第40話 対アメリカ代表 前編
本日ラスト
『初めまして。で良いのよね? なんだかそんな気がしないんだけど』
『もしかしてテレビで見たとか?』
『ああ、そうかも』
身長は僕と同じくらいだろうか。ナタリーに連れられてやってきた少しそばかすがある赤毛の彼女は、僕を観察するような視線を向けながら握手を求めてきた。特に断る理由もないので握手を受けると、彼女は嬉しそうに口元を緩めて僕の右手を握る。堅い手だ。幼い外見の彼女からは想像もできないほどに固く、分厚い筋肉に包まれた右手をしている。
僕は筋トレをあんまりしない。それは、この体は鍛えれば鍛えるほど異常な速度で筋量を増していくいびつな肉体だからだ。小学校低学年の頃の僕はそれこそアニメのポパイみたいな両腕をしてたからね。それ以降はトレーニングは欠かしてないけれども、あからさまにおかしな見た目にならないように注意して鍛えてる。
そんな僕でも、重点的に鍛えている部分はある。広背筋と手首と握力だ。特に手に関してはナックルなんて握力がないと投げれない球も投げてるから、親指立て伏せだってバリバリ出来ちゃうくらいには鍛えてある。
そんな僕だからこそ分かる。この握手で、目の前にいる女の子の異常なまでに強い握力を。別に力なんて込めてないのに、ずっしりと頑丈な岩を握り締めているように感じるのだ。
なるほど、この子か。
スター揃いのアメリカ代表の中でも、ひときわ輝く一等星が二人いる。一人は最速135km/hの文字通り世界最速の女、レイチェル・ヘップバーン。そしてもう一人が、恐らくこの子。アンジー・スチュワート。現在打率10割に2本塁打を記録している米国重打線の中心人物。そして今大会3冠を目指している僕にとっては最大のライバルでもある。
ナタリーは試合前の挨拶だというのにとんでもないの連れてきたな。現在大会で同率首位打者の僕の前に彼女を連れてくるなんて。もしかしてアメリカお得意のハルノートでも突きつけに来たのだろうか。買うぞ? その喧嘩買っちゃうぞ?
『同い年どうしでしょ? 紹介したげるから仲良くしなさいよねアン』
『うん、ありがとうナタリーお姉ちゃん』
『ズコー』
すわ開戦か! と心の中の薩摩武士を呼び出そうとしたら、あんまりにもアットホームなやり取りに身構えてた僕がちょっと恥ずかしくなっちゃった。聞いてみると、ナタリーとアンジーは少し年が離れた姉妹らしい。ナタリーが今大学2年生っていうから7歳差くらいかな。けっこう差があるんだなぁ。
ナタリーとアンジーはお父さんが元メジャーリーガーで、お兄さんもマイナーリーグで修行中の若手選手という野球一家の一員なんだそうな。僕も結構な野球エリートのつもりだったけど、元プロ選手の子供ってのはさらにその上を行く超野球エリートだ。文字通り野球で食べてる一家だからね。
というか、そういえばナタリー。アンジーの話をしてたとき身内びいきとか言ってたけど本当に身内だったんだね。同じチーム同士ぐらいに思ってたけど、まさか姉妹で代表入りなんて思ってもいなかったよ。
試合前だからアンジーとは軽く雑談をして、連絡先を交換して別れる。ここから先は対戦相手だからね。あんまり仲良くなりすぎてもなれ合いみたいになっちゃう。まぁ、試合が終わればノーサイドってアメリカのことわざ?にもあるから、日本代表がアメリカ代表をボコボコにした後に笑顔で握手を求めに行こう。
さて、アメリカ戦は今大会の天王山。台湾とカナダに勝った以上はほぼ事実上の決勝戦と言っても良い試合だ。当然相手もエースのレイチェルを出してくるし、日本も秘密兵器の核弾頭こと権藤あまねを出してくるってスンポーだ。僕が投手として発表された際は会場内がちょっとじゃすまないざわめきだったけどね。ふふふ。満を持しての登場。これぞ千両役者の晴れ舞台だよ!
