第24話 閑話 大人たちの飲み会
本日4話目
「やあやあ今を時めく名プロデューサー様」
「やめてくださいよ坂もっさん」
「謙遜しないでくださいよぉ。あ、こないだは新規案件ゴチになりました!」
「おう、お前はもっと感謝しろよブー」
「落差ぁ!」
待ち合わせていた居酒屋に居た坂本金太郎とブーに挨拶をして、埼玉ローカルテレビのプロデューサー兼カメラマン、西谷はテーブルに着いた。随分待たせてしまったようで二人が注文したつまみを頂きながら、生ビールを注文する。
「それで、どうだい調子は」
「いやぁ」
坂本の問いかけに西谷は嬉しそうに破顔し、ピッと右手の指を3本立てた。それを見たブーがヒューッと下手糞な口笛を吹いて称賛する。この3とはボーナスの金額の事で、つまりは今回西谷は社から300万の臨時ボーナスを受け取ったという事になる。
破格だ。高給取りの多い業界とはいえローカル局のプロデューサーは大した給料はもらえない。それがたった半年の成果で300万。それほど、彼が引き当てた幸運は大きかったという事だ。恐らくは出世コースにも乗っただろう彼の未来は明るく光り輝いている。
ちょうどよくビールが到着し、各々手を止めてグラスを持つ。乾杯のコールはブーが行い、カチンとグラスがぶつかる音が響いた。
「坂もっさん」
「んー?」
ぐびぐびとビールを飲み干し、グラスを空けた西谷は坂本に向き直る。それにいつもの調子で坂本が生返事を返すと、西谷は深々と頭を下げた。
「よせやい」
「いいえ。これも全部、坂もっさんとあまちゃんのお陰です。坂もっさんが北埼玉デッドボールを立ち上げて、俺に話を持ってきてくれて。あまちゃんが北埼玉デッドボールに参加してくれたおかげで……」
「だから、よせやい。男がさぁ。そんな事で泣いて頭なんざ下げんじゃないよ」
調子狂うなぁ、と頭をかいて、坂本は西谷の涙で濡れた顔に未使用のおしぼりを投げ付ける。それを見たブーが「ひでぇ!」と笑い、それに西谷も照れくさそうに笑顔を浮かべておしぼりで顔を拭く。
そこから、少しの間無言で彼らは酒を進める。2杯目のグラスを空にしたあたりで、ブーが口を開く。
「あまちゃんの件。俺の方にも色々聞きに来てる奴が居ますね。こっちは芸人だっつーのに。そういうのはプロ野球の解説でございって爺さん方に聞けよって返しましたよ。あまちゃんが最後に魔球で〆てなかったらアレ、どうなってたんでしょうね」
「時代錯誤やらなんやら言われてるけどねぇ。ああいう昔の価値観で生きてる奴はまだまだ居るから」
「小波も長かったですからねぇ。50年の間に2回も戦争があって、負けて。その時代を生きたじい様方は未だに小波の価値観で生きてるんだ。俺も生まれは小波なんで気持ちが分からないとは言いませんが、世界はいまやグローバリズムの時代ですよ。どこに居てもケータイで連絡が取れる世の中なのに、いつまでも小波時代を引きずってる。今は晩南26年ですよ? 小波は26年前に終わってるのに」
酒が入ったからだろうか。西谷が愚痴るようにそう言って、3杯目のビールを注文する。
その愚痴に坂本もブーも何も言わず、つまみを食べる手を進めるだけだ。坂本はその時代に一世を風靡した人間であり、彼にとって小波という年号は決して悪い意味のものではなかったが、西谷が愚痴を言いたくなるのも分かるのだ。そして、過去を美化して変わろうとしない者達の気持ちも、確かに分かるのだ。
だから坂本は酒を進める。大体の悩みや憤りなんてものは、酒を飲めばまぁいっかと飲み干せるものなのだ。それでも飲み干せない物は、こうして話を聞いてやればいい。坂本金太郎はそう考えている。
まぁ、とはいえ、だ。
「どういう流れになろうがうちの球団は、あまちゃんが投げたいと思ったら投げさせる。これは、周知しようと思う」
「そうですね。俺も、周囲にそれとなく行ってみます」
大問題となった誤審の後。権藤あまねが投じた氷の魔球はそのセンセーショナルさから瞬く間に全国区のニュースへと変わった。西谷が撮影したこの魔球の一部始終は全国津々浦々で放映され、西谷の一テレビマンとしての評判は非常に高まったがそれはそれとしてあまりにもセンセーショナルすぎる魔球の力に、一部から権藤あまねの魔球は危険すぎるのでは。投げさせてはいけないのではという常識的な声が上がり始めている。
常識的だ。一社会人としての感性もある彼らはこの声に対してそう感じたし、正論だとも思っている。
だが、権藤あまねと関わり続けた3名にとっては別の答えこそが正解だ。
見た目の凶悪さに誰も彼もが忘れてしまっているが、権藤あまねの魔球は、あれは誰よりも優しいものなのだ。なにせどれだけ高速だろうが、どれだけ熱量を帯びようが、電気を放とうが氷漬けにしようが数時間後には無傷で、五体満足で立ち上がることが出来るのだから。
高速で飛んできたボールがぶつかればどうなる? 下手をすれば命に係わる。事実野球というスポーツでは試合中の事故が原因で命を落とした選手だっている。
けれど、権藤あまねのそれは、どれだけ酷い絵面になろうとも受けた相手の命を奪う事はない。それがどういう理屈かは勿論分からない。けれど彼らにとってはこれまでの結果がすべてだ。ブーに至っては片手では足りない回数魔球を受けており、体重が適正にまで落ちたり腰痛が解消したりと変わった部分も多いが、それでも魔球を受けて後悔したなんて事は一度もなかった。
「じゃあ、そういうことで」
「はい」
「うっす!」
自分たちがなにをするべきか。互いの言葉でそれを再認識し、彼らは再び杯を酌み交わす。権藤あまねという未曽有の原石がどう輝くのか、彼らはそれを見るために自分たちの出来る事をやるのだ。




