第130話 甲子園 2回戦 対鳥取|鳥取部《ととりべ》高校
甲子園大会が始まってからこっち、お茶の間の話題は甲子園一色に染まっている。テレビを点ければどこもかしこも甲子園甲子園。例年すごい人気だけど、今年は特に注目度が高いみたい。
まぁ、僕みたいなスーパースターが出場してるからね。その注目度になるのもわかるってもんかなぁ。ふんすふんす。
「そりゃあんたがマウンドでゴロゴロ転がってるシーンがハイライトで流れてるもんね」
「お茶の間のわだい全部お前がもってってるよなー」
「シャラップ! たった一度の失敗をどいつもこいつも!」
「ワタシ、アマネノタノシー、ツタワッタヨ!」
ぐちぐちと細かい事を言ってくるあすみちゃんとトロ子ちゃんに言い返すと、アンジーが僕の頭をよしよしと撫でてきた。うぐぐ、アンジーの優しさが身に染みるけどアンジーも僕より身長高いんだよな。中学時代は同じくらいだったのに、どんどん発育もよくなって……うぐぐ、だ、駄目だ。身長コンプが、170を超えて大分収まってきた身長コンプレックスがまた息を吹き返してしまう!
そんなこんなで次の試合を待つこと数日。ついにやってきた2回戦のために球場に入ると、その瞬間からあすみちゃんとトロ子ちゃんが僕の両手を掴んで連れ去られる宇宙人のように僕を持ち上げてきた。
「えーと。これis何?」
「またマウンドに突撃かまされたら流石に処分が下りそうだから」
「お前またやらかすだろー?」
「やらないよ! なんで確定で僕がなにかするって思ってるんだよ!! 失礼な!!」
僕は大きな声を上げて抗議するけど、あすみちゃんたちはそれを意にも介さずうるさいなーと言わんばかりの表情で僕を引きずりながらベンチへと入る。あの、流石に両手抱えられるとなんの準備も出来ないんだけど?
ほら、お客さんからの笑いは取れてるんだからもういいでしょ? 違った。準備しないといけないんだからそろそろ手をはなしてほしいんだけども。
「大丈夫? 手を放すわよ?」
「ふーっ。あすみちゃん大丈夫だよ。トロ子ちゃんも心配性だなぁ。ほら僕の顔を見てよ。いたって普通。冷静そのものだろ?」
「じゃーめんどくせーから手をはなすぞー321」
「うおおおおぉぉぉぉ!!!」
「あ、このバカ!」
二人の手が離れた瞬間、僕はリビドーに抗えずに真っすぐマウンドに向かって走り始め、真横から飛んできたアンジーのアメフトばりのタックルに抗えずにぶっ倒された。
い、良いタックルじゃんアンジー。君なら女子アメフトの世界も狙えるよ……ぐふっ。
2回戦の相手は鳥取県の鳥取部高校だ。10何年ぶりに甲子園に出てきたっていう古豪で、全員野球がモットーのチームらしい。そのモットーの通り、際立った選手は居ないけど全員でつなぐ打線と鉄壁の守備が特徴的だ。事前の戦力評価ではD寄りのC評価って所だね。
今日の相手の投手は烏合さんという3年生右腕で、左右と縦に大きく曲がる変化球を武器にかわすピッチングをしてくる人だ。この人はリトルシニアの頃から変化球投手としてそこそこ有名な人で、対戦する機会はなかったけど曲がりの大きい変化球の曲がり幅を一球ごとに調節する器用な人って印象を持っていた。
ただ、その印象は第一打席の僕に対する対応で一気に変わった。
「ごめんあまちゃん! 俺、君を全部敬遠する!!!」
「はぇ?」
余りにも堂々とした叫びに思わず気の抜けた返事を返した僕を他所に、烏合さんは宣言通りに全球キャッチャーを立たせて敬遠を行った。当然、満員の球場は大ブーイングだけど烏合さんは全くそれらを意にも介さずに次のバッターであるあすみちゃんがショートのファインプレーでアウト。ケーちゃんは外野フライに打ち取って、三塁まで盗塁していた僕はガン無視でアンジーをまた敬遠。そして5番に座っていた久留米さんもゴロアウトにして聖ザのクリーンナップを無失点で抑えきったのだ。
僕としてはもうマジかよとしか言えないよね。あすみちゃんもケーちゃんも予選の打率は5割を超えるバッターだ。だから普通は僕を敬遠したとしてもその二人に打ち崩されるのがほとんどなのに、烏合さんはバックの守備陣を信頼して打たせて来た。並大抵の度胸で出来る事じゃないよ。