――というわけで女神様。今回の魔球はこれでお願いします
【あら。あらあら権藤あまねさん。これは中々いいチョイスの魔球ですね? 女神は最近、魔球学に少し拘りを持っているのでこのチョイスの真意をもちろんまるっとオミトオシですよ?】
――流石は女神様、マジリスペクトっす
頭上からキリッという擬音が聞こえてきたので精一杯褒めたたえて気持ち良くなってもらい、灰色の世界から現実世界に戻ってくる。さて、現在女子野球では間違いなく最強のアメリカ打線が相手だ。
燃えるね。滾るね。僕の投手としての魂がギンギンに光り輝くのを感じているよ。強い敵をねじ伏せてこそマウンドの王は輝くんだ。今日の主役はレイチェル・ヘップバーンでもアンジー・スチュワートでもない。
権藤あまねだ。
「というわけで久しぶりの! てやー!」
アメリカの1番バッターは今大会打率5割の俊足巧打の名選手。初日に僕にマキュウプリーズ!とか煽ってきやがった奴の一人だ。過去の試合を見る感じ、結構初球から手を出してくるタイプみたいだからど真ん中に緩くて美味しそうなボールを放り込むと、案の定しっかりと食いついてくる。良い振りのスイングだ。それが素直な球なら外野まで運ばれてただろうね。
『はいぃ!?』
「いっちょうあがりー」
ついついにやけるくらいに上手い事ハマってくれた1番バッターは、僕の投げた超うちゴロの棒球をカキィン、ではなくガギッと打ち損じてショート方面へボテボテの当たりになり、サクッとワンアウトになる。なにが起きたか分からないだろうね。せめてこの打順はしっかり見るべきだったと思うよ?
つづく2番打者は1番の姿が頭にあるのだろう、かなり真剣そうな表情で打席に入ってきた。うん、カモだね。初球をど真ん中に、当たり障りのない速球で投げ込むと、2番打者はジーっとミットに収まるまでボールを見た後、怪訝そうな表情を浮かべる。そりゃそうだ。今のはただのストレートだもん。特に角度や落ち方もずらしてない普通に投げたフォーシームだからクセ球が多いアメリカの人でも見たことはあるボールのはず。つまりただでワンストライク儲け、である。
つづく2球目は内角高め。ボールからギリギリ入ってくるカットボール。これは普通にバットを合わせられて、ファール。アメリカはムービング系を投げる人が多いんだっけ。なら慣れてるだろうから対応は簡単なんだろうね。
じゃあ、これはどうかな?
無駄球なしで僕は再度ど真ん中へ絶好球にしか見えない球を投げ込む。2番打者は好球必打に切り替えたのか、バットを合わせにいきそしてガギッと打ち損じの音が鳴り響く。僕の足元に転がってきたゴロボールをしっかりキャッチして1塁へ、ツーアウト。
うん、いけるな。相手はなに投げられてるか分かってないみたい。僕のコレは変化が遅いから、ムービングみたいな動きになるんだけどね。変化の仕方が毎回変わるからジャストミートは中々されないんだ。
僕が今投げてるのはナックルだ。それもストレートに近い速度の、所謂高速ナックルと呼ばれるものだ。もちろん純正のナックルほど大きく変化するわけでもないし純正のストレートよりは多少速度も落ちるんだけどね。僕の速球は上手横手下手のどれで投げても大体同じ速度になるように投げてるから、速度差がないように見えてるだけだったりする。投げようと思えば110km/hでも投げられるんだけどね。今の筋力で無理して投げても良いことはないから調整してるんだ。
この高速ナックルをストレートやカットボールなんかのムービング系のファストボールに織り交ぜると、魔法が起きる。間違いなく打てると思ったボールが打ち損じになったり、空振りになったりするんだ。人間って怖いもので、本当は正しい事なのに何度も失敗するとそれが正しい事なのかが分からなくなってしまう。
そうするとどうなると思う?
バッティングが、駄目になるんだよ。
「ついでに歯車が狂うとー。他も全部壊れるんだよなー」
「っすがはトロ子パイセン! こんな鬼畜外道な作戦自分まったく思い付きもしませんでした!」
「おいバカやめろ。褒めすぎるとテレんだろうが」
鬼畜外道は誉め言葉。権藤あまね、トロ子さんの名言として生涯忘れませんです。はい。
さて、おんなじ感じで3番打者もけちょんけちょんにして1回表は終了――と思ったわけだけど。
ブオォン! ブオォン! となんか巨大な生き物の鼻息みたいなスイング音がね、してくるんですよ。
『ハァイ、アマネ! 今日の対戦、とっても楽しみにしてたのよ! アマネの素敵な投球、堪能させてね?』
次の3番は、例の毎試合本塁打の化け物バッターさんなんだが。お前だったんかい、ナタリー。米国だと最強バッターを3番とか2番に置いたりするって言うけど、それで考えるとナタリーは向こうの最強のバッターって事になるのかな。僕なら4番に座ってる打率10割さんを前に置いてナタリーを4番に座らせるんだけどね。
一先ずは1球目。内角低めに投げたチェンジアップにナタリーは思いっきりタイミングをずらされたみたい。お、これはトロ子ちゃんの読み勝ちか? と期待したんだけど、ナタリーは始動したはずのスイングスピードを無理やり緩めてバットをチェンジアップに合わせていった。
ガギィン、と鈍い音と共に3塁側のスタンドにボールは消えていきファール。ストライクは稼いだけどなんだ今の。力業でスイングを無理やり遅らせてなかった? もしそうならもう人間というかゴリラの近縁種だと思うんだけども。
たしかにこのパワーなら、毎試合本塁打打つわなぁ、と思いながら同じコースに、今度は下手投げからの直球を投球。思い切り振り遅れてツーストライク。球筋が似てるから途中までチェンジアップに見えたんだろうね。さて、たしかにこのナタリーのスイングを見るに当たればどこまでも飛んでいきそうだけど、それだけなら僕の敵じゃない。むしろカモだね。
次は外角高めのホームランバッターが好きそうなコースにナックル。ナタリーは踏み込んで思い切り振ってるけど残念、三振だよ。
ブーたれるナタリーに人差し指を向けてウィンクをするとナタリーは笑ってウィンクを返してくる。これで僕の方がホームラン数はリードだね。目指せ三冠! オー!
