第33話 ノーアイドル! ノー魔球! 我、ピッチャー!
本日3話目
「ガーッツ!」
「イッパーツ!」
1週間ほどの宿となるホテルの部屋は結構なグレードのお部屋だった。流石にスイートルームって訳じゃないけどね。ベッドもほどよい硬さで寝心地抜群だし先輩が怖がってたネズミなんてネの字も見当たらない。また備え付けの冷蔵庫には最近僕とキャプテンの一色さんが出演したとあるドリンクが満載だったため、これは飲まなきゃ損だろう、と同室になった田沼リリーナさんとカチンコと乾杯だ。うーん、この喉を焼く炭酸と甘みがベリグーだね!
このドリンクのメーカーが今回スポンサーとして渡航費その他を出してくれてるらしいから、このドリンクを二人で飲んでるシーンとかも自撮りで撮っておいた方が良いかも。協会がやってる情報発信用のブログに画像を乗せるだけでスポンサーからの覚えも良くなるだろうしね!
「おー。さすがは今を時めくアイドル魔球少女、着眼点があーしらとは全然違うねぇ!」
「ノーアイドル! ノー魔球! 我、ピッチャー! オーケー!?」
「いやぁ魔球はもうゴンドーの要素っしょ」
ケラケラと笑うラテン系の大女に失礼なことを言われるがそれだけは断固として認めるわけにはいかない。片言の英語で主張するもリリーナさんは僕の正当なる主張を一顧だにしない。もっと物事を正確にとらえてもらえないと困るんだよなぁ、やっぱりゆとり世代は良くないね。ぷんぷんだよ、ぷんぷん。
まぁ今はそんな事はどうでも良いんだ問題じゃない。荷物を置いたし、今日はもう各自休むようにと言われてるから実質自由時間となる。つまり探検の時間って訳だね。
「あー。でも、日本と比べるとやっぱり治安が悪いから外には出ちゃダメよ?」
「うっス! ホテルの1階にお土産物屋さんとかあったからね。僕、ちょっとお土産買ってこいって言われてるから」
「ああ。まぁ、それくらいならあーしも一緒に行こうかな。ちなみに誰に買うん? やっぱ家族とか彼氏とかかにゃあ?」
「えーと。家族とリトルシニアと北埼玉デッドボールのメンバーに所属事務所、ローカルテレビのプロデューサー兼カメラマンさんにも要るしあとは準レギュラーで呼んでもらってるリアルな野球盤のスタッフさんにも必要かなぁ。あ、学校のクラスメイトにも……いや流石に夏休み挟むから悩むなぁ」
「……あ。あーしもお世話になってる所には持ってった方が良いですかね、権藤さん」
指折り数えながらお土産物リストを脳内で作成していると、リリーナさんがすっごく卑屈な口調でそう尋ねてくる。いや、あの。リリーナさん、国際試合は経験豊富だって飛行機の中で言ってましたよね。なんで初参加の僕にそれを尋ねてくるんです……?
国際交流戦と言ってもやることは結局野球なんだよなぁ。ベンチに座って試合を眺めていると、その事がよぉく分かる。実際にプレイするよりもすぐそばで見てる方が気付くことってのも多いんだよね。
初戦の相手は韓国だった。韓国は男子の方だとアジアの強豪なんだけど、女子の方だと日本や台湾にはかなり力負けしてるというか。まだまだ成熟していないって印象が強いね。女性の指導者も少ないみたいで、向こうのスタッフさんはほとんどが男性ばっかりだ。日本側もコーチとかは男の人ばっかりだけど、スタッフ全体で見るなら女性の方が多いんだよね。やっぱり頼れる同性の大人がいるってのは心持が違うんだ。女性はほら、異性には言いづらいいろいろ困る事があるからさ。
今日の先発は日本最速さんとメガネさんのバッテリーに大学生中心の野手陣。チーム上層部の構想としてはこのチームがAチームとしてチーム全体の主軸になり、ここに若手を混ぜたB編成、若手だけで構成されたC編成という形で試合を組んで様子を見てみたいらしい。日本最速さんはチームのエースとしての役割を期待されてるみたいだね。まぁまだ中1のあすみちゃんをエースに据えるには流石に色々足りてないと思われたんだろう。僕? 流石に自分に自信満々の僕だっていつ退場になるか分からない奴をチームのエースに据えるのがどれだけ危険かくらいは分かってるよ。出る物は仕方ないけど。
僕はBとC編成の時にピッチャーかセンターになる予定だ。僕以外にもセンターの人は来てるからその人の様子を加味して打力が欲しいと思った時には僕がセンターになるらしい。なんなら4番を打つか? って聞かれたけど僕マウンドもバッターボックスに立つのも1番最初が好きなんだよね。
「どうだ権藤、今年の日本代表は」
「攻守においてバランスが良いですね。穴らしい穴がないし」
「ああ。そうだな……新しく招集しなおして正解だった」
試合はすでに7回裏。日本がリードした5点差をひっくり返そうと韓国の監督さんがすっごい形相で叫んでるけど、そんな事したせいで余計に選手たちは萎縮しちゃって簡単なミスを連発してる。4回までは2対1と良い勝負だったのに、あの人が騒ぎ始めてからどんどん点差が広がっちゃったんだよねぇ。
「どれだけ才能があっても、どれだけ頑張って練習しててもメンタルがボロボロじゃそれを活かせない。あの監督さんはその辺が分かってないみたいだね」
「お。あまちゃんの今日の格言来たねぇ」
「あの。プロデューサー兼カメラマンさん、カメラ回してるのに僕と雑談してて良いの?」
「もちのロンよ。だって視聴者が欲しいのはあまちゃんのお話だもん。今日は試合に出れなかったからその分あまちゃんの解説を多めに入れないと」
ベンチ脇から顔を出したプロデューサー兼カメラマンさんとお話をしていると、自分がなんのためにベンチに居るのかが分からなくなってくる。おかしいな、野球をしに台湾に来たはずなんだけど? ほら、僕らの会話を聞いていた監督さんが苦笑してるじゃん。やっぱりなんかおかしいって今の会話!
