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テレビで時代劇を作る事のハードルが高すぎて俺はどうしたらいいのだろうか?  作者: ふゆはる


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8/14

第7話/勘弁してください

 撮影準備のカオス、ローラの暴走、誠志郎役の山田剛のフォロー、スタッフの慌ただしい動き、上層部からの圧力――すべてが桐谷雅彦の胃を蝕んでいた。胸の奥で鈍く疼く痛みは日増しに強まり、睡眠不足と精神的緊張が重なって、食事もままならず、頭も回らない状態が続いていた。机の上の赤ペンの束や原稿の山、ローラの自由奔放なアドリブ、誠志郎役二人の演技調整……現場のカオスを思い返すだけで、桐谷の胃はギリギリと痛む。ついに彼は決意する。「もう……病院に行くしかない……」


 診察室に入ると、白い壁と淡い蛍光灯が桐谷を迎えた。机の上には整然としたカルテと小さな模型が並ぶ。そこに現れたのは松永医師――小柄だが威厳ある姿勢で、しかしその目の奥には不穏な光が宿っていた。


「桐谷さん、こんにちは。どうされました?」


 松永医師の声は落ち着いていたが、どこか熱を帯びている。桐谷は胃の痛みと現場の混乱を説明する。「ここ数週間、胃の痛みが……食欲もなく……頭も回らず……」松永医師は頷き、桐谷を診察台に案内する。「まずはレントゲンを撮りましょう。胃の状態を確認する必要があります」


 レントゲン写真がモニターに映し出される。黒い影と白い部分、胃の輪郭が鮮明に映る。松永医師は慎重に目を走らせ、桐谷に説明する。「桐谷さん……胃潰瘍です」


 桐谷は思わず息を飲む。「やはり……体が限界を迎えていたのか……」しかし松永医師は一呼吸置き、さらに付け加える。「ですが、問題はそれだけではありません」


 桐谷は眉をひそめる。「……それだけではない……とは?」


 松永医師の目が輝き、わずかに笑みを浮かべる。「桐谷さん、あなたの生活習慣と症状から判断するに……『時代劇的胃潰瘍』の可能性があります」


 桐谷は耳を疑う。「……時代劇的胃潰瘍……ですか?」


 松永医師は頷き、棚から分厚い時代劇書籍を取り出す。表紙には派手な刀と着物姿の人物が描かれている。「私は長年の時代劇マニアです。過労とストレスによる胃潰瘍は現代医学で説明できますが、時代劇に没頭するプロデューサー特有の症状も見逃せません」


 桐谷は頭を抱える。「まさか病院で時代劇の話をされるとは……」


 松永医師はさらに話を続ける。「あなたの胃は、まるで江戸の町で悪党を討つ剣士のように、常に緊張し、戦闘状態にあります。加えて上司や俳優、ローラさんの自由奔放さが、まさに劇場のカオスです」


 桐谷は絶句する。「……俺の胃、江戸の町を守る剣士扱い……?」


 松永医師は笑みを浮かべつつ、カルテに記入する。「治療は薬と食事療法ですが、精神的ストレスを減らすことも重要です。特に時代劇制作における心の平穏が必要です」


 桐谷は深く息を吸う。「……この胃潰瘍は、時代劇と俺の戦いの証なのか……」


 診察室での会話は、まるで現場のコメディを反映しているかのようだった。桐谷は椅子に座り、頭の中で現場を思い返す。ローラの無邪気な暴走、山田剛と鏑木一誠の必死の演技、コンプライアンス部の冷たい視線、岸本の煙草と笑み……そのすべてが、胃の痛みとともにリアルに蘇る。「……俺の胃は、誠志郎役を守る剣士と同じ戦場にいるのか……」


 松永医師は笑いをこらえつつ助言する。「桐谷さん、あなたの胃は戦っているだけでなく、物語を背負っているのです。無理をしすぎてはいけません」


 桐谷は肩を落としつつも、心のどこかで微笑む。「そうか……俺の胃も、時代劇の一部なのか……」


 診察を終え、病院を出る桐谷の胸中には痛みと緊張、そしてわずかな期待と覚悟が入り混じっていた。現場のカオス、ローラの暴走、誠志郎役山田剛との化学反応、そして胃潰瘍――すべてを抱えて、プロデューサーとしてこの時代劇を完遂するのだと。


