第18話 2回戦 対茨城中央選抜 前編
本日3話目
先発。一番最初にマウンドに立ち、チームの勝利へとダイレクトに貢献する全投手が目指す役割。
【どーん! どーん! どーんどーんどーん! どーん! どーん! どーんどーんどーん!】
先発。通常、最も長くマウンドに立ち最も多くの打者と戦うチームの柱。
【ばーばばんばばーばばーばばー!】
今生において初めて任された役割に、僕はいやが上にも興奮していた。
過去形である。
――あの。女神様、先ほどから何をなされてるんでしょうか……?
【はい! 今日は初めての選択チケット使用ですからね! その瞬間が来るまで応援しようと思いまして!】
――あ、なるほどぉ。応援団の物まねとかでしょうか
【!? さ、流石は権藤あまねさん。まさかそれを見抜くとは】
試合開始前。今日はまだ誰も立っていないまっさらなマウンドの上で、静かに闘志を燃やすことも出来ない我が身を振り返る。人生ってむつかしいね。
「今日の相手は茨城中央。大阪道頓堀選抜と並ぶ優勝候補です」
「キャプテン! てめぇ!」
「2回戦で当たる相手じゃねぇだろ!!」
「すまん……すまん……!」
くじ引きで最悪一歩前を引いてしまった選抜チームのキャプテンが同じ3年生たちにフルボッコされてる中。僕、あすみちゃん、トロ子ちゃんの女子3人衆は今日の僕の先発について意見を交わしていた。
まぁ、間違いなく火消というか。エース先輩やあすみちゃんを炎上させないための采配だよね、これ。監督は負ける可能性の方が高いって思ってるんじゃないかな?
二番手扱いのあすみちゃんを昨日のリリーフに出したのもそれが理由だろうね。確実に1回戦突破をするためにってのと、僕が先発に出てもおかしくない理由を作るために。
「……業腹だけど、向こうの雑賀兄弟には私じゃ勝てませんわ」
「んー。1年後ならいいしょうぶだけどー。いまのあすみはカモだろうねー」
「……事実だけど腹立つわねぇ」
ぺろぺろとキャンディーを舐めながらトロ子ちゃんはそう言い放つ。長年の相棒であるからこそ言える言葉だろうね。3年の先輩が同じことを言ってたら、あすみちゃんむきになってたろうし。
話題に上がった雑賀兄弟というのはリトルとリトルシニアで有名な選手の事だ。雑賀一、雑賀二、雑賀三の3兄弟で、3男の三くんとはリトルでの対戦経験もある。リトルの時はエースだった三くんを田中兄弟と僕の超強力打線でフルボッコにしたけど他の面々は完全に封じられてたし、打者としてもケーちゃんからタイムリーを打ったりと中々いい選手だったのは覚えてる。
そして、その三くんのお兄さんである一さんと二さんは三くんに勝るとも劣らぬ選手で、一さんは二年生ながらも大阪の超名門高校への進学を確定させてるんだとか。僕が行きたいコースにしっかり乗っている強きものだよ……あ、あやかりたい……
「向こうは貴女にそう思ってるとおもうけどね?」
「プロ選手におねがいされて練習にさそわれた小学生ってー。ゴンドーだけだよー」
「そこはその。ほら、地道な活動の結果というかだね?」
いきなり矛先が向いてきたのでそっと視線を逸らす。頑張って魔球を投げて多数の犠牲の果てに勝ち取った成果なんだ。それをテレビで見ている人に羨ましがられるのはちょっと、その。気分が良くないよね。
犠牲になったのはブーさんをはじめとした魔球芸人さんだって? それはそう。
まぁ、相手側が格上であろうと同年代同士の野球だ。大人と子供ほどの差があるわけじゃないし、そもそも選抜選手同士の対戦。下馬評なんて覆しちゃえば良いんだ。
「という訳で、僕は勝ちに行く。トロ子ちゃんは?」
「……んー。次男には去年打たれた恨みがあるからー。リベンジしたいかなー」
ぺろぺろと舐めていたキャンディを噛み砕いて、トロ子ちゃんはむん!とやる気満々に腕をまくる。ごついな、腕。これならバットに当たればどこまでも飛んでいきそう。まぁ、相方がやる気満々なら文句なし、だ。良いキャッチャーの協力がないとピッチャーは全力を出し切れないからね。
やっちゃうか。ジャイアントキリング。あ、あすみちゃん。トロ子ちゃんは今日から僕のだからね。あ。こら頬を引っ張るな!
1回表。マウンドは僕。僕が投げると聞いて相手チームの監督が審判にすごく文句を言ってたけど、なんでだろうね(すっとぼけ)
頭の上でどんどん煩い女神様は、完全に観戦モードに入っている。今日はガラガラの代わりにプシュッと音のする飲み物とポップなコーンをお供にしているみたいで、時折ぽりぽりと音が降ってくる。試合途中でお腹が空きそうだな。とんでもないデバフだ。
「よろしくお願いします!」
大きな声で挨拶をして、雑賀兄弟の次男、二さんがバッターボックスに入る。三くんよりも頭一つは大きいけど、兄弟だなってのが良く分かる顔立ちだ。さて、記念すべき最初の一球。トロ子ちゃんのサインは……ど真ん中かい。
要求してきた球種になんとなく思惑が見えてきたので、僕はグローブで顔を隠しながらにんまりと笑みを浮かべる。バッターとしてトロ子ちゃんと戦ったことはあるけど、そうか。僕を使う場合君は最初にそれを選ぶんだね、うん。うんうん。いいね、悪くない。コーちゃんと全然違うけど、面白いキャッチャーだね、やっぱり君は!
