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【完結】1人だけ魔球投げれますが意外としんどい  作者: ぱちぱち


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第129話 甲子園 1回戦 山形さくらんぼ農業

 その日は目覚めた瞬間から違っていた。全身に熱いマグマのような血流が流れているのを、なにをするでもなく理解できていた。顔を洗って朝のランニングをして、シャワーを浴びて身支度を整え。朝食を食べて試合前のミーティングを行っても体中を駆け巡るマグマは一向に冷めず。夢遊病のようにどこかうわついた気持ちのまま、僕たちは甲子園球場へと入って行った。


 甲子園球場は今日も満員だ。最初の試合が終わり片付けが行われるのを待ちながら、僕はむくっむくっと膨れ上がり続けるマグマを必死に抑えつづけて。そして、入れ替えが行われてベンチに足を踏み入れた瞬間に、僕の中でなにかが弾けた。



「うおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」



 雄たけびを上げながら僕はベンチから駆け出した。周囲がビックリする中、全力で飛び出した僕はそのままグラウンドに走り込み、整備されたばかりのマウンドに向かってダイブを敢行。いや、ダメだろと頭の中の冷静な部分が叫ぶけどそんなの関係ない! とばかりに今日の為に洗濯して綺麗にしたユニフォームを土で汚す。



「うおおおおおおぉぉぉぉぉぉ!!!」


「なにやってんのこのおバカ!」


「ぼけーこらぼけー」


「うるさいやい! このマウンドは僕のだ! 僕のマウンドだぞ!!!」



 ジタバタとマウンドの上で自分の匂いを擦り付ける犬のように暴れ回っていると、のっぽ女とでかメガネが僕の邪魔をしてくる。あ、こら触るんじゃないよ! 僕はただこのマウンドが僕のものだって刻み付けようとしただけで……はっ!? ぼ、僕は一体何をしていたんだ!?


 抵抗虚しく、両手両足を掴まれて宙吊りのままベンチに連れ戻された僕はこってりと監督に叱られて、その後に審判さんにもこってりと叱られた。ちゃうねん。我慢が、我慢ができひんかったんや……と下手糞な関西弁で自己弁護をしてみたけど、子供かって逆に怒られちゃったよね。


 でも一つだけ言わせて欲しいんだけど、満員の甲子園球場を大爆笑で埋め尽くしたんだからもうちょっとこう、お説教に手心を加えてくれてもいいんじゃないでしょうか。ほら、向こうのチームの人たちも今でも笑ってるし和やかな雰囲気で試合出来そうじゃん。流石に試合中ずっとベンチ脇で正座はね。聖ザだけに正座は安直じゃないかって思うんですよ。僕は。





 山形さくらんぼ農業さんは典型的なワンマンチームだ。エースの緒方さんはMAX137から8くらいの、現代ではそこそこの球速の人だけど変化球が良い。直球とあんまり速度差のないスライダーとがっつり速度差のあるカーブの投げ分けが完ぺきで、更に縦に大きく落ちる球も持ってる。これを綺麗にコースに投げ分けて三振も空振りも狙っていけるピッチャーだ。


 技術のある頭脳派って感じかなぁ。これで速球も中々の威力だから本当に弱点が少ない投手だね。僕も一打席目はちょっと詰まらされて2塁打になっちゃった。


 十分全国区の実力がある人で、だからこそ甲子園に来れたんだろうけども。うぅん、そこまで褒めた上で言うけれど、全国区ではあっても全国上位の実力って感じはしないんだよねぇ。聖ザの投手陣で言うなら久留米さん、ケーちゃん。そこからちょっと下のあすみちゃんからも1段2段劣る感じっていうかね。今年はベンチ入りを逃したけど、諸星くんとかと同じくらいの実力って感じがする。


 実際に試合が始まれば1巡目まではなんとかしのげたけど、球筋に慣れてきた2巡目からは一気に聖ザ打線に捕まった。打者一巡で5点が入り、この勢いを断ち切れずにじりじりと失点し、試合は10-2で聖ザの勝利だ。先発に出てたあすみちゃんが交代間際に四球で出したランナーを、2年の2番手パイセンが打たれてホームに帰しちゃったんだよね。


 やったねトロ子ちゃん! やーい自責点2ってあすみちゃんを暫く擦れるネタが増えたよ!



「それはそのままキャッチャーやってたわたしにも刺さるんだがーこのぼけー」


「ぐえっ、トロ子ちゃ、ギブギブ!」



 くそっ、暗にトロ子ちゃんもディスる作戦は失敗だよ! トロ子ちゃんは直でからかうと容赦なくチョークスリーパーを極めに来るからね。我が聖ザ野球部の武の頂点に居る女だ。安易に敵に回すのは寿命を縮める結果に繋がるからね……!


 相手チームの緒方さんとは試合後にちょっとだけお話をしてきた。リトルシニアの大会とかでも見たことが無かったから、どういう経歴かちょっと気になってたからね。で、聞いてみたらボーイズ出身らしく頭角を現したのも体が出来上がった高校以降みたい。なるほど、そりゃ名前を聞いたことがないわけだ。


 で、そのまま流れで自分の投球はどうだったかと尋ねられたから全国区の実力はあるけどあと一歩。切り札って言えるものが無かったのが惜しいって話をしたら、納得したみたいに何度も頷いていた。自分でもそう思っていたんだろうね。多分ここが自分の野球キャリアの頂点だなぁって零した後に、記念撮影をお願いされたから了承しておく。


 限界をどこで感じるかは人それぞれだけど、緒方さんは今日、ここがそうだったんだろう。ポテンシャルはあると思ったけど、僕はその言葉になにも答えなかった。満足してなにかを終えられるってのは凄く幸運なことだ。その決断に今日、初めて言葉を交わした程度の僕が割って入っていい筈がない。


 今日撮影したこの写真が緒方さんにとっての3年間を楽しかった思い出に変えてくれるなら、まぁそれも良いかな。あ、サインも? あの、僕いま心の中で良いこと言ってたんでそういう俗っぽいのはもうちょっとタイミングを外して頼んでほしかったかなぁ。緒方さんへ。権藤権藤あまね権藤、っと。



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