 桐谷雅彦――胃も心も限界寸前だが、病院という日常の中で、時代劇の非日常が再び現実に影を落とした瞬間、彼は再び立ち上がる覚悟を決めた。笑いと混乱、そして時代劇的な胃潰瘍を抱えながら、次の現場へ向かう足取りはどこか決意に満ちていたのだった。


 病院での診断と主治医の助言を胸に、桐谷雅彦は重い足取りで局に戻った。胃潰瘍の痛みは残るが、決意は固い。彼はプロデューサーとして、この時代劇「闇の狩人~誠志郎の恋」を完遂せねばならない。カメラマン、照明、音声、スタッフ全員がスタンバイする現場に足を踏み入れると、すでに空気は緊張と期待、そして何か危険な笑いで満ちていた。


「桐谷さん、お帰りなさい!」スタッフの声に軽く頷きつつも、桐谷の胸には不安が渦巻く。ローラはすでに町娘の衣装に身を包み、微笑みながら現場を見回す。その表情は清楚に見えるが、目には次の予測不能なアドリブを企む悪戯な光が宿っていた。


 読み合わせでは抑えられていた暴走が、今、自由を得た空間で解き放たれる。桐谷はスタッフに目配せしつつ、心の中で覚悟を決める。――胃が痛くても、俺はこのカオスをまとめるんだ……


 ⸻




 カメラが回り、誠志郎役の山田剛が剣士として立つ。町娘役のローラが近づき、演出通りの会話を始める――はずだった。しかし、ローラは台本を読みながらも次々と独自のセリフや動きを挿入する。町娘が夜にこっそり外に出る場面を安全策で昼間に変更したにも関わらず、ローラは勝手に「月夜の町を歩くシーン」を演じようと提案する。スタッフが慌てて止めるが、ローラは無視して演技を続行。


 桐谷は叫ぶ。「ローラさん、台本通りでお願いします!」

 ローラはにっこり笑って振り返る。「だって、誠志郎様、夜の町が似合うじゃないですか!」


 スタッフは絶句し、照明担当が頭を抱える。桐谷の胃がさらにギリギリと痛む。――まさに胃潰瘍製造マシーンの現場……


 山田剛は冷静に対応し、ローラの即興に反応する。しかし、誠志郎としての剣の動きと町娘との恋心の表現を両立させるのは容易ではない。桐谷は深呼吸し、メガホンを握る手に力を込める。「落ち着け、俺……これもテレビ作りだ……」


 ⸻




 その時、コンプライアンス部の面々が現場に現れる。冷たい眼差しでローラの動きをチェックし、口々に指摘を入れる。

「桐谷君、このシーンは放送禁止用語に近い表現が含まれています」

「町娘を夜に連れ出す演出は不適切です」

「悪役の背景描写が不十分です、倫理的観点から修正してください」


 桐谷は頭を抱え、天を仰ぐ。――胃潰瘍の痛みも、現場の混乱も、すべて一度に押し寄せる……


 岸本春男は煙草をくゆらせ、にやりと笑う。「桐谷君、楽しめ……これがテレビ制作の醍醐味だ」


 桐谷は心の中でつぶやく。「楽しめるか、こんな地獄……!」


 ⸻




 ローラのアドリブは止まらない。町娘が川沿いを歩くシーンで、水辺に転がる小道具を使って勝手に笑いを入れる。スタッフが慌てて拾うが、ローラは次のセリフを叫ぶ。「誠志郎様、危ないですよ!」


 山田剛は冷静に剣を振り、ローラを守る演技を続ける。だが、即興の笑いと危険な動きの連続で、スタッフ全員が右往左往。桐谷の胃がギリギリ鳴る。


 桐谷は心の中で独白する。――これが……テレビ制作……ローラの自由奔放、コンプライアンス部の冷徹、上層部の圧力、誠志郎の責任……俺の胃はまさに戦場だ……


 しかし、その混乱の中で、少しずつだが画面の中に化学反応が生まれる。誠志郎と町娘の関係、悪役の動機、現場の混沌――すべてが絶妙に絡み合い、笑いと緊張が入り混じるドラマが生まれつつあった。


 桐谷は深呼吸する。痛む胃も、暴走するローラも、冷徹なコンプライアンスも、すべて自分が抱えねばならないものだ。――だが、これこそがテレビ作りだ……そして俺はプロデューサーとして、必ず乗り切る。


 初回撮影は混乱の連続だったが、桐谷の胸には少しだけ光が差し込んでいた。胃潰瘍とカオスの中で、時代劇「闇の狩人~誠志郎の恋」の物語は、確かに動き出していたのだった。


