第123話 アットホームで楽しい球団ですよ!
「ぐわら!」
ガキィンと開幕から快音を飛ばして本日も先制点。今日の先発はあすみちゃんだ。先日、ついに身長が190に達したという嫌な報告をしてきたのっぽ女は本当に女子なのか疑わしい雄たけびを上げながらバッタバッタと相手バッターをなぎ倒していく。あすみちゃん、去年から比べて肩回りと腕回りの筋肉が凄いことになってるからね。身長が高いからそこまで太いって感じはしないけど、もうお嬢様というより雄嬢様って感じだ。
あすみちゃんの高い身長と長い腕から振り下ろすような投球をすると、普通の人間じゃ味わえない角度でボールが落ちてくるんだよね。こんなのよっぽど極端なアッパースイングの人じゃないとまともに捉えられないんじゃないかな。
事実、この日戦った茂武商業さんはあすみちゃんの球をまともに前に飛ばせなくて試合はまた5回コールドで終了。ただ、相手チームは有名人の金メダリストと対戦出来て嬉しそうにしてたね。最後に握手と写真を撮って夏予選3回戦は無事終了。
続く4回戦。ベスト16同士の戦いは流石に相手も強い。数年前には甲子園出場もしている強豪あけぼの大付属にはハラキリトルシニアの先輩も数名いるから挨拶に行かないとね。
「なんでうち来なかったんだよゴンドー……せめて他の地区行けよ……」
「いやー、ジンジョーな勝負で行きましょう」
「やかましいこの腹黒ネコ娘! この! この!」
「あ、な、なにをするだーッ! ご乱心! 先輩がご乱心!?」
試合前から悲哀を感じさせる顔を見せる先輩に親指を立ててウィンクをしたら先輩が錯乱してしまい、一部混乱が発生したけど試合は順調に進んだ。こちらのピッチャーは2年生の2番手の人で、選抜甲子園でも活躍した直球とスライダーの組み合わせで鬼のように三振を取る変化球投手。
対する相手チームの先発は流石の強豪校なだけあってMAX140台の威力のある直球と豊富な変化球という中々のピッチャーだったけど、同タイプの田中のケーちゃんが居るうちのチームはこういう正統派なピッチャーには慣れてるんだよね。なんなら速球の速さは年上の相手ピッチャーのが上だけど、その他の部分だと明らかにケーちゃんのが上だって感じたし。
というわけで流石に5回とはいかなかったけど7回には10-2でコールド勝ちを収めることが出来た。錯乱した先輩もタイムリーを打ってたし、ちゃんと活躍できたから……うん。試合後に挨拶に行くのは流石に止めとこうかな。
結構な勢いでポンポンと勝ち上がってきたけど、次の試合はベスト8。そしてお相手はシード校を打ち破って勝ち上がってきた伏兵、公立奥多摩湖前高校だ。ここから先は相手も甲子園級と考えて戦わないと足を掬われちゃうからね。用心していかないと。
「って思ってたんだけどなぁ」
「いやー、すまん!」
試合は8回を終わって2-1で向こうの1点リードだ。エースである久留米先輩の失投がホームランにされてしまい、聖ザ学園は逆転負けの危機に瀕している。正直言って脱帽だよ。相手の奥多摩湖前高校はわっかりやすいくらいにエースとキャッチャーのチームだ。この二人のツートップでほとんど勝負してると言っていい。
最速は140に届かないくらいのエース、加藤さんはのらりくらりと変化球でかわしつつ、時たま驚くような真っ向勝負を挑んて来てこちらの意表をついてくる。いや、これはキャッチャーさんの指示かな? ただ、どっちにしても非常に粘り強い投球術で失点を最小限に食い止め、終盤まで牙を研ぎ続けてたった一度の好機を見逃さなかったのだ。神奈川に行ったエース先輩を思い出すねぇ。あの人もこんな感じのピッチャーだったな。
9回の攻撃は8番から。僕にも回るんだけど相手のバッテリーは僕相手だと絶対に勝負してくれないからね。流石に1試合に4回敬遠されるのは初めての経験だったりするよ。そしてこれだけ塁に出ても1回しかホームベースを踏めなかったのも初めてだったりする。
つまり絶体絶命の大ピンチなわけだけど、実を言うとそんなに追い詰められてるって感じはしてないんだよね。一杯食わされた、お見事って感じかな。別に試合を諦めてるとかじゃないよ? まず一つに相手は確かにすっごく粘ってるけど、加藤さんがもう限界だってのが分かるんだよね。うちのチームは本当に打撃のタレントは揃いすぎるくらい揃ってるから、このメンバー相手に9回まで一人で投げ抜くってのはさ。凄いけど無謀でもあるんだ。
現に今、8番の先輩相手に8球も粘られて、四球を出してしまってるしね。加藤さん、もう握力がほとんどないんじゃないかな?
