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プロローグ

登場人物

•主人公:桐谷雅彦

某テレビ局のベテランプロデューサー。時代劇復活プロジェクトを任されるが、コンプライアンス部との戦いで胃に穴が開きそう。

•脚本家:岸本春男

大御所時代劇脚本家。古典的な武士道精神にこだわるが、ことごとくNGを食らう。ペンを投げてはまた拾う、哀愁あるオヤジ。

•コンプライアンス担当:田代美咲

何でもかんでも「それは差別的表現です」「それは暴力的表現です」と赤ペンで潰す。悪気はなくマニュアルに忠実。むしろ正義感が強すぎる。


 俺の名前は桐谷雅彦。某キー局のドラマ班に所属している、冴えない中堅プロデューサーだ。


 入社したての頃は、ドラマ班といえば花形部署だった。月9ドラマが毎週のように話題になり、街を歩けば主題歌が流れ、役者たちは国民的スターに駆け上がる。俺も当時は「いつか自分がヒット作を世に送り出すんだ」と胸を熱くしていた。


 だが――令和。

 気がつけば状況はすっかり変わっていた。


 若者はテレビを見ない。スマホで動画配信を見て、SNSで盛り上がり、バラエティよりもゲーム実況に夢中。俺たちテレビマンがどんなに必死に番組を作っても、放送翌日にはTwitterのトレンドにすら入らない。


 会議のたびに視聴率の棒グラフが無惨に下がっていくのを見せられ、俺の胃はずっと痛かった。

 だが、それでも生活のためにやるしかない。サラリーマンプロデューサーとはそういうものだ。


 そんなある日の午後、俺は廊下で上司に呼び止められた。

「桐谷。局長が呼んでる。会議室に来い」

 嫌な予感しかしない。


 重たい足取りで会議室に入ると、そこにはドラマ局長、編成部長、営業局の幹部、スポンサー担当までずらりと並んでいた。壁際には若手社員がメモを取る姿もある。妙にピリついた空気。俺は内心で震えた。


「えー、集まってもらったのは他でもない」

 局長が低い声で切り出した。

「我が局のドラマ部門、近年は不調続きだ。視聴率は下降線、話題性も配信に負けっぱなし。そこで――我々は原点に立ち返ることにした」


 原点? 何を言い出すんだ?


 局長はバンとテーブルを叩き、声を張り上げた。

「次の目玉企画は……時代劇だ!」


 会議室の空気が一瞬止まった。

 俺は思わず「は?」と声を漏らしてしまった。


「聞こえなかったか? じ・だ・い・げ・き、だ!」

 局長は満面の笑み。

 営業の幹部も続ける。

「日本人の心のルーツは歴史と伝統! 時代劇でそれを掘り起こせば、必ずや大ヒット間違いなし!」


 編成部長がうんうんとうなずきながら言う。

「最近の若者は逆に新鮮に感じるだろう。TikTokでも刀や着物のコスプレが人気だしな!」


 俺は頭を抱えた。TikTokのコスプレと時代劇は違う。そもそも予算も桁違いにかかる。


 恐る恐る俺は口を開いた。

「あの……時代劇はすでに長年低視聴率が続いてまして。セット代も衣装代もかさみますし……」


 だが編成部長は即座に反論。

「だからこそ挑戦なんだよ、中村くん! 若者が見たいと思う“新しい時代劇”を作ればいい!」


 “新しい”……その言葉が一番怖い。新しいと言って、結局は誰も見たことのない珍妙な企画になるのがオチじゃないか。


 局長がさらに畳みかける。

「スポンサーも乗り気なんだ。歴史を大事にする大企業がバックについてくれる。ここは攻めどころだ。そして、この大役を任せられるのは……お前しかいない!」


 “お前しかいない”という言葉は、サラリーマンの世界では“断れない”の意味だ。


 俺は引きつった笑顔を浮かべ、深々と頭を下げるしかなかった。

「……承知しました。必ずや、ヒットする時代劇を作ってみせます」


 会議室に拍手が起きる。役員たちは「これで局の未来は明るい」と満足そうにうなずいている。

 だが、俺の心の中では叫び声が渦巻いていた。


 ――時代劇なんて、令和に作れるわけがないだろ!?


 こうして俺は、“時代劇復活プロジェクト”という前代未聞の地獄に足を踏み入れることになったのだった。

 時代劇復活プロジェクトが正式に動き出した。


 とはいえ、俺はすでに胃が痛い。

 まず必要なのは脚本家だ。脚本がなければキャスティングも美術も決まらない。だが、時代劇を書ける脚本家なんて今どきほとんど絶滅危惧種だ。


 選定会議が開かれ、名前がずらりと並んだ。

 「某恋愛ドラマでヒットを飛ばした若手女性脚本家」

 「お笑い番組出身でノリだけは軽快な三流ライター」

 「配信ドラマでちょっとだけバズった新人」


 ……いや、無理だろ。

 侍のセリフをスマホで調べてコピペしそうな顔ぶればかりだ。


「最近の若い人に書かせれば新しい風が吹くはずだ!」

 編成部長は希望に満ちた顔でそう言うが、俺は想像した。

 殿様が「マジ卍」とか言い出す時代劇を。

 ……悪夢だ。


 そのとき、局長が静かに口を開いた。

「やはりここは、古き良き時代劇を知り尽くした人物に任せるべきだろう」


 営業担当が声を潜めて囁く。

「でもあの人は……かなり頑固だぞ。今どきのコンプラ事情なんて理解できるのか?」


 嫌な予感がした。

 局長が満を持して告げる。


「――岸本春男先生にお願いしよう」


 その名を聞いて、会議室がざわついた。

 岸本春男。七十手前の大御所脚本家。昭和から平成にかけて数々の名作時代劇を手掛けたレジェンドだ。彼の書く武士道の世界観は硬派で骨太。しかし、頑固一徹で有名、プロデューサー泣かせでもある。


「岸本先生ならば、王道の時代劇を書いてくださるだろう」

「視聴者の年配層にも響く! スポンサー受けも抜群だ!」


 たしかにネームバリューはある。だが俺は頭を抱えた。

 ――岸本先生の筆を、現代のコンプライアンスの赤ペンが受け止められるのか?


 局長がニヤリと笑う。

「桐谷、お前が口説いて来い。きっと先生もお前なら分かってくれる」


 いやいや、そんな根拠のない期待を押し付けないでほしい。


 かくして俺は、かつての時代劇の巨匠――岸本春男のもとへ、白羽の矢を背負った使者として派遣されることになったのである。

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