第6話/奇々怪界
決定稿『闇の狩人~誠志郎の恋』の読み合わせ当日。会議室には早朝から戦場のような緊張感と熱気が漂っていた。机の上には原稿が積み上げられ、赤ペンで書き込まれた訂正、キャスティング候補リスト、SNS炎上問題資料、町娘役の上層部圧力資料などが無秩序に散乱している。桐谷雅彦――俺はその光景を眺め、深く息を吸った。頭の中では、これから始まる読み合わせの悪夢のような展開に胃がぎゅうっと締め付けられていた。
「よし、読み合わせを始めるぞ」
局長の声が会議室に響く。まずは主人公・誠志郎役の読み合わせだ。山田剛と佐藤亮太が原稿を手に取り、順番にセリフを読み上げる。
山田剛は剣士としての威厳を前面に押し出す。
「町娘を守る……それが俺の役目だ!」
その声には迫力があり、場の空気を引き締める。佐藤亮太は誠志郎の内面の葛藤や町娘への優しさを丁寧に表現する。
「俺は剣士として悪を討つ……だが、心は町娘に揺れている」
抑揚の効いた声と間の取り方に、局長も思わず眉を上げる。
ここまでは順調に見えた。しかし、場の空気は次の瞬間、一変する。
ドアが開き、町娘役・山上ローラが登場した。清楚で落ち着いたイメージの写真とは裏腹に、彼女の登場は会議室に衝撃をもたらす。
「おはようございまーす! 今日も全力で頑張りますよー!」
大声での挨拶。桐谷は耳を押さえ、思わず息を飲む。――この声、清楚なイメージとはほど遠い……。
岸本春男は煙草をくゆらせ、肩をすくめて笑う。
「桐谷君……これぞ赤ペンも舌を巻くキャスティングの妙じゃな」
ローラは原稿を机に置くや否や、演技指導のように手を振り回す。
「誠志郎さん! ここはもっと目を輝かせて! 心で語るの!」
ディレクターAは小声でつぶやく。
「清楚イメージ……どこ行ったんだ……」
新人プロデューサーBは机の角に頭をぶつけそうな勢いで顔をしかめる。
「町娘が現代風に寄りすぎ……」
桐谷は頭を抱え、岸本に耳打ちする。
「先生……これ、本当に町娘役ですか……?」
岸本は煙草を振り、笑いながら答える。
「桐谷君、楽しめ……ここからがコメディの本番じゃ」
⸻
ローラは読み合わせ中も自己流のアレンジを次々と加える。セリフの順番を変え、身振りを誇張し、場の空気を揺さぶる。
「誠志郎さん、ここは私のために剣を振るってください! 胸に響かせて!」
山田剛は剣士としての迫力を保ちつつ、ローラの過剰な身振りに合わせて大げさにリアクション。佐藤亮太は戸惑いながらも、ローラに合わせて柔らかい表情を作り、思わず笑いをこらえる。
コンプライアンス部は眉をひそめる。
「これは……倫理的に大丈夫か……?」
局長は笑みを浮かべながら机を叩く。
「桐谷君、俳優の個性も演出の一部だ。恐れるな」
桐谷は深く息を吸う。――赤ペン、SNS、上層部圧力、ローラ……全てを抱えるプロデューサーは、心臓が持つだろうか……。
⸻
読み合わせは進むが、小道具トラブルが発生。木刀が床に落ち、山田が拾おうと屈むと、ローラが「私も一緒に!」と身をかがめ、二人の頭がぶつかる。
「痛っ!」
「キャー!」
会議室は笑いと悲鳴、驚きの入り混じるカオス状態に。岸本は煙草をくゆらせ、にやりと笑う。
「桐谷君、これぞ読み合わせの醍醐味じゃ……混乱も味になるのじゃ」
桐谷は思わず椅子に座り込み、頭を抱える。――これはもう読み合わせなのか、コントなのか……。
⸻
ローラの自由奔放なアドリブにより、誠志郎役の二人も即興で対応する。山田は剣士としての緊張感を演出しつつ、ローラの演技に柔らかさを加えた。佐藤は町娘への優しさを表現しつつ、ローラの行動に合わせて演技を変化させる。その結果、誠志郎と町娘の関係性に予想外の化学反応が生まれる。セリフの順番が変わるたびに二人の間に微妙な緊張感と笑いが混ざり、会議室は活気づく。
ディレクターたちは最初困惑していたが、次第に笑顔を見せ始める。
「意外と……キャラクター同士の化学反応が出てる……」
「これは面白い……思わぬ演出効果だ」
桐谷は汗を拭い、岸本の方を見てつぶやく。
「先生……このカオス、どう収めるんですか……」
岸本は煙草を振り、笑いながら答える。
「桐谷君、混乱も失敗も、全部物語の味になる」
