第19話 2回戦 対茨城中央選抜 後編
本日4話目
「てやー!」
勢いよく投げ込まれたボールにバットを合わせると、カキィンと良い音を立てて打球はセンターとライトの間を転がっていく。お、良い所に飛んだね! 2塁まで走りそこでストップ。流石は強豪。もたついたら3塁まで行こうと思ったのに、きっちりセカンドで止められちゃったよ。
1アウト2塁でバッターは8番レフトの先輩。塁の上から一さんの意識を逸らそうとしたけど一さんは見事な集中力でそれを無視してバッターに専念。僕は3塁にいけたけど先輩は4球目の変化球を空ぶって2アウトだ。
さて、さてさて。2アウト3塁、1打先制の場面でトロ子ちゃんだ。体格も大きくリトルでは主軸だったとはいえ、つい先日小学校を卒業したばかりの少女だ。普通なら代打の場面だろうけど、トロ子ちゃんには魔球を処理してもらうまで残っていなければいけない。監督としては歯がゆいだろうなぁと思いながらこちらをチラ見する一さんに笑顔でピースを返す。
なぜか顔を赤らめた。ど、どうした急に?
ブンブンと一さんは頭を振って、バッターに視線を向ける。バッター専念。このタイミングなら間違いじゃない。仮にこの場面でバッターが僕ならセーフティースクイズも狙ったかもしれないけど、トロ子ちゃん足遅いからなぁ。
最初の一球は外角低めの変化球。これは少し外れてボール。一さんはまた頭をぶんぶんと振った。どうしたんだろう。体調悪いのかな?
続く二球目は内角高めのストレート。これはバットに当たったけどファールゾーンへ飛んで行った。トロ子ちゃんが僕の方をちらっと見る。あ、次が勝負なんだね?
続く3球目。一さんが投球モーションに入った瞬間に僕はホームへと走り始める。ぎょっとした顔の一さんの顔がチラリと視界に映るけど無視無視! 全力で、最短で、真っすぐにうおおおおおぉ!
僕のホームスチールに驚愕したのか、一さんは明らかにバッターとキャッチャーから意識を逸らした。ピッチャーが、投げる瞬間に投げる相手の事を忘れてしまったのだ。
そんな事をしたらどうなるか。大半の投手は暴投になるけれど相手は強豪校が列をなしてスカウトする逸材、雑賀一だ。ちゃぁんとストライクゾーンにボールを投げてきた。
ただし、そうと分かるような気の抜けた球――棒球をね。
鋭いバットの一閃に、ガキィンと音を立ててボールが飛んでいく。
【あぁ、これこれ。ボールがとんでいくのはきもちいいですねぇ!】
――へっへっへ。ご満足いただければ手前どもとしましてもですね、へっへっへ。
なぁんて小芝居を心の中で繰り広げるくらいには嬉しい光景だよ。スコアボードに刻まれた2って数字を眺めるのは!
完全に相手ピッチャーを手玉に取ったトロ子ちゃんが戻ってくると、ベンチ中の先輩方がバンバンとトロ子ちゃんとハイタッチをしている。あの、頭を叩く人がいないようなんですが。ぼ、僕との扱いの差……
一さんはホームランを打たれた後も崩れず、後続のバッターをピシャリと切った。けれど、スコアボードに刻まれた数字は変わらない。そして僕は彼らに点数を渡す気はない。
7回表。相手のラストバッターから2ストライク。
――おまたせしました女神様。最後の最後、試合を締めくくる正に絶好の魔球タイムです
【あら。あらあらあら良いですねぇ。流石は権藤あまねさん。女神はシチュエーションに理解のある女神だとお分かりでしたね?】
――もちろんですよ。それじゃあ投げる魔球はコレでお願いします。
灰色の世界で女神様と話、選択チケットの魔球を選ぶと世界が再び色を取り戻す。流石に爆発や雷はね。没収試合になるかもしれないから投げられないからね。
「ナックル、いくよぉ!」
なんか最近、伏せてる音声が聞こえるようになったともっぱら噂の単語を叫ぶと、トロ子ちゃんと相手バッターの顔色が変わる。試合を終わらせる一投を振り被り、投球。
投げられたボールは僕の手から離れた後、ふよふよふわふわとした動きをしながら子供のおさんぽくらいの速度で飛んでいく。たっぷり5秒ほどかけてバッターの手前まできた球に、死んだ目をしたバッターが思い切りバットを合わせようとすると、ボールは「いやあん」と鳴いてふわりと動き、バットから逃げて空振りに。そのままボールはキャッチャーミットまで飛ぶと、「とうちゃくー」と言ってミットの中に
納まった。
【魔球ホムンクルス! 人格が宿ったボールは相手のバットをよけてキャッチャーミットに納まり相手は死ぬ!】
――よし、平和だな!