対する我が聖ザの今日の先発はケーちゃんも、相手のこの投球には思う所あったみたい。初回からガンガン三振をとっていき、1巡目は互いにノーヒット。ただ、やっぱり地力では聖ザの方が大分上だからか5回くらいには均衡が崩れてきた。この時点で烏合さんは100球近く投げてるから、当然疲れが出たんだろうね。下位打線に連打を浴びて1アウト満塁で僕の打順が回ってくる。
そこで烏合さんは、とんでもない事をやってきた。なんと満塁の状態で僕を敬遠し、先制点をこっちに渡してきたのだ。
ここまでくると会場もブーイングどころじゃないよね。どよめきの声が湧き上がってる。だってここまで0-0で推移してたんだよ? その状況で押し出しで1点くれるなんて普通はやらないし、普通の神経なら出来ない。
でも、それをやってのけた。そして次のバッターであるあすみちゃんを烏合さんはダブルプレーで仕留めてそれが正しかったと証明して見せたのだ。
「……クソっ!」
「あ、こらあすみちゃん。お嬢様がFワードなんて言っちゃだめだよはしたない。ちゃんとおクソでございますわよって言わないとうわ何をするやめるぉぉぉぉぉ!?」
苛立ちからバットを地面に叩きつけようとしていたあすみちゃんをそう言って諭したら、あすみちゃんが襲い掛かってきた。おかしいな。今の話の流れなら元気づけられたあすみちゃんが僕にお礼を言ってくる流れじゃなくって? と、お嬢様言葉が感染しちゃった。
「まぁ、今のダブルプレーは確かに痛いけどね。でもこのまま行けば僕らの勝ちなんだよ。悔しがるより烏合さんの投球術を見て学んで、自分の中に取り入れた方が絶対にお得だって。ケーちゃんみたいにさ」
僕はそう言って、くいくいと今日の先発のケーちゃんを指差した。才能あふれる選手が集う我が聖ザ野球部の中でも1・2を争う才能マン、田中のケーちゃんは、自分とははっきりと異なるタイプの投手である烏合さんとの戦いでどんどんレベルアップしていっているのだ。しかも試合中に。
烏合さんの直球はそこまで威力のあるものじゃない。それこそあすみちゃんよりも遅いんじゃないかってスピードしかないけど、大きく曲がる変化球の合間にピタリと投げ込まれるとひじょーに効くんだよね。2打席連続でそれをやられたケーちゃんは、多分そこで学んだんだろう。高校で一線級と呼ばれる変化球投手のやり口を。
中盤を越えた辺りから、ケーちゃんの投げる球の傾向が変わってきた。それまでの、相手に掠らせもしない三振狙いの投球から、無理に三振を狙いに行かず、変化球を活かす直球と直球を活かす変化球の組み合わせで球数を少なく、相手を仕留める投球術へと明らかに変化してるのだ。ついには5回の相手はたった4球で仕留めてきた。
元々それが出来る能力をもっていたのだ。だから、手本を見ながら出し方を今学んでるんだろう。我が聖ザ投手陣でもトップレベルの奪三振能力を持つケーちゃんが、更に柔の投球術まで身に着けたらどうなるのか……ふふっ、怖い。同じチームに誘って良かったと心の底から思うよ。
烏合さんは確かに出来る限りの選択を間違えず、最少失点でピンチを切り抜けた。でも、失点は免れなかった。だから、この勝負は、ここで均衡を崩したのだ。
柔の投球術で相手を打ち取り始めたケーちゃんは前半とほとんど変わらない。むしろ後半になればなるほどエンジンがかかってきたのか球の勢いが増してきている。対して烏合さんは聖ザ打撃陣に対するために一打席一打席に通常よりも球数を用いて、神経を張り詰めた投球を強いられている。
7回。肩で息をしていた烏合さんからついに出た失投をあすみちゃんがスタンドに運んだ瞬間、この試合の勝負は決した。交代した二番手投手では聖ザを抑えられず、一気に点差は広がって12-0で試合は終了。ただ点差以上に白熱した試合だったと思う。結局体力切れ以外で烏合さんを攻略しきれなかったからね。
試合後のインタビューでも烏合さんの連続敬遠を尋ねられたけど、それを僕は咎めなかった。7回までの試合は烏合さんが作ったものだから、あと一人彼と同格のピッチャーが居たら勝負は分からなかったしね。
ただ、せめて敬遠は1打席だけにしてほしいとは言っておく。これで次の試合でも連続敬遠されたら流石に温厚な僕でもブチ切れですよ。ぷんぷんってね。




