第110話 オリンピック決勝 アメリカ代表戦 後編
――女神様へ。女神様は凄いなぁ。こんな魔球とかを人に投げさせるなんて僕にはとてもできないよ。女神様は神様で人とは違うんだ。僕にはとてもできない
【ああ、信徒の真摯な祈りの声が! 場面もすっごく女神が好きで! でも、水鳥様……女神は、女神はもう!】
――あ、女神様的にも難しい場面みたいなんで今回はガチャなしで行きたいんですが大丈夫ですか?
【フーッ! 女神的にはありよりのなしなので問題ありません。ちょっと、かなり、ガチャしたいのですが女神は我慢が出来る女神なので。権藤あまねさんの戦いを見守っていますね?】
よし、これで女神様が我慢できなくていきなりエントリーというのも防げたはず。選択チケットならともかくこの場面でガチャァァァ! とかされるのは流石に勘弁願いたいからね。そもそも女神様は本当に我慢できなきゃ勝手に手を出してこれる立場だから、釘なんてなんぼ刺しても良いんだ。
灰色の世界から色が戻ってくる。さて、肝心かなめの戦いを自力で行う事になるんだけど、投げる球がない。
どうしよう。
「どうしようもなにも今ある手札でやるっきゃねーだろー」
「そうなんだよねぇ。とりあえず高速ナックルは変化してくれればホームランはされないと思う」
「ホームランされるかされないかしか区別がねーの狂ってるなーあいつ。本当にめんどくせー敬遠しちゃだめかー?」
「ダメだね。それをするくらいなら打たれる方が百倍マシ。色んな意味で」
「ならおめーの引き出しもっとみせろーまだ隠してるのあんだろ?」
マウンドに上がってきたトロ子ちゃんと打ち合わせだ。ヒットだけなら全然許容範囲だけど高速ナックルは変化しない場合が怖いからね。常に揺れながら左右に落ちる球とか投げられる人が居たらうらやましいよ。もしそんな球が投げられるならこの動きは獅子の両腕! とか言ってレオボールとか名付けようかな?
トロ子ちゃんが座りなおして、ゲームが再開される。さて、僕の中では攻めるパターンは決まったけどトロ子ちゃんはどうかな――ああ、うん。大体僕と同じかもね。
じゃあ、やろうかアンジー。
「てやー!」
気合を入れてそう叫び、右手の下手投げから僕の投球は始まった。地面すれすれを抉る様に右腕を動かし、放たれたボールは同じく地面すれすれを這うように飛ぶ。目の錯覚だ。けれど、アンジーの視点だと地面すれすれに飛んでるように見えてるだろうからね。
この後の変化はアンジーも知ってる。飛球ストレートは何度も見せてる僕のカウント球の一つだからね。踏み込み、跳ね上がるタイミングまで理解してるだろうアンジーのバットの始動が始まった。仮にただのストレートであっても途中でバットは止められる。彼女のバットコントロールはその領域だ。
彼女の読み通り、これは飛球ストレートだ。バッターの直前で跳ね上がる様に伸び、ストライクゾーンへと飛び込んでくる。その瞬間を叩かれれば、恐らくホームランされてしまうだろう。
それがアンジーの知っている変化量であるのなら。
「……!?」
それに対応できたのは、アンジーの天性の反応速度のおかげだろう。明らかにもう一段跳ねたように変化した飛球ストレートの変化量に、アンジーはバットの角度を変えることで対応した。ライトゾーンにきれていくボールを眺めながら、彼女は安堵のため息を吐く。
いやいやいや。なんで初見で飛球ストレート2段に対応してんだよ。これで打ち上げさせて仕留める気満々だったんだぞこっちは。
今投げたのは、まぁ単純に飛球ストレートの変化量をアップさせたものだ。下手投げからしか投げられないけど、通常の飛球ストレートよりも倍くらい跳ね上がるように見えるみたいだから2段と名付けたんだけど、折角の本邦初公開なのにいきなりバットに当てられることになっちゃった。
いや、まぁ初見で対応されたのは単純に僕の球が遅いからなんだけどね。ノーパワーが恨めしいよ……!
