第11話/世の中そんなに甘くない
桐谷雅彦はオフィスのモニターに釘付けになっていた。初回放送直後、期待に胸を膨らませていた制作陣の顔には、次第に凍りついた表情が浮かぶ。桐谷も同様に、胃潰瘍の鈍痛を押さえながら、目の前に表示されるSNSや掲示板のコメントを追っていた。
「ローラさん、町娘としては自由奔放すぎる…」「演技がキャラクター設定と合っていない」「誠志郎も結局何も狩らないし…」「往年の時代劇を侮辱するのか」
桐谷は椅子からずり落ちそうになり、頭を抱える。――え、これって……フルボッコ状態じゃないか……
ローラはいつもの無邪気な笑顔でスマホを覗き込み、「あら、みんな面白がってるだけじゃないですか?」とコメント。桐谷の胃はますます痛む。自由奔放は番宣時は追い風だったが、肝心の時代劇本編では逆効果になったようだ。
悪役を斬らず改心させるという桐谷たちの“コンプライアンス案”も、往年の時代劇ファンからは批判の嵐。掲示板では「悪を成敗しないなら時代劇じゃない」「何のための誠志郎だ」「改心シナリオは蛇足」というコメントが次々と流れる。著名な時代劇俳優までSNSやテレビ番組で苦言を呈し、桐谷の心臓はまるでジェットコースターに乗っているかのように上下する。
そして、SNSでは番組タイトルをもじった「何も狩らない狩人」というハッシュタグがトレンド入り。視聴者の批判が一目でわかる形になり、桐谷は頭を抱えつつも独白する。――胃潰瘍も痛いし、ローラも自由奔放、悪役は斬れない、SNSでフルボッコ……俺の戦場は、また新たな地獄か……
スタッフたちも顔を青ざめさせ、SNSのコメントや著名人の発言に対応するため急遽会議が開かれる。桐谷は椅子に座りながら、思わず苦笑する。――笑うしかない……いや、笑って胃の痛みを紛らわすしかない……
会議室では、スタッフが必死にコメントへの返答策や次回放送への改善案を検討する。桐谷は独白する。――ローラの自由奔放さを制御しつつ、視聴者の怒りを沈めるにはどうする……悪役の改心シナリオをどう補正する……胃潰瘍で倒れる前に、この混乱を乗り切らねば……
桐谷雅彦――期待に胸を膨らませた制作陣、SNSでの炎上、著名俳優の苦言、自由奔放な主演二人、そしてコンプライアンス部の視線……すべてが交錯する戦場の中で、彼は次回放送に向けて再び小さく拳を握る。テレビ業界という名の戦場は、想像以上に過酷で、しかしそれこそが彼の生きる場所なのだと、改めて認識するのだった。
初回放送の炎上が桐谷雅彦の心に深く突き刺さる中、彼は胃の痛みを押さえつつ、次回放送までの時間が限られていることを思い出した。SNSでは「何も狩らない狩人」と揶揄され、ローラの自由奔放さは町娘のキャラクターと乖離していると批判が殺到。さらに悪役を斬らず改心させるという設定は往年の時代劇ファンの逆鱗に触れ、著名俳優まで苦言を呈している状況だ。桐谷は深く息を吐き、岸本春男の事務所に電話をかける決意を固めた。
「岸本先生、どうか、次回のシナリオを……練り直していただけませんか……」
電話越しに岸本の低く落ち着いた声が響く。「桐谷君……またかね? 初回の炎上は大変だったな。しかし……次回の改訂、君がどれほど切羽詰まっているかは分かる。しかし、俺の時間も限られているぞ」
桐谷は頭を掻きながら必死に懇願する。「でも、先生! ローラの自由奔放さも悪役の改心も、このままでは視聴者の反発が続きます! どうにか、町娘らしい魅力と誠志郎の剣士としての見せ場を両立させるシナリオにしていただきたいんです!」
岸本はしばらく黙った後、低い笑い声をあげる。「君の焦りは分かる。しかし、桐谷君、これこそテレビ制作の醍醐味だ。混乱、炎上、自由奔放な主演……すべてが素材だ。それをどう活かすか、君の腕の見せどころだよ」
桐谷は思わず椅子に崩れ落ちそうになる。――混乱は素材……俺の腕……胃はまだ痛い……
「岸本先生、分かっています! でも、視聴者の反発を受け止めつつ、笑いと感動を両立させるには……どうしても先生のシナリオの力が必要です!」
岸本はため息をつきながらも、電話口で答える。「分かった。桐谷君、ここまで切羽詰まったお願いなら、俺も力を貸そう。しかし条件がある」
桐谷は必死に聞き返す。「条件……ですか?」
岸本は低く、しかしどこか楽しげに言った。「ローラの自由奔放さを完全には封じず、山田剛の真面目な剣士キャラとのコントラストを活かすこと。そして悪役の改心は、観る者に納得させられるよう、バックボーンをより深く描くことだ」
桐谷は目を見開く。「分かりました! 先生、必ず次回は視聴者に楽しんでもらえるよう、全力で準備します!」
岸本は笑いながら電話を切り、桐谷は再びデスクに突っ伏す。しかし今度は、わずかだが希望の光が差していた。――混乱と炎上、自由奔放なローラ、斬れない悪役……すべてを素材として活かすシナリオ改訂……俺の腕の見せどころだ……
桐谷雅彦――胃潰瘍と笑い、SNS炎上と混乱、自由奔放な主演二人、そして岸本春男という大御所の力を借りて、次回放送に向けて新たな戦略を立てる覚悟を胸に、再び拳を握るのだった。テレビ業界という戦場は、まだ終わらない。