誰もアフロになってないし雷も落ちてない。完ぺきな魔球の結果に僕はぐっと拳を握り締めた。
「ゲームセット! みんなおつかれさまー!」
「「「いやいやいや」」」
人生初勝利に浮かれてガッツポーズをした僕に、周囲に居た人たちがそう声を合わせてくる。誰にも迷惑をかけてないから完ぺきな結果だよね?
え、そういう問題じゃない? そんなぁ。
先発完投。その上ノーヒットノーランもついてくる。完全試合を覗けば凡そ投手が得られる最高の栄誉を僕は手にしたのだ。
ふっふっふ。ふっはっはっは! はーっはっはっはっ!
「笑うのは良いから早くマウンドから降りなさいな。挨拶するわよ」
「うう! いやだいいやだい! 僕はマウンドの王様なんだい!」
「はよこいやボケー」
あすみちゃんとトロ子ちゃんに捕まったエイリアンのような姿勢でマウンドから引きずり降ろされる。ぼ、僕は勝利投手様だぞ! もっと敬えよ! プンプン!
まぁ、流石に大会運営の邪魔をする気はないからそろそろ降りるつもりだったけどね。グラウンドに整列し、相手チームと握手。何故か僕の時だけ皆熱心に握手してくるから時間がかかったけど、これで試合は完全に終了。優勝候補相手にノーヒットノーラン。ダメだ、やっぱり笑いがこみ上げてくる。
「ゴンドーさん。負けたよ、完ぺきに」
「次までに鍛えなおして今度は打ち崩すよ、君を」
「あはは。次も勝たせてもらいますね」
雑賀兄弟の言葉にそう返答してウィンクを返すと、一さんは顔を真っ赤にして慌てた様子で向こうのベンチに向かい二さんはそれを苦笑しながら追いかけていった。うーん、びっくりするくらいウブだねぇ。世の悪女はこんな気分で男の子たちを手のひらで転がしてたのか……
次の試合のためにさっさと片付けてグラウンドから退出! 外の広場でクールダウンがてら軽くストレッチをしていると、僕たちと同じように試合が終わったらしい網走くんが歩いてくるのが見えた。
おーい、と声をかけるとこっちに気付いたのか、網走くんは顔を背けながらこっちに向かって片手を上げる。
「よ、よぉ。ゴンドーさん。奇遇やなぁ」
「お互い早く試合が決まったんだね。そっちはどうだった? 相手は愛媛の蜜柑南選抜でしょ?」
「勝ったで。そっちは雑賀さんとこやったろ」
「勝ったよ。僕がノーヒットノーランで押さえてトロ子ちゃんがツーラン」
「ほぉ……能登が。あいつボソボソこっちのバッティング駄目だししてくんのまだやっとるんか?」
「トロ子ちゃんそんな事してるんだ……」
やっぱり互いに対戦経験があるし共通の話題があるからかな。網走くんとはちゃんと話をした事なかったけど、特にあすみちゃんとトロ子ちゃん率いるマンネリトルには僕も網走くんも苦戦したのもあって結構話題が弾む。
「あすみちゃんの投球は凄いよねぇ」
「んー。まぁ、他の奴よりは打ちにくい、とは思ったなぁ」
「真正面から見るとバルンバルンでしょ?」
「なぁに言ってんだお前らは! 私は! ちゃんとスポブラしとるわい!」
楽しくお話ししているとあすみちゃんが角を生やして入ってきた。あ、外用の話し方じゃない。流石にセンシティブな話題だったか。でも男の子の前でスポブラは駄目だよ、網走くん顔真っ赤にしちゃったじゃん。