と気合を入れて、次は僕らの攻撃なわけだが。
ズバァン! ズバァン! ズバァン!
「うわ、えげつな……」
「アレ、ほんとーに女子かー?」
相手ピッチャーの投球練習を眺めているあすみちゃんとトロ子ちゃんが、同時にため息を零した。人類女子の最高速を間近にすると、やっぱりため息が出てくるよねぇ。世界記録保持者のレイチェル・ヘップバーンはこの日のためにコンディションをバッチリ整えてきたらしい。
投球の度に振り乱される金の長髪から、ついたあだ名が金獅子。マウンドのお山に君臨する世界最強のボス猿である。マウンドから降りたら体格のいいワイルドな女の人って感じなんだけどね。
日本代表は前回の大会で、このボス猿を打ち崩せず、なんならあわやノーヒットノーランをくらいかけて3-0で敗戦したわけだけど。前大会にも出ていた先輩方は、今大会の為に男子に投げてもらって特訓したらしく、絶対に打ち崩すとやる気満点だ。
そして、僕もやる気満点である。ここでこの人に投げ勝てば、イコール僕は世界最強の女子投手の座を奪い取る事が出来るわけだからね。
「というわけで。ヨロシクッオナシャース!」
『ハーイ、あまね。びっくりしたわよ貴女、凄いピッチャーだったのね。うちのエース様も貴方の投球見てやる気満々みたいだから、ケガしないようにね?』
マスクを被ったナタリーがいつものノリでバンバン話しかけてくる。あ、あれ。まさかこいつささやき戦術の使い手か……?
いや、ただおしゃべりなだけか。思い切り球審さんに注意されて舌出してるし。
さて、さてさて。相手は現在、女子では間違いなく世界最速の右腕であるレイチェル・ヘップバーン。とうぜん、一筋縄でいく相手じゃない。初球、内角高めにズバシっと決まった直球のように、この人はしっかりコマンドを投げ分けるコントロールも持っているのだ。
多分、今の球速は131km/hくらいかな。これが彼女の巡航速度なんだろう。そして次の2球目は内角低めに、今度はボールになるシンカー。アメリカ人なのにこういう細かい出し入れまでやってくるのか。今の状態でも日本のプロ相手に良い勝負できそうな人だな、この人。
さて、2球までは見に回ってみたけど、正直な話打てないことはないって感覚だ。僕の動体視力までは割れていないのか、レイチェルは投げる際に直前まで握りを隠すみたいなことはしてないから球種は分かるし、球種が分かればあとは大まかにどのあたりに投げられるかを見ていれば対応できる。
唯一警戒すべきは完全な力勝負の場合で、その場合は押し負ける可能性があったけど流石に初回トップバッター相手にフルスロットルでかましてくることはなかったというか、これでも抑えられるって自信が見て取れる投球だ。
なら、狙い撃つ。
3球目、ワンストライクワンボールから投げられたのは外に逃げるスライダー。それを思い切り前目に踏み込んで、掬い上げるようにバットを振り切る。
「GUWARA!」
GAKIIIN! と快音を響かせてボールはピッチャーの真上を飛びこえ、バックスクリーンに飛び込む大飛球となった。スコアボードにはまたしても魔球姫本塁打の文字。それを見てパシャパシャ写真撮ってる台湾の人は、うん。僕のファンなんだね!
打たれたことが信じられないのか。僕の打球が飛んで行った方向を見続けるレイチェルを眺めながらダイヤモンドを回っていると、サードにいたアンジーが「次は私のばんですね」とにこにことした表情で言ってきたので「やれるものならね?」とにこやかに返答しておく。
うんうん、幸先のいいスタートが切れたけど、これはまだまだ油断は出来ないかなぁ。楽しみだね。