岸本春男によるシナリオ改訂案が届いた日、桐谷雅彦はデスクに山積みになった資料とプリントアウトを前に、深いため息をついた。改訂された脚本は、一見すると町娘ローラの魅力を活かし、誠志郎としての山田剛の剣士キャラとのコントラストも強化されている。しかし、その隅々に仕込まれた悪役の描写が、桐谷の胃に新たな痛みをもたらしていた。
悪役――かつて上層部に圧力を受けて悪事に手を染めた役人。彼の過去は深く、複雑で、今回のシナリオ改訂では「どうして悪に染まったのか」という心理描写が詳細に描かれていた。
桐谷は独白する。――これは……主人公より悪役の方が面白い……いや、面白いどころか、バックボーンの描写が重厚すぎて誠志郎の存在感が薄れる……
悪役は涙ながらに「ワシだってこんなことをやりたくてやっているんじゃない!」と叫ぶシーンがあり、その心情にローラ演じる町娘も山田剛演じる誠志郎も一瞬言葉を失う。スタッフたちもスクリーンの前で口をあんぐり開け、SNSではすでに「悪役の方が泣ける」「誠志郎、影が薄い…」とコメントが飛び交っていた。
桐谷は頭を抱えながら苦笑する。――俺はこれまで、悪役はあくまで倒す存在だと思っていた……改心させる案で炎上したのに、今度は悪役が主役より深みを持つなんて……これは戦略なのか、罠なのか……
ローラは相変わらず自由奔放で、桐谷が苦悶している隙にSNS向けの短編動画を投稿する。「誠志郎も悪役も、みんなカッコいいです!」と笑顔でコメントし、視聴者の興味をさらに混乱させる。桐谷の心の中で独白が走る。――自由奔放なローラ、深みのある悪役、そして誠志郎……俺の戦場は、もはや制御不能のカオスだ……
スタッフ会議でも混乱は続く。岸本のシナリオは説得力があるが、その説得力の重さが逆に問題を生む。スタッフたちは悪役の深みをどう演出するか、誠志郎の魅力をどう維持するか、ローラの自由奔放さをどう抑えるかで頭を抱えていた。桐谷も椅子に突っ伏し、独白する。――胃潰瘍も痛いし、SNSは炎上しているし、コンプライアンス部は冷たい視線を送っている……しかし、これは面白い……いや、面白すぎて胃が爆発しそうだ……
桐谷雅彦――テレビプロデューサーとしての戦場は、混乱と苦悩、笑いと痛みが同居する領域へと突入した。悪役の深すぎるバックボーン、自由奔放な主演二人、SNSの反応、コンプライアンス部の監視……すべてが絡み合い、次回放送までの準備は、さらなる混沌を生むことになる。桐谷は小さく拳を握り、深く息を吐く。――このカオスをどう料理するか……俺の腕が試される瞬間だ……
桐谷の戦場は、まだ終わらない。そして悪役の深みが、彼のプロデュース人生に新たな波乱を巻き起こすのだった。
次回放送に向け、桐谷雅彦はデスクの前で頭を抱えていた。改訂シナリオでは悪役のバックボーンが主人公よりも深く描かれ、SNSでの反応も予測不能な状況。ここで問題となったのは、悪役が物語の中で自然に溶け込んでおらず、視聴者が誠志郎や町娘に感情移入できないことだった。
桐谷はスタッフ会議で提案する。「よし、追加撮影だ! 悪役の過去や心情が、物語に自然に溶け込むようなシーンを撮ろう!」
スタッフたちは一斉に書類や機材を広げ、慌ただしく動き出す。カメラマンはカメラの角度や光の加減を検討し、照明スタッフは悪役の表情がしっかり映るように調整。演出部は台詞のニュアンスや間の取り方を何度も確認する。桐谷は頭を抱えながらも、時折指示を飛ばす。
「ローラさん、町娘としての自然な反応を、悪役の過去シーンに絡めて演じてください!」
ローラは笑顔で応じるが、自由奔放な性格ゆえに時折カメラの指示を無視して奇行に走る。桐谷の胃が痛む。「ああ、もう……制御不能……」
山田剛は真面目に剣士としての誠志郎を演じつつ、悪役との心情対比のシーンに臨む。しかし、岸本春男の改訂脚本では悪役の心理描写が深すぎて、誠志郎のセリフがつい薄くなってしまう。桐谷は思わず独白する。――悪役の方が感情移入される……俺は何をプロデュースしているんだ……
撮影は何度もリテイクを繰り返す。悪役の過去を示すフラッシュバックシーン、誠志郎や町娘との微妙な対比、視聴者が納得する改心の過程……すべてを自然に収めるため、スタッフの疲労は限界に近い。桐谷は椅子に突っ伏し、独白する。――胃潰瘍も痛いし、SNSは予断を許さないし、ローラは自由奔放、悪役は深すぎる……これぞテレビ業界の戦場……
しかし、そんな混乱の中でもスタッフたちは笑いを忘れない。カメラマンが「桐谷さん、この角度だと悪役がまるで主役ですね」と冗談を飛ばし、桐谷は苦笑しつつも返す。「いや、主役は誠志郎だ! 忘れるな!」
撮影が進むにつれ、悪役の存在感は徐々に物語に溶け込み始める。ローラの町娘としての自然な反応も増え、山田剛の誠志郎も悪役との心理的対比がはっきりと描かれるようになる。桐谷は深いため息をつきつつも、心の中で小さく拳を握る。――まだ完全ではないが、何とか物語として成立しつつある……
桐谷雅彦――胃潰瘍、SNS炎上、自由奔放な主演二人、深すぎる悪役、そして混乱するスタッフ……すべてを抱えつつ、追加撮影を通して次回放送への準備を進める。テレビプロデューサーとしての戦場は、まだ終わらない。悪役が物語に自然に溶け込むその日まで、彼の奮闘は続くのであった。