⸻
コンプライアンス部は眉をひそめつつ、机の下で小声で議論する。
「町娘があんな奔放な行動……倫理的には……」
「でも視聴者ウケは狙えるかも……」
局長は熱血に満ちた顔で桐谷を見つめる。
「桐谷君、ここからがプロデューサーの腕の見せ所だぞ!」
桐谷は深く息を吸い込み、決定稿を胸に抱く。――この混乱も、物語の一部……なのかもしれない。
⸻
ローラはさらに突拍子もないアドリブを連発する。机をまたいで剣士に迫る、セリフを突然歌いだす、時折現代言葉を混ぜる。誠志郎役二人は必死にリアクションするが、次第に笑いをこらえきれなくなる。
桐谷は頭を抱えつつも、心の奥底で微かな希望を感じる。――混乱の中で、物語が動き出している……
岸本は煙草をくゆらせ、満足げに笑う。
「桐谷君、ここからが本当のコメディじゃ……楽しむのじゃ」
桐谷雅彦――俺の胃も心も限界寸前だが、目の前で巻き起こるハプニングと化学反応の渦に、少しずつ覚悟が芽生えていくのだった。
読み合わせを終えた直後、会議室の空気はまだ興奮と混乱が渦巻いていた。桐谷雅彦は頭を抱えながら、次なる任務――実際の撮影準備――に向き合わねばならなかった。原稿の赤ペン訂正、俳優たちのスケジュール調整、衣装や小道具の確認など、胃の中で何かがぐるぐると巻き上がるような感覚がした。「桐谷君、次は衣装合わせと小道具チェックだぞ」と岸本春男が煙草をくゆらせながら肩をすくめる。桐谷は思わず息を飲む。「覚悟せよ……ここからが本番じゃ」
撮影スタジオに移動すると、すでに衣装部や美術部のスタッフが慌ただしく動き回っていた。机の上の原稿だけでも混乱していたのに、スタジオ全体が戦場に見える。最も心配なのは、もちろん山上ローラの存在だった。「わー! この着物、可愛いですねー! でも私、もっとこう……華やかにアレンジしたいです!」とローラは叫ぶ。桐谷は血の気が引くのを感じる。清楚路線の町娘役に華やかすぎる改変――その発想は、赤ペンでも止められない。衣装スタッフが必死にローラを押さえつつ、桐谷は岸本に耳打ちする。「先生……これ、どうすれば……?」岸本は煙草を振り、笑いながら答える。「桐谷君、楽しめ……全てがコメディの種じゃ」
撮影準備が進む中、小道具トラブルが発生。木刀が床に落ち、山田剛が拾おうと屈むと、ローラが「私も一緒に!」と身をかがめ、二人の頭がぶつかる。木刀は宙を舞い、床に落ちる。スタッフが慌てて駆け寄るが、ローラは笑顔で一言。「もっと臨場感が必要です!」桐谷は心の中で絶叫する――臨場感もいいけど、スタッフの安全は?
読み合わせで生まれた誠志郎役の二人との化学反応も、スタジオではさらに複雑になる。ローラの自由奔放なアドリブに、山田と佐藤は即興で対応するしかない。山田は剣士としての緊張感を演出しつつも、ローラの身振りに合わせて大げさにリアクション。佐藤は町娘への優しさを表現しつつ、ローラの行動に合わせて演技を変化させる。その結果、誠志郎と町娘の関係性に予想外の化学反応が生まれる。セリフの順番が変わる度に二人の間に微妙な緊張感と笑いが混ざり、現場全体が活気づく。ディレクターたちは最初困惑していたが、やがて笑顔を見せ始める。「意外と……キャラクター同士の化学反応が出てる……」「これは面白い……思わぬ演出効果だ」
桐谷は汗を拭い、岸本の方を見てつぶやく。「先生……このカオス、どう収めるんですか……」岸本は煙草を振り、笑いながら答える。「桐谷君、混乱も失敗も、全部物語の味になる」
コンプライアンス部の面々は眉をひそめ、机の下で小声で議論する。「町娘があんな奔放な行動……倫理的には……」「でも視聴者ウケは狙えるかも……」局長は熱血に満ちた顔で桐谷を見つめる。「桐谷君、ここからがプロデューサーの腕の見せ所だぞ!」桐谷は深く息を吸い込み、決定稿を胸に抱く。――この混乱も、物語の一部……なのかもしれない。
ローラはさらに突拍子もないアドリブを連発する。机をまたいで剣士に迫る、セリフを突然歌いだす、時折現代言葉を混ぜる。誠志郎役二人は必死にリアクションするが、笑いをこらえきれなくなる。桐谷は頭を抱え、心の奥底で微かな希望を感じる――混乱の中でも、物語は動き出している……