だけど、今の球速しか出せないなら僕が出来ることはただ一つ。アンジーの予想を上回る、これだけだ。
グラブをはめ変えずに投球モーションに入り、今度はサイドスローでの飛球ストレートを投じる。浮き上がるのではなく、ほぼ直角に曲がる変化に……あ、これグレプロのシュートだね。グレプロシュートと名付けよう。
真横に変化するボールって実はほぼ無くて、基本的に変化球は若干落ちながら曲がっていくものだ。それが頭にある以上、たとえアンジーと言えどもこのボールを初見でジャストミートは難しい筈――
「フッ!」
と思っていた時期が僕にもありました。流石にジャストミートとは言わないけど、アンジーは曲がり始めた瞬間に腕を上手く畳んで胸元近くまで飛んできたボールにバットを合わせ、弾き返す。だから初見のボールに対応するなよ! チートだ! これチーターだよ!
ただ、流石にバットの角度までは修正できなかったみたいで、ボールはライト方向へきれるファール。観客席に飛び込んだボールへの奪い合いが起きてるけどあれは良いんだろうか。
ま、まぁ良いか。ブーさんも「暴れないでください」って叫んでるし試合外は運営に任せよう。
さて、奇しくもストライクを2個取ることが出来たから絶好の魔球日和なんだけど女神様からの横やりはなし。頭上を見てもガチャは出てきてないしね。
あと1ストライクか打ち取った当たりなら僕の勝ち。そうじゃなければ僕の負け。シンプルで、言い訳が利かない。このヒリつく空気が溜まらなく僕は好きだ。
僕を見るアンジーを見る。ボールで様子見なんてアンジーには通用しない。だから、恐らく次の球が決着球。最後に切れる球はまだ残ってる。アンジーには見せてないものが。
「いくよ、アンジー」
振り被り、今度は上手での投球。下、横、そして上手からの投球で、最後に投げる球は――コレだ!
ストレートの投げ方で、唐突に僕の手からボールが消えたように見える。投げる瞬間、抜くような動作で勢いを殺しボールを上空へと逃がす球――超スローボールともイーファスピッチとも呼ばれるこれは、僕にとって対強打者戦での切り札に近いものだ。
速い球の残像があればあるほどに効果がある。そんなボールに、アンジーの表情は――変わってない!
「しまった!」
アンジーは僕の投球に惑わされず、構えをそのままに視線を上空のボールへ合わせている。見抜かれている。トロ子ちゃんの叫ぶ声が耳に入った。イーファスピッチは意図が読まれればただの弓なりにとんでくる棒球だ。勢いがない分飛ばすのが難しいが、アンジーほどのバッターならばただの絶好球になる。
知っていたのか、アンジー。今までに数回。公式戦では網走くんへのただ一球しか投げてないこのボールを。そこまで僕を倒すために、必死になってくれたのか君は。アンジーは油断せず、緩やかに迫ってくるボールにタイミングを合わせてスイングを始動した。すでに投じてしまった以上、僕に残されたのは芯を外して打ちそこなうのを願う事くらい――
「!?」
――と、思うじゃん?
緩やかに飛んできたボールは、まるで踊るかのように上下左右へとふらふらと動き回り始める。それはバッターボックスに近くなればなるほどに顕著で、アンジーほどのバッターでもすでに始動していたバットをその動きに合わせるのは困難になる。
ブオン、と風切り音がなり。ボールはバットをすり抜けるように踊って、やがてキャッチャーのトロ子ちゃんの元へと届いた。トロ子ちゃんが余りに動くボールにミットを合わせられず、ポトリと落球してしまったのは御愛嬌、かな。
「魔球じゃないよ。いや、現代の魔球だけどね」
「…………」
バットを振り切った姿勢のまま、膝から崩れ落ちたアンジーに声をかける。聞こえているかは分からないけど、でも言いたくなったんだからしょうがないよね。
「イーファスピッチまでは読まれてるかもしれないと思ったから、じゃあどうしようって思ったときにね。ピーンとひらめいたんだよ。高速ナックルがあるなら、超低速ナックルも作れるんじゃないかなって」
返事はない。なんなら聞こえてすらいないかもしれないけど、良いんだ。僕も今、すごく、興奮してるから。このほてりを少しでも抑えるために、僕は怒号のようなどよめきで支配されるスタジアムのど真ん中で、言葉を続けた。
「イーファスナックル。たった今考えて、たった今初めて投げた――アンジーの為のとっておきだよ」
落球したボールをトロ子ちゃんが拾い、それをアンジーにタッチすると審判がアウトのコールを叫ぶ。
はぁ~。しんどくて、本当に楽しい戦いだったね。僕は満足だよ……満足しすぎて気合が一気に落ちちゃったんだけどどうしよう。これでナタリーに打たれたら流石に大ヒンシュクだよね……!?




