第104話 忙しい女、権藤あまね
オリンピックでの野球競技は全8チームで予選リーグを争い、その中から上位4チームが決勝トーナメントに進む方式だ。予選では参加国全部と戦うって事だね。
男子と女子で一日置きに試合をしてるから体力的な余裕はかなりあるんだけど、本番はあくまでも決勝トーナメント。というわけで対戦相手によっては主力選手は休みを取ったりして疲れがたまらないようにしてるんだけど、何故か僕は1試合のうちどっかで必ず出番を作られてる。
お、差別か? 僕に空き時間を作って上海スイーツを楽しませないつもりかな真久部監督は。うん?
「いや、空き時間作っても貴女プロデューサー業で忙しくしてるじゃないですか」
「なんならベンチに座っても明日の台本作ってるからね。でもね、そっちだと運営の人パシらせてスイーツが食べられるんだよ……!」
書類仕事をする際には糖分が必要なのだ。いや女の子にはそもそも糖分が必要なんだけどね。消費が激しくなるから小まめな補給が大事って事だよ。
さて、試合の方だけど本日の対戦相手はキューバの女子チーム。アマチュア野球じゃキューバは強豪も強豪なんだけど、女子は男子に比べてそれほど強いって感じはしない。男子の方は鬼気迫ってるというか、こういう大きい大会で活躍して野球亡命からメジャーっていうアメリカンドリームがあるからね。女子の方は活躍してもそういうのが無くてどうしても熱意で負けちゃう感じだ。
日本とかは女子野球部を持ってる一流企業への就職って道があるから、そういう進路的な面での意欲も持てるんだけどね。まぁ、そういう裏側の話はどうでもいいか。試合に集中しないと。
「ぐわら!」
ガキィン! と僕のバットが火を噴いて先制点。今日はかんなちゃんはお休みだから3試合ぶりの1番バッターだ。後続も上手く続いてくれたけど1回表は2点で終了。今日の日本先発は技巧派二番手の畑中さん。ワールドツアーではアメリカ相手に結構失点した人だけど、アメリカ代表より大分格が落ちる今年のキューバ代表相手だとなかなかいい感じで抑えられてるかな? ヒットは打たれるけど最少失点で乗り切るって感じだね。
そのまま試合は点を取ったり取られたりと目まぐるしく動く展開で、野球を知らない人でも結構面白い感じの試合なんじゃないかな。あとは実況解説が盛り上げてくれたらもう少しって感じなんだけど、流石にまだ僕の代わりに解説役やってくれる人が捕まらないみたいなんだよね。
居るには居るんだけど、そんぐらい実力ある人はやっぱりギャランティがね……日本でいうとブーさんレベルの人じゃないと難しいから。急遽呼べるレベルの人に実況で観客を盛り上げろってのはちょっと酷な話だからさ。アナウンサーの方に期待しようにも、やっぱり野球に詳しいアナウンサーなんて日本とアメリカくらいにしか居ないからこれも難しい。せめて相方に野球を知ってて喋りで笑いが取れる人がついてたら大分違うんだけどね。
『忙しそうにしてるわねー、アマネ』
『全選手で一番忙しい女、権藤あまねです。手伝ってくれてもいいのよ?』
『無茶言わないでよ!』
プロデューサー業で忙しくしてるとはいえ僕の本業は野球選手、体を鈍らせるわけにはいかないから毎日適度に運動しなければいけない。
という訳で選手村に付属する運動施設で汗を流していると、従姉のミリーが声をかけてきた。テニスウェアを着てるから運動してたみたいだけど、確かミリーはオリンピック代表に選ばれなかったはずじゃなかったっけ。
『これでも代表候補だったからね。暇だったし知り合いの出場選手がトレーニングパートナーを探してたから声掛けてたのよ。もちろん有料でね』
『お、強かぁ~』
自慢げに話すミリーに思わず拍手を送ってしまう。スポーツ選手のコネの使い方としては満点だね。こういう風にお金を持ってるもしくはお金を引っ張ってこれる選手にコネを作れると、お仕事にありつける確率がググーンと上がるから僕もイッショーケンメーにコネを作ってたんだよ。
なんだか僕自身がそのお金を引っ張ってこれる側になってる気がしないでもないけど……ま、まぁいいかそんなことは重要じゃない。
『ところでアマネ、聞いてるわよ。なんだかベースボールがすっごく面白い事になってるじゃない。予選前半だけで前回の来場者数を上回ったって聞いたわよ』
『僕はめちゃめちゃ大変だけどね???』
『おじい様たちもとっても喜んでるわよ。うちの一族には貴女みたいにイベンターとしての才能がある人が居なかったから』
『僕、別にイベント関連の専門家って訳じゃないからね???』
『でもこれまで誰も出来なかったことをやってのけたなら、専門家を通り越して第一人者じゃない?』
『……ぐぅ』
ミリーの言葉に反論を言おうとして、一先ずぐぅとだけ声を漏らす。ぐぅの音も出ないわけじゃないんだ。ただぐぅとしか言えなかったんだ。
上海オリンピック運営委員会は、野球競技の興行的プロデュースを参加選手である僕に一任していると発表した。それは公平性とか色々どうなのかと声も上がったけど運営さんは試合の内容ではなく興行としてのプロデュースだと言い張ってるみたい。
僕に取材に来てこの事を尋ねてくる記者さんには「求む交代要員。至難の業務。僅かな休み。スケジュール鬼。失敗すれば世界中に悪名が知れ渡る危険。ただし成功の暁には名誉と称賛を得る」と僕の代わりを随時募集していることは明かしてるので、志のある人が声をかけてきてくれるはずだ。
実際に何人か、この求人募集を目にしたり耳にして一緒に働きたいと言ってきてくれる人たちは居た。残念なことに今現在一番求めてる話術を持った人は居なかったけど、この追加要員(有償ボランティア)には会場のセッティングとかを教えて僕のサポートに当たってもらうつもりだ。徐々に足場は固まりつつある。後は油断せずにこのまま予選リーグを終えて、決勝トーナメントにはなんとか話術の人員も追加したいところだね。
「お、あまちゃんじゃん。そっちの可愛い子は知り合い?」
「あ、金メダリストの東さんだ! おめでとうございます」
『メダリスト? ああ、ジュードーの』
ミリーとたわいのない会話をしていると、日本選手団主将の東さんが声をかけてきた。もしかしてナンパかな。ミリーも可愛い顔立ちだからなぁ。
「この娘、従姉のミリーです。お手付きは許しまへんでぇ~」
「しねぇよ! 彼女裏切れねぇから。ああ、たしかに山田選手に似てるなぁ……じゃなくて」
「お、なにか用事でもおありです?」
「ああ。ほら、君なぜか柔道部だって言ってたでしょ? 君んところの学校が全中で調子いいみたいだしうちの女子陣が話してみたいって言ってたからさ」
「ああ、そうみたいですね」
そういえば忙しくてすっかり忘れてたけど、うちの原木中柔道部が全国で結構な快進撃をしてるみたいなんだよね。宣言通り僕たちの垂れ幕の隣に柔道部全国出場の垂れ幕をぶら下げられた時は素直に拍手しちゃったよ。
幽霊部員とはいえ所属団体が活躍してるのは嬉しい事だ。そーいうことならもちろん喜んで御呼ばれしちゃいますよ。