 初回撮影の混乱から数日、スタジオは未曾有のカオス状態にあった。桐谷雅彦は朝から胃の鈍痛を感じつつ、コーヒーを片手に現場へと向かう。ローラはすでに町娘の衣装に身を包み、ニコニコと周囲を見渡していたが、その目には次の予測不能なアドリブを企む光が宿っている。


「桐谷さん、今日もよろしくお願いします!」スタッフの声に軽く頷きつつ、桐谷の胸中はすでに戦場の構図であった。悪役の演技も問題を抱えている。SNSで炎上した経験を持つ俳優・鏑木は、演技中に自分のキャラクター設定に不満を漏らし、カメラの前で無言の抗議をしてしまうことがある。桐谷は思わず深呼吸をする。


「よし、鏑木君、まずは設定通りに動いてくれ……!」


 しかし、ローラが突然「誠志郎様、ここで刀を振り上げるより、歌舞伎風に回って決めた方が面白いと思うんです!」と提案する。スタッフが慌てて止めようとするが、ローラは意に介さず踊るように動き、刀を振る。桐谷の胃がギリギリと痛む。


 岸本春男は煙草をくゆらせ、にやりと笑う。「桐谷君、見ろ……これが現場の化学反応じゃ」


 桐谷は肩を落とす。「化学反応じゃなくて、胃潰瘍反応だ……!」


 局長も現場にやってきて、熱血演説を始める。

「皆、ここで手を抜くな! 視聴者は感情移入し、泣き笑いするのだ! 悪役も町娘も誠志郎も、全力で演じろ!」


 スタッフは奮起するが、桐谷の心中は混乱の極みだ。ローラの暴走、鏑木の抗議、コンプライアンス部の冷たい視線、局長の熱血演説、岸本の自由な指示――まさに胃潰瘍とカオスの複合攻撃である。


 演出助手が桐谷に耳打ちする。「桐谷さん、悪役のバックボーンも描いて欲しいって、コンプライアンス部が五月蝿くて……」


 桐谷は深く息を吸い、頭を抱える。悪役がなぜ悪に染まったのか、町娘との恋愛シーンの倫理的問題、誠志郎の剣士としての矜持……すべて同時に考えなければならない。


 撮影が始まると、ローラはまたしても独自のアドリブを連発する。川沿いのシーンで、突然小道具の鳥かごを持ち出し、「誠志郎様、捕まえました!」と演じる。山田剛は冷静に対応しつつも、笑いを堪えるのに必死。


 桐谷は深呼吸し、独白する。――俺の胃も心も、まるで江戸の町で悪党を討つ剣士と町娘に振り回されるプロデューサーのようだ……だが、これがテレビ作りだ。ここで倒れるわけにはいかない……


 コンプライアンス部が再び声を上げる。「町娘が川で危険な行動をしています! すぐ修正してください!」

 桐谷は苦笑しつつ指示を出す。「ローラさん、少し落ち着いて台本通りにお願いします!」

 ローラは微笑みながらも、目にはまだ小悪魔の光が宿っている。「分かりました……でも少しだけ、誠志郎様を驚かせたいのです」


 岸本は煙草をくゆらせ、にやりと笑う。「桐谷君、これが現場の醍醐味だ……」

 桐谷は心の中で叫ぶ。「醍醐味じゃなくて、胃潰瘍の原因だ……!」


 しかし、そんなカオスの中で、少しずつ画面の中に化学反応が生まれつつあった。誠志郎と町娘の関係、悪役の複雑な動機、予測不能なアドリブ……すべてが入り混じり、笑いと緊張、感動の連鎖が少しずつ形を成していく。


 桐谷は深く息を吐く。痛む胃も、暴走するローラも、熱血局長も、冷徹なコンプライアンスも、すべて抱えて進むしかない。これがテレビ作りの現場――そして自分が立つべき戦場なのだ。


 日が暮れる頃、撮影は一段落する。桐谷は椅子に座り、汗を拭いながら微笑む。カオスの中に、確かな一歩が生まれたことを実感する。胃潰瘍の痛みも、混乱も、すべてこのドラマの一部だ――そう思うと、わずかな達成感とともに、桐谷の心には新たな覚悟が芽生えていた。


 桐谷雅彦――胃も心も限界寸前だが、このカオスを乗り越え、時代劇「闇の狩人~誠志郎の恋」を完成させる覚悟を固めたのであった。


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