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【完結】1人だけ魔球投げれますが意外としんどい  作者: ぱちぱち


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第137話 野球の時間だ!

 悩みは尽きねども寝て起きれば次の日はやってくる。時間の摂理は誰しにも平等だ。


 そんな事を思い浮かべながら甲子園球場入りした僕たちを、見かけた観衆の人たちが盛大な歓声で迎え入れてくれる。ああ、今日でこのお祭りも終わりなのか。残念なようでもあり、ようやくという感情もある。


 そして僕はやってきた。夢にまで見た甲子園決勝。その舞台へと。


 ベンチに足を踏み入れた瞬間、僕の意識と体が切り離されるのを感じた。あ、あれ。勝手に足が動き出すよ? いつものように感情に任せてがむしゃらに走るのではない。ただそうあるからそうなのだと言わんばかりの足取りで僕の身体は真っすぐにマウンドに向かい、そしてマウンドの上に立った。


 ××××年、高校3年生の夏。本当なら僕が――俺が立つはずだったマウンドから見る風景を眺めるために。


 痛めていた訳でもないのに、右腕の肘が痛みを訴えてくる。連投に次ぐ連投。予選から甲子園決勝まで投げ抜いた時、俺の右腕は限界を超え爆発した。まともに投げられなくなった俺を見た監督の表情は、今も忘れられない。


 決勝のマウンドに立った後輩をベンチから眺めたあの景色が、俺が選手として見た最後の野球の風景だった。だから俺は心臓が止まったあの時女神の提案に乗り転生を――



――回想が長いんだよ! 女神様、ゴム鉄砲!


【女神は許します。でもこのゴム鉄砲は許すかな!】


――ぐわあああぁぁ!(ぐわあああぁぁ!)



 マウンドの上で感慨深げに内心を語り始めた僕の身体を灰色の世界に引きずり込み、僕ごと女神様にお仕置きをしてもらう。と、等身大のゴム鉄砲だからね。めちゃめちゃ効いたよ。まぁこの灰色の世界だと物理的なダメージはないんだけどさ?


 その衝撃で暴走する過去の記憶から体を取り戻した僕はゴム鉄砲の影響でどこか体に不備がないかを確認し、特に問題がなさそうなので女神様にお手てを合わせて感謝の祈りを奉納する。



――あーりーがーとーうございますー


【いえいえ。女神もすこぉし自分の仕事が雑だったかもしれないと心配になっていたので。こほん。女神はパーフェクトな女神なのでもちろん失敗はありませんでしたがね? すこぉし体と魂の結びつきに緩みが出ていたかもしれないのでね?】



 あ、そういうので緩むと今のが起きたりするんだ。凄いね、人体。夢遊病とかって今みたいな感じなのかもしれない。


 そうなると今後も甲子園に来るたびに今みたいな事が起きる可能性があるって事か。うぅん。それは困るな。非常に困る。一度目の現在ですら体のコントロールが利かなくなったんだからね。二度目三度目がどうなるかがちょっと怖い。意識があったから女神様に助けを乞えたけど、気付いたら10年後とかになってたら流石に嫌すぎるしね。


 灰色の世界で起こったことは僕と女神様以外には分からない。そのままマウンドから降りてベンチに向かって歩いて行った僕に、今日も僕を止めようとしていたのかあすみちゃんが何か言いたそうにしてたけど、普通に歩いて降りたんだからまぁ見逃してほしいかな。


 ……約束にあるしなぁ。未練を残したまま甲子園におびえたように生活するのも嫌だし、僕も覚悟を決めるべき、かな。






「お久しぶりやねーあまちゃん! ほれきわむーもこっち来ぃや!」


「相良さんに網走くんかぁ。お久しぶり! 相良さんは3年前の巨神カップ以来っスね!」


「……久しぶり、権藤さん」


「権藤さんほんまは昨日挨拶しよ思たんやけどな。こいつが高一にもなって恥ずかしがってからに」


「いや、違うんスよゆうさん。俺、別にそんな」



 試合前。知り合いが多い相手ベンチに挨拶に行くと、まず最初に関西の陽キャ兄ちゃんが話しかけてきた。浪速通天閣大付属のダブルエースの一人、相良さんだ。現在では高校右腕三傑の一人に数えられていて、エース先輩のライバルって呼ばれてる人だね。彼が道頓堀リトルシニアに居た頃に2回戦ったけど、両方とも負けてるんだよねぇ。今日こそはその敗北の記録を断ち切らせてもらうよ!


 あ、でもよく考えたら相良さんは昨日先発してるから今日は出てこない可能性が高いのか。となると戦うのは、必然的にもう一人のエースになる。



「開会式ぶりだね、権藤さん」


「お! どしたんやはじめちゃん。いっつもあまちゃんの事になったらいきなり早口で」


「相良ァ! テメーその口それ以上開いたらどうなるか分かってんだろうなァ!!」



 そのもう一人のエース。高校右腕三傑の中でも最強と呼ばれる雑賀一(はじめって読む)さんは仏頂面のままキレ気味に相良さんの腕をつかんで引きずって行った。お、おお。唐突に網走くんと置き去りにされちゃったよ。まぁ、雑賀さん達にも色々あるんだろうね。うん。



「ま、まぁ先輩たちは兎も角。互いにケントーしようね、網走くん」


「お、おう……すまんな、折角挨拶に来てくれたのに」



 そう言って申し訳なさそうにしながら、網走くんは軽く頭を下げてくる。別に網走くんに責任があるわけでもないし先輩たちもまぁ、うん。忙しかったんだろうしね。うんうん。そこまで気にしないでも良いんだけど、ここで頭を下げてくる辺り網走くんは結構人が良いんだなぁって思ってしまう。


 そういえばトロ子ちゃん曰く、網走くんにも聖ザに来ないかってお誘いをしてたらしいんだけど結局フラれちゃったみたい。対戦するたびにごにょごにょしてたのは逢引じゃなくて勧誘だったんだねぇ。最初の内は好感触だったけど、オリンピック辺りではっきり断ってきたって言ってたから、その辺りでなにかあったのかなって聞こうと思ったんだけども。


 まぁ、多分ね。僕が思ってることと同じことを網走くんは思ってて、だから別のチームに行ったんだろうなって思ってる。



「網走くんはさ」


「ん?」


「僕と戦いたいって思ってる?」


「ああ」



 念のためにそう言葉にして聞いてみたら、打てば響く様に網走くんはそう口にした。うん、やっぱりそうだ。彼と僕は同じ思いを抱いて、だから同じチームには居られなかったんだね。これはアンジーに対して感じているものにも近くて、でももっとはっきりしたものだ。


 僕は、このライバルと戦いたい。大きな舞台で、満員の観衆の前で戦い、そして勝ちたい。それは同じチームに居ては出来ない事だ。アンジーとは同じチームに居ても国際試合で戦う可能性がある。でも、同じ国内の同級生だと、同チームに居たら戦う機会なんてない。少なくとも三年間は。


 網走くんはそれが嫌で、だから浪速通天閣大付属に行ったのだろう。恐らくもっとも長く、多くの公式戦を戦える可能性がある学校で、僕との対戦を望んで。



「分かった」



 はっきりと自分が高揚してるのが分かる。ここまで熱烈な感情を向けられて、何も思わないでいられるわけがないもんね。



「僕、絶対に今日マウンドに立つから」


「……ああ」


「約束する。絶対」



 ここで全部を出し尽くしてもいい。悔いのない、野球をやろう。


 僕が差し出した右拳に網走くんの右拳が重なり、コツンと音を立てる。


 さぁ、野球の時間だ!



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