第132話 甲子園 ベスト16 対横浜ブルーライト高校中編
「横浜のピッチャーは君の先輩なんだって?」
「あ、水鳥先生。お久しぶりでーす」
またマウンドに向かって走りだそうとした罰としてベンチ横で正座をしていると、背後から水鳥先生に話しかけられた。満員の甲子園でよくこんないい席に来れたなぁと思って振り返ると、取材ブース(漫画家)って書かれた座席が目に入ってくる。明らかに水鳥先生用に用意された座席じゃん。これがコネパワーって奴だね……!
そういえば水鳥先生がネット連載してる権藤あまね野球伝(仮)は第一巻が発売され、いきなり複数重版する珍事が巻き起こってるらしい。なんでも日本だけじゃなくて米国とか韓国でも発売されてて、そっちでも売り切れ続出なんだとか。コミックの話とは思えない売れ方にブライアン伯父さんも笑いが止まらないって言ってたね。
ただ、そろそろ(仮)を外して正式な名前にするべきだと思うんだけどね。権藤あまね野球伝じゃダサすぎるって文句言ってたらまさか仮題のまま発売に踏み切るとは読めなかったよ。この権藤あまねの選球眼をもってしても……っ!
「エース先輩は。まぁハラキリトルの頃からの先輩ですね。昔から世話を焼いてもらってたんですけど、リトルシニアの頃はあそこまで化け物じゃなかったですよ。凄いピッチャーでしたけど」
「へぇ。君が凄いと言う選手か。興味深いね、江洲くんはどんなピッチャーなんだい?」
「いやー。流石に高校に行ってからの伸び幅が凄すぎて一緒くたに語るのは失礼かなとも思うんですけどね?」
水鳥先生の質問にこう予防線を引いておいて、僕は自分の中のエース先輩像を言葉にするなら。
そうだね――不屈の男、かな?
「すまんねーあまねち!」って言ってそうなエース先輩の横顔にべろべろバーをしておく。1塁コーチャーの同級生から止めろバカと言われるがこれくらいしてやらないと気が済まないよ。エース先輩、非常に分かりづらい形でいきなり僕を敬遠しやがったんだからね!
向こうのキャッチャーさんが構えてる逆を投げたり、明らかに棒球の変化球未満をワンバウンドさせたりしてコントロールが定まってませんって顔をして、しれっとあすみちゃんにはビタビタに決めた外角低めを投げ込んでるんだよ?
……ふーっ、落ち着こう。ビークールだよ権藤あまね。勝つためならエース先輩はこれくらい平気な顔でやってくる人だってのは承知してたんだからね。平静さを欠いたらそれだけ向こうが有利になるんだ。ムッキーッ!
なんて僕が一人で顔芸をしている間に、ついつい甘い球に手を出したあすみちゃんの打球がセカンドを強襲。ちょっと零しながらもすぐに拾ってカバーに入ったショートに投げ、流石に2塁まで間に合うわけなく僕はアウト。そしてあすみちゃんも1塁手前でアウトになってお手本みたいなダブルプレーを喰らった。
そして次の打席に入ったケーちゃんだけど、なんとエース先輩はケーちゃん相手に3連続ストレートで勝負を仕掛けてそれできっちりケーちゃんを仕留めたんだよね。力と力のぶつかり合いみたいな勝負に思わずベンチで盛り上がっちゃったけど、エース先輩ケーちゃんとは仲良かったからなんでこんな意地張った勝負仕掛けたんだろうね?
さて、こちらの攻撃は3者凡退と聖ザとしては非常に珍しい店舗の悪い立ち上がりになったけど、対する相手の攻撃もまぁまぁ酷い立ち上がりになった。へし折りストレートで一躍有名人になった久留米さんが今日も元気よく金属バットを凹ませているからだ。
対戦相手のチームからは「公式戦なら兎も角、練習試合じゃ絶対に久留米を登板させるな」と大評判な投球は今日も絶好調。なんなら選抜で負けた分の借りをここで返すってくらいに気合が入ってる。5回が終わるまででなんと40球しか投げてないんだからね。一人頭2~3球でほぼ仕留めてるって事になるから投げてる所を見なければすっごい省エネピッチングに見える不思議。
「力と力の投手戦か。素晴らしい、久留米くんにも一歩も引けを取ってない」
「全国的に見ると久留米先輩よりエース先輩のが格上ですけどね」
久留米さん大好きな水鳥先生の言葉にそうお答えを返す。エース先輩は現在国内最強と呼ばれる右腕・通天閣大付属の雑賀一さんと、同じく通天閣大付属にいる元道頓堀リトルシニアの相良さんと同格扱いの、世代トップを争うピッチャーだ。評価的に言うなら久留米先輩は選抜で名を上げたばかりのルーキーで、何故か漫画で知名度が上がった変わり種って所だろうね。
ただ、評価は兎も角実力の方は決して劣ってるわけじゃない。聖ザも横浜ブルーライトもどっちも強打と言っていいチームだけど、その両方が今のところ、内野の頭を超えた球はほとんどないからね。
そう。エース先輩、なんとアンジーを2連続ゴロにするという僕的快挙も達成してるのだ。アンジー曰く手元でちょっと動いてたって事なんだけど、僕としては握りがほぼ変わってなくて速度差もないのにアンジーがゴロるほど球を動かすってどうやるんだと非常に興味がある球を投げてるみたい。
なお僕相手だとビミョーに勝負して四球を継続中だ。僕もムカついたので手が届く範囲に投げられた球はカットしてフルカウントにしてあげたんだけどね。小学生の頃の僕の戦法は打てる球が来るまでカットして相手が疲れたら勝負を決めるってものだったから、カット打法は得意中の得意だ。
ただ、そうなってくるとエース先輩、真っ向勝負で内角高めに全力ストレートをぶん投げてくるんだよね。力と力の勝負は大得意なんだけど、ここまでのパワーになると話は変わってくる。押し負けちゃった僕の打球は外野の深い所まで飛んだんだけど、浜風という甲子園特有のホームランを押し返す意地悪な風に阻まれてフライアウトになっちゃった。
「だから! それが出来るのになんで僕との勝負はギリギリまで避けるんだよ!」
「だって君、今の勝負が来るって分かってたら放り込んでたでしょ」
「くぅん」
若干キレ気味にそうエース先輩に向かって叫ぶと、至極落ち着いた様子で相手のキャッチャーさんが返事をしてくれた。ゆ、油断してちょっとスイングの始動が遅れたのは間違いないから、なにも言い返せない。
力もあって頭も切れる相手って本当にめんどくさいなぁ! でも、こういう相手に勝った時が一番楽しいんだよな、野球。