要求されるままに最初の一球をてやー!緩い棒球のような軌道でど真ん中に飛ぶストレートを二さんはぴくっと肩を揺らしてそのまま見過ごした。やっぱりそうだね。今ので僕は確信したけどトロ子ちゃん的にはまだ足りないみたいだ。
続いての球は、内角高めの甘い球。内角打ちが得意な人ならホームランボールになるそれを、やっぱり二さんは見送ってる。トロ子ちゃん、それは慎重じゃなくてむしろ大胆すぎるよ。今のめちゃめちゃ危なかったからね?
そして続いての第三球。追い込まれた末に外角に投げ込まれたカットボールを、二さんは思い切り打ち損じてセカンドゴロ、1アウト。
うん。間違いないね。魔球の影響かはもちろん全くわからないけど、相手のバッターめちゃめちゃビビってる。次に打席に立った2番打者もホームベースから一番遠いところに立ってるし、これもしかしなくても普通にど真ん中連投で良いんじゃないかって具合だ。
多分、僕の威圧感に負けたんだろうね。ふふ、プロにも認められる大投手権藤あまねが相手じゃあ仕方ないか……
「うっさいボケー。1巡目の間だけのまやかしだよー」
「うわ、いきなり口悪くなったねトロ子ちゃん」
「トロ子は元々毒舌ですわよ」
今日は出番なしの予定なあすみちゃんは、リラックスモードで縦ロールを弄ってる。人が弄ったときにはセットがどうだとうるさいのに、自分でそれ弄るんかいと見ていると、ファサっと縦ロールで顔面をはたかれた。このめろぉ! ぬっころしてやるぅ!
ベンチ内の一部で起きた乱闘はさておき、トロ子ちゃんの言葉通り2巡目からは相手チームも機能し始めるだろうし、今のうちに点差をつけておきたい所。
問題は相手投手の雑賀一さんがちょっとヤバイって事かなぁ。
2回2アウトの場面で僕の打席が回ってくる。ピッチャーとしての負担を減らすために6番に置かれたんだけど、これなら1番にそのまま置いといて欲しかったかも。
最初の一球目は130超えの威力のあるストレート。ちょっと手元で動く、所謂“汚い回転”のストレートがズバンと外角低めに突き刺さる。先輩たちはこれに詰まらされて凡打の山を築いてしまった。日本だとこういう球は矯正されたりするんだけど、彼を指導した人はこれが武器になるって事を理解していたんだろうね。いままで対戦した中でも特に打ち辛いって感じる相手だ。
さて、この手の球だと僕のねじ巻き打法は使いづらいんだよねぇ。インパクトの瞬間を予想しにくいから、どうしてもゴロやフライになりやすいんだ。かといってこの相手から点をもぎ取るには……ううん。
9番に控えるトロ子ちゃんに期待するしかないかなぁ。とりあえず、この打席は相手の引き出しを見極めるか。
ねじ巻き用のフォームから普通のバッティングフォームに変え、相手の投球を待つ。この状態の僕はどんな球でもどこに投げられてもバットを合わせることが出来る! 名付けてど~こ~で~も~打~法!
まぁ言ってみればミート重視の打ち方だね。ヒットを打つこと自体は簡単なんだけど、この打法だと僕じゃどうしてもホームランが狙えない。同年代の男子に比べるとやっぱり純粋な筋力じゃあ勝てないからね。あと筋トレしすぎてポパイになりたくないというやむなき事情もあるし。
相手の持ち球を見極めて、打てそうな球が来るまでねじ巻き打法は封印だなぁ、と考えながら2球、3球と投げられる球をカットで流し、5球目までカウントを伸ばした辺りでひざ元の球をヒッティング。ライト前に落ちたのでそのまま1塁に駆け込んで本日初ヒットだ。
まぁ、7番の先輩はそのままアウトになってチェンジなんだけどね。せっかく盗塁決めたのに……
試合はそのまま0行進。1巡目が終わった辺りでトロ子ちゃんの見立て通りに相手側も手を出してきたが、へっぴり腰なのは変わらない。いや、二さんや5番に座る一さんはちゃんと振ってきたけど、この二人も正直社会人野球でやってる選手に比べたらやっぱり迫力に劣るというか。コースをついた変化球に対応しきれずに2打席目も凡打で終わる事になった。
【あのぉ】
――あ、はい魔球ですね。まだタイミングじゃないです。
【あ、そうですかぁ。ところで今日は球が大きく飛ばないんですねぇ】
――たぶんそろそろ見れますよ
ヤバいな。女神様がちょっと退屈してきてる。ま、まぁ自分が作ったルールを破る方ではないと思うけど、あんまり退屈させるとこの試合が終わった後が怖い。
どうしよう、ここで切るか……? いや、でもまだ5回。あと2回残った状況で交代するわけには……というか勝ち投手の権利をもって降板したい(切実)
色々欲望に突き動かされながらの僕の第二打席。相手は僕に対しては一切変化球を使わず、ムービングファストボールだけの真正面勝負だ。うぅん、一か八かフルスイングでぶったたくか……?
などと若干思考が破れかぶれになりかけていると、視界の端でベンチにいるトロ子ちゃんがとんとんと自分の胸を指さしてサインを送ってくる。
えぇ……トロ子ちゃん、ギャンブラーだねぇ……




