなるものを投げさせようとするのも分かるんだけども。まぁでもジェネレーションギャップ凄いよね。僕だけ世界に取り残されてる気分だよ。
「いやぁ、いい画が撮れたよあまちゃん、ありがとうね」
「あ、うっす。プロデューサー兼カメラマンさん。あれで良かったんです? あの漫画家先生、ずっと泣いてるんですけど」
「うん、あれで良いの。世間様はね、ああいうお涙頂戴のシーンが大好きだから。最高の結果だと思うよ、俺はね」
「テレビマンとして?」
「テレビマンとして」
僕の問いかけにプロデューサー兼カメラマンさんは満面の笑顔でそう答えた。ううん、若干皮肉のつもりだったのにまるで届いてない。これが第一線で活躍するテレビマンの面の皮か……!
結局この後、水鳥先生はベンチから出ることなく代打として別の人が試合に出てきた。その人にもゆめひきゅうを、というか1巡するまで全員に1回ずつゆめひきゅうを投げて、それ以降は通常通りの緩急織り交ぜの投球できっちり抑えきる。相手の元プロ選手にヒットは持っていかれちゃったけど、それ以外は完ぺきに抑えての完封だ。
うん、やっぱりアンジーってヤバかったんだね。少なくとも元プロ選手よりも怖さだったらアンジーの方が上だったかもしれない。いや、多分総合的に見れば元プロ選手の方がアンジーよりも上だと思うんだけど、なに投げても打たれるって凄みがアンジーにはあったんだよねぇ。来年か再来年またあの娘に投げないといけないのか……たぶん次はゆめひきゅうも打たれそうだし、新球種開発しないといけないかなぁ?




