第一章 私のシュガーライフ
ーとあるマンションの一室ー
ふわり。
しおちゃんが――振り返る。
鏡の中。淡いワンピースの裾が、
静かに、でも確かに揺れた。
「……さとちゃん、これ……似合ってる……?」
その声が、小さくて――もう、完璧に愛おしい。
私が選んだ、私だけの天使。
だからその戸惑いも、 表情も、
息遣いすらも――全部、私のもの。
「似合ってるよ、しおちゃん」 私は、笑った。
この笑顔が、本物じゃなくてもいい。
本物になるのは――
“ふたりでいる時間”のほうだから。
天野陽菜「にっ…似合う…?」
星野ルビー「うん、ものすごく似合うよこの制服!」
有馬かな「あんたもついに高校デビューね…」
memちょ「マックのバイトより絶対そっちだよ〜w」
天野陽菜
「高校生か…なんか…緊張する…私、友達も…」
有馬かな「はぁ…?なにいってんの…?」
星野ルビー「ここにいるじゃん!」
memちょ「そうだよ〜wあたし別の高校だけど」
星野ルビー「陽菜…、約束したんでしょ…あの人と…」
天野陽菜「そうだったね…」
長野原みお「ねぇ…ばしゃめ…まだ…?」
ばしゃめ「まだですよ〜」
長野原みお 「はやくしてよ…こっちは
焼き鯖しか 食べてないんだよ…
朝からなにも食べてない…」
ばしゃめ
「焼き鯖食べてるじゃないですか」
長野原みお「いや、そうだけど……
いつ炊けるの…?その、ばしゃめ米ってやつ…」
ばしゃめ
「もうすぐ炊き上がりますよ〜」
……やかましいなぁ。 あの子たちは、なにもわかってない。
しおちゃんが笑うたびに、 その目が誰かに向くたびに、
――胸の奥に、小さくて赤い“何か”が灯る。
でも、いいの。笑ってていい。
今だけは。 今夜だけは。
その代わり……朝になったら――
また、“おうち”に帰ってくるんだよ、しおちゃん。
ふたりだけの部屋。 静寂のなかで、
誰にも邪魔されず、 甘くて、静かな、
ふたりきりのシュガーライフを。
私以外の人に笑いかけないで。
私以外の人に「かわいい」って言われないで。
だって、その服を選んだのは――私。
震える手でタグを選び、素材を確かめて。
“天使にふさわしい”ものを探した、その執着を、
誰が知ってる?
「かわいい!」 「それ似合ってる!」
そう言われるたびに―― この胸の奥の、
柔らかな境界が、じわじわと溶けていく。
でも、私は耐える。 今だけは。ここだけは。
私は覚えてる。 しおちゃんが笑った時、
どこを見てたか。 誰の名前を呼んだか。
どんな声だったか。
私は記憶していた。 だってそれが――
“証拠”だから。
しおちゃんが、私だけを見ていた証明。
それだけが、私の呼吸を、安定させる。
――でももし、奪われそうになったら。
私は、この1室ごと――壊す。
そう。 《排除しなきゃ》
音も匂いも、思い出も、
高級レコードプレイヤーから流れる音楽も。
全部、跡形もなく壊して、燃やして、
灰になった床の上に、ふたりきりで座るの。
誰にも触れられない場所へ、連れて帰る。
この世界のどこにも地図に載らない、
“ふたりだけの国”へ。
絶対に。
絶対に――しおちゃんだけは、離さない。
たとえ、しおちゃんが泣いても。
たとえ、しおちゃんが私を怖がっても。
それでも私は、手を離さない。
誰が来てもいい。 誰が止めようとしてもいい。
私は、笑うだけ。
そして、こう答えるの。
「――うるさいなぁ。ここは、
わたしたちのおうちなんだから」
扉は、閉ざされたまま。 外の声なんて届かない。
甘くて、密やかな、ふたりの時間。
――それが、 私の願い。
私の幸福。 そして、私の――
ーシュガーライフー