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第三章『黒川あかねは、知っている』

“ふたりの世界”に、殺意の匂いがした 


笑い声が響いていた。


部屋の中には光があり、 温もりがあり、    


少女たちが並んで「かわいい」「似合ってる」


「おなかすいた」と騒いでいた。 ……なのに。   


私はその中で、たったひとつ、


異質な影を見つけてしまった。 


鏡の前に立つ少女。 戸惑いながら微笑む 


“神戸しお”。 そしてその隣―― 松阪さとう。 

 

目が合った。 ほんの、わずかの時間だった。


けれどその瞳は、笑っていなかった。  


冷たい。 深い。 触れてはいけない温度だった。


あれは―― **“誰かを殺す覚悟のある目”**だった。


私は無意識に、メモ帳を取り出していた。


「松阪さとう。年齢不明。所在不明。


笑顔の奥にある何かが、掴めない。


神戸しおへの執着……これは、友情ではない」


鉛筆の先が震えていたのは、 私の指のせいじゃない。


……あの目が、 私の奥に突き刺さったから。


「……あかね、メモつけるのやめたら?」 


かなの声。少し呆れたような。  


「でも……気になるの。いろんな人の“温度”が」


「今は楽しもうって言ってるでしょ」


「……うん、ごめん」


それでも私は ――やめられなかった。


あの目を、見たから。 あの少女の手が、


どれほどの重さを背負っているかを、


直感してしまったから。 思い出す。


数年前。 私自身も、他人の  


“演技”に取り憑かれていたことがあった。


あの時の私も、笑っていた。 でも、


何も見えていなかった。


今の“さとう”は ――違う。 見えてる。


すべてを。 そして、 選んでいる。


“しおちゃんだけを愛する”という選択を。


“他の誰も見ない”という意志を。  


“必要なら、 世界ごと壊す”という覚悟を。


私は、書き留める。   


『松阪さとう――神戸しおの為なら、人を殺す』


ペンが止まる。 それはもう、 


予感ではなかった。


「……あかね?どうかした?」 


「……なんでもない」 でも心はざわついていた。


どうすればいい? この子を守るべき? それとも、


静かに見ていくべき? 私の知っている


“人の狂気”は、ときに、美しい笑顔をしている。


だからこそ―― 私はこの目を


閉じるわけにはいかない。


『観察対象・松阪さとう。 外面は優等生。 だが、


神戸しおに対してのみ、異常な独占欲。


それは愛なのか、依存なのか、それとも――狂気か。』


私はメモを、そっと閉じた。 でも、 


決して終わりではない。 


“観察”は、 ここからが本番だから。


『最終記録:観察者より現在も


密室は閉じられたまま。少女・神戸しおの所在不明』


黒川あかねは、ほとんど無意識の 


うちに手を動かしていた。


わずかに開いたメモ帳のページに、


細い文字で言葉を綴る。


黒川あかねは、ほとんど無意識の


うちに手を動かしていた。


わずかに開いたメモ帳のページに、


細い文字で言葉を綴る。


『観察対象:松阪さとう。


外面は優等生。だが……』


その時だった。


……視線が、刺さる。


背筋が凍るような感覚。


肌を這うような、見えない指先。


――見られている。


あかねは、そっと顔を上げた。 目が合う。


そこにいたのは、松阪さとう。 微笑んでいた。

……けれど。


その笑顔の奥。 動いていない瞳の奥には、

氷のような光。


「ねぇ……」 低く、やさしい声。

けれど――その響きは、

地の底から染み出してくるような音。


「何、書いてるの?」


――確信だった。


ただの問いかけじゃない。

**「知ってるよ」**という、“意思”だった。


あかねは咄嗟に、メモ帳を閉じた。

でも、指先はわずかに震えていた。

――さとうの前では、隠しきれない動揺。


「もしかして……私のこと?」


一歩、また一歩と近づくさとう。

足音はしないのに、心音のように響く。


「ねぇ、ねぇ、あかねちゃん」


微笑んでいる。

でも―― その目だけが、

笑っていない。


「貸してくれる? そのメモ帳。」


――空気が変わる。 閉ざされる逃げ道。

静まり返る部屋。


黒川あかねは、震える手でメモ帳を握っていた。


だが――


「……ねぇ、それ、私のこと書いたんでしょ?」


近づく笑み。 優しさを模した狂気。


「貸して?」


拒否はできない。 一歩下がった瞬間。


「……だめだよ、あかねちゃん」


――“それ”は、風だった。 さとうの手が、

風のように速く、メモ帳を奪った。


ページをめくる指。 静かで、やわらかで、

残酷なリズム。


やさしい声で、支配が始まる。


「松阪さとう……神戸しおのためなら――」


――人を……殺す


その声は優しく、けれど鋭く、

脳の奥に突き刺さる。


さとうはメモ帳を胸にしまった。 まるで、

最初から自分のものだったかのように。


あかねは、何もできなかった。 ただ、

その檻の中にいるしかなかった。


「……ふふっ、そんなこと思ってたんだ?」


囁き。 耳元で流れる甘い毒。


――この狂気からは、 もう逃げられない。


■ “許し”の形


「……あかねちゃん……許してあげる……」


その声はやさしかった。 まるで母親のように。

あるいは、毒を含んだ聖母のように。


その瞬間、 あかねの胸の奥に、安堵が走る。


――よかった。怒ってないのかもしれない。


けれど。


さとうの腕に、わずかに力がこもる。


ぬくもりが、重く、冷たく、鋼のように変わる。


「でもね…… 二度と、勝手に私のこと ……

観察するの、やめてね?」


やわらかい声。 でも確実に、ナイフより鋭い。


あかねの喉が詰まる。 声にならない恐怖が、

全身を貫く。


そして――


さとうの唇が、耳元へと寄る。




ーー私、ちょっと怒ってるんだけどーー

  



「あと、しおちゃんにも関わらないでね……」  


あかねは、息を呑んだ。 逃げ道など、

最初からなかった。 ここはもう、 

観察者ではいられない場所。

“対象”の意思ひとつで、世界が反転する部屋。



そして、 彼女は気づいていた。 



――このままじゃ、本当に“自分”が壊れてしまう。


(お願い……)


黒川あかねは祈った


ーーこの1室が誰かの


《悲鳴と破壊の音》で、


終わらないことを――


ただそれだけを、祈りながら。


――終わらない圧、終わらない支配ーー

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