撮影リハーサルが始まると、ローラの暴走はさらに加速する。カメラマンの前に飛び出してポーズを決め、山田と佐藤を押しのける。「誠志郎さん、私を見て!」その度にスタッフは慌てるが、笑いも込み上げる。桐谷は必死に演技指導を試みる。「ローラさん、ここはセリフ通りで……でも笑わないで……」しかしローラは聞く耳を持たず、次のアドリブに突入する。
「もっと心を揺さぶって! 息遣いで伝えて!」
桐谷は頭を抱え、心の中で思う――赤ペン、SNS、上層部圧力、ローラ、現場の混乱……全てを抱えて物語を形にするしかない……。岸本は煙草をくゆらせ、にやりと笑う。「桐谷君、楽しめ……これがテレビ作りの真髄じゃ」
混乱の中で、奇跡的に演技の化学反応が生まれる。ローラの自由奔放さに誠志郎役二人が反応し、即興でセリフをアレンジ。スタッフも笑いながら指示を出し、現場全体に独特のテンションが生まれる。桐谷は汗を拭い、少しほっとする。――混乱の中でも、物語は生きている……
だが覚悟は必要だ。ローラの次のアドリブは、さらに予想外の方向に進むことが目に見えていた。桐谷雅彦――胃も心も限界寸前だが、目の前のカオスに少しずつ心が奮い立つのを感じるのだった。
読み合わせから撮影準備まで、すべてが混乱と化学反応の連続で、現場は笑いと悲鳴に包まれる。桐谷は赤ペン、SNS、上層部圧力、俳優の自由奔放さ、撮影スタッフの突発的行動を抱え込みながら、プロデューサーとして物語を守るために奔走する。現場全体のカオスを制御しつつも、奇妙な一体感とテンションが生まれ、物語は少しずつ形を成していく。
桐谷雅彦――俺の胃も心も限界寸前だが、このカオスの渦中で、物語の生きた瞬間を感じ、少しずつ覚悟と楽しさが芽生えていくのを自覚するのだった。
読み合わせが終盤に差し掛かると、現場の混乱は最高潮に達していた。山上ローラの奔放すぎるアドリブ、誠志郎役二人の必死の即興対応、スタッフの慌ただしい指示、コンプライアンス部の冷たい視線……会議室は笑いと悲鳴、驚きが入り混じる戦場のようだった。
桐谷雅彦は汗を拭い、岸本春男の方をちらりと見る。岸本は煙草をくゆらせ、にやりと笑う。
「桐谷君、ここからが本当の勝負じゃ……誰が誠志郎にふさわしいか、見極める時じゃ」
読み合わせの間、山田剛は剣士としての威厳を保ちつつも、ローラの自由奔放なアドリブに柔軟に反応していた。彼の誠志郎は、剣の腕だけでなく内面の葛藤や町娘への優しさも見事に表現されていた。一方の佐藤亮太も演技は悪くなかったが、ローラの予測不能な動きには時折戸惑い、笑いをこらえるのに必死だった。
「うーん……やはり山田君の誠志郎には、説得力があるな」岸本が煙草をくゆらせながら呟く。
桐谷も心中で頷く。山田は混乱の渦中でも剣士としての誇りを失わず、町娘との微妙な関係性を自然に演じきっていた。佐藤は悪くないが、ローラに引っ張られる場面でどうしても演技のリズムが崩れがちだった。
局長は顔を輝かせ、机を叩く。
「よし、決めた! 誠志郎役は山田剛だ! この混乱の中で輝いたのは彼だ!」
桐谷の胸の奥には、安堵とともにさらなる不安が入り混じる。
――山田君は素晴らしい……だが、ローラの暴走、撮影現場のカオス、コンプライアンス部の冷たい視線……これからが本当の地獄だ……
山田は少し照れくさそうに頭をかき、ローラに向かって微笑む。ローラも笑顔で返すが、その目にはまだ次のトンデモアドリブを企む悪戯な光が宿っていた。
コンプライアンス部の面々は眉をひそめつつも、桐谷の方をちらりと見て小声で囁く。
「……まさかこの組み合わせで進めるのか……」
桐谷は深く息を吸い込み、覚悟を決める。
――こうなった以上、全力で現場をまとめるしかない……俺はプロデューサーだ。
岸本は煙草をくゆらせ、にやりと笑う。
「桐谷君、楽しめ……これからが本当のコメディの始まりじゃ」
桐谷は頭を抱えつつも、わずかに笑みをこぼす。混乱と恐怖と笑いが渦巻く現場――このカオスこそ、テレビ作りの醍醐味であり、自分が飛び込むべき舞台だったのだ。
こうして、誠志郎役は山田剛に正式決定。桐谷は心の奥で覚悟を新たにし、次なる地獄――本格的な撮影準備とローラの暴走――に向かうのだった。