そして一人塁に出て9番の所で代打が出される。ここまで温存していた最強の切り札を、星監督はここで切ってきた。
「アンジー、楽しんできて」
『OK!』
僕とハイタッチをしたアンジーは屈託のない笑顔を浮かべたながら、打席に向かって歩いていく。会場内から声援が飛んでいく。日本国内だと分からないけど、アンジーは世界でも3本の指に入る知名度の女子野球選手だ。去年のオリンピックでの無法っぷりを今でも覚えている人は多いだろう。
そして、ノーアウト1塁のこの場面でアンジーが出てきた以上、バッテリーにはアンジーと戦う以外の選択肢はない。仮にアンジーを敬遠して、更に僕まで敬遠したらノーアウト満塁で田中のコーちゃんから始まるクリーンナップと勝負しないといけなくなる。なんならスクイズ一回で同点になるし、そうなったらもう向こうさんに勝ち目はなくなる。加藤さんがもたないからね。
一か八かアンジーか僕と勝負して倒さないと、負けが濃厚になる。なら、その一か八かに賭けてくる。ここまでの試合を見て、僕は向こうのマウンドの王様をそういう人だと判断した。
そして、その予想は正しかった。
第一球はストレートだったと思う。ここまでの軟投が嘘のような勢いのある球が、外角低めに向かって飛んでいった。変化球じゃなかったのは本当に握力が無くなってたからじゃないかな。ただ、この大一番でまだ威力のあるストレートをコースに投げることが出来る。それだけでも相手のピッチャーさんは大したもんだと思う。
相手がアンジーでなければ、勝負はまだ分からなかった。本当に、そう思う。
何度見てもつい、美しいと口にしてしまいそうな。無駄を全てそぎ落としたアンジーの、ただボールを遠くへ飛ばすためだけのスイングは、カキィンと甲高い音を立ててボールをはじき返した。まるで予定調和のように完ぺきな弾道を描き、バックスクリーンにぶち当たったボールを眺めながらアンジーはダイヤモンドを回り始める。
この瞬間、試合は決したと言っていい。相手チームにはここから逆転する体力が残されていないのだから。続く僕相手に、相手バッテリーは初めて勝負を選択。僕もアンジーに続く形でホームランを放ち、続くコーちゃん、あすみちゃん、久留米さんにケーちゃんと連打で点が加算。最終的に6-2で聖ザの勝利となったが、最終回まで気の抜けないいい試合だった。
相手チームのバッテリーは今年で3年生。エースの加藤さんは家業のキャンプ場を継ぐために高校で野球を辞めるそうだ。まぁ、趣味の草野球くらいは続けるかもと言っていたので、もしお暇ならと北埼玉デッドボールでの僕の名刺を渡しておく。北埼玉デッドボールは全国飛び回る上に忙しい人が多いからね。実力がある人は幾らいても良いんだよ。
という訳でオフシーズンとか暇なら一度練習に来ません? 加藤さんみたいないい投手はもう大歓迎。アットホームで楽しい球団ですよ!