「プロデューサー兼カメラマンさんもあっちのアメリカ国旗のシャツ着てる人たちと並んでカメラを回してきてよ! 役目でしょ?」
「いやぁ。あっちの人たち、TVクルーじゃないっぽいんだよね。多分偵察だよ偵察」
「偵察? アメリカ人が?」
僕とプロデューサー兼カメラマンさんの会話を聞いていた真久部監督が、思わずといった様子で会話に入ってきた。前大会の覇者たるアメリカが大会前に台湾に入ってきてるというのは監督にとっても初耳だったみたいだ。
プロデューサー兼カメラマンさんが指さす方を険しい表情で見た後、監督は難しい表情を浮かべたままベンチの椅子にドカリと座り込んだ。今回、日本代表は新規で選考を行いなおして前大会の雪辱に燃えている。たった今プロデューサー兼カメラマンさんが持ち込んできた情報は、監督を悩ませるような内容だったらしい。やっぱり偉い人はいろいろむつかしいよね、考えることが多くて。
まぁ、一選手たる僕たちは与えられた役目を精一杯果たすだけだ。よし、明日の交流戦は僕もスタメン予定だし、精一杯頑張ってチームを勢いづけるぞ!
などと思っていたんですけどねぇ……
「ねぇ、監督。僕は確かB編成とC編成で出番があるって話でしたよね」
「ええ。確かにその予定だったね」
「じゃあなんで今日のスターティングメンバーどころかベンチ入りにすら僕は入ってないんですかね???」
あ、あの。僕、絶対に来いって言われたから今回台湾くんだりまで来たんだけど。もしかして飼い殺し的な扱いを受けてるの? 断固たる抗議を行うべきなの?
監督の表情が意地悪をしているわけでもふざけてるわけでもなく、真剣な表情だから我慢してるけど僕的には結構頭にくる話なんだけどその辺どうなんですかね。真久部監督?
そう問いかけると、真久部監督は真剣な表情を浮かべて僕に向かって頭を下げてくる。
「すまない。君にしわ寄せをいかせてしまったが、決して君を蔑ろにしているわけではないんだ。ただ、偵察に来るほどアメリカが本腰を入れているなら話は変わってくる。今の状況で君を見せたくないと上層部が判断してね」
「えぇ……」
「我々は本大会、アメリカ戦で君を先発としてぶつけるつもりだ。出来る限り君という切り札の情報を秘匿して備えたいんだよ」
監督はそう言って、再度僕に向かって頭を下げる。元々の予定としては台湾に野手としての僕を見せてそっちで警戒させるつもりだったらしい。なんなら打率も落として、優秀なバッターくらいに偽装する事も考えてたとか。
ただ、実際に異国にまで偵察班が来るほどに向こうが本腰を入れているなら、それを利用してきっちり罠にハメる方向に舵を切ったのだとか。一切情報を与えず、外野の予備としての登録だけを見せて完全に相手のデータから権藤あまねを消し、その分他の日本代表候補に注意を向ける。そこを、刺す!
出番が無くなって怒るべきなんだろうけどここまで最終兵器扱いだとそれはそれとして自尊心がくすぐられるな。ふんすふんす。
「もちろん本大会ではその限りではなく毎試合出場してもらう予定だ。1か月の期間に向こうが君を調べる確率を少しでも削りたいんだよ」
「あーと。僕、向こうの動画サイトとかで結構な人気者っぽいんですがそれは大丈夫ですか?」
「君が試合に顔を出さなきゃ、日本代表ベンチメンバーの権藤あまねと魔球芸人の権藤あまねを一緒くたにするアメリカ人は居ないだろう」
僕の質問に真久部監督は至極真面目な顔でそう答えた。おかしいな、僕はげいのーじんであって芸人じゃないんだが???
というかスポンサーさんとかプロデューサー兼カメラマンさんとかは僕の名前で引っ張ってる所もあるから、そっちは大丈夫なのかな……あ、もう話はついてる。はい。




