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ep6 模擬戦

 目標地点の第三演習地域に到着したところでスラスタの噴射を停止し、大地を切り裂くような轟音とともにムメイは地表を削りながら着地した。

 この大地を足で踏みしめる感覚も、先ほどまでの風を切る体の感覚も、広々と見える視界も、まるで自分の体がムメイそのものになったかのようにリアルに感じられる。


「これはスゲーな」


 昨日の戦いではコックピットのモニターやスピーカーから得られる情報を自分の感覚器で見聞きしてて戦っていた。その時と比べると機体の動かしやすさも雲泥の差だ。


 機甲女神は本来、神経接続によって自分の体のように機体を動かす思考操縦を前提に造られていると聞いた。手動操縦や自動操縦の機能も搭載されてはいるが、前者ではどうしても対応にラグが生まれ、後者では柔軟な対応が難しくなる。神経接続が切れた場合に備えてパイロットたちはそちらの訓練も積んでるそうだけど、基本的には緊急時の一時しのぎのためのもの。

 昨日の俺のように、手動操縦で正面切って戦って守護獣を撃破するなんてことは基本的に想定されていないらしい。


 そもそも初めて乗ったはずの女神を神経接続なしでまともに操縦できたことがおかしいんだけど、何故か使い方は頭に入ってたんだよな。あれが先輩たちの言う女神に語りかけられるってことなんだろうか。


「おい、ムメイ。聞こえてないのか? ムメイ! それとも名前が違うから答えてくれないのか? だったらお前の名前を教えてくれよ!」


 ……対話を試みてみたけど、反応はない。まあ予想通りだ。先輩たちから話を聞いて、今回は搭乗してから意識的に別の人格や意思のようなものを感じないか気を配っていたけど、とくにこのムメイの中に何かがいるようには感じなかった。やはり俺が女の体だから隠れて出て来てくれないのだろうか。


「今はこんな体だけど俺は本当は男子なんだ! 俺は男だ! 教えてくれ! 俺にも権能ってやつがあるのか!? 俺の神威はなんなんだ!?」


 コックピットの中にキンキンと響く甲高い声で問いかけるも、やはり答えはない。

 神威が共鳴している以上戦いに協力する意思はあるはずだと鏑木さんたちは言ってたけど、それも正直どうだか怪しいな。

 ここまで非協力的だと、ムメイの望む望まないにかかわらず俺とは勝手に共鳴するってことも考えちまう。他の女神にそんな現象が起きたことはないそうだけど、こいつも俺も普通じゃないから何が起きても不思議ではない。


 さっきムメイに搭乗する前、ものは試しってことで他の女神にも乗せて貰ったけど共鳴できる女神は一機もなかった。

 ムメイとは共鳴出来るけれど、他の女神と共鳴しようとすると神威が混じる。感覚的な話だから言語化しづらいけど、共鳴して神威が大きくなるのではなく、お互いの神威が混ざり合って一つになろうとするような感覚だ。そして女神がそれを嫌がって共鳴はすぐに拒否される。

 なんでそうなるのかはわからないけど、とにかく俺が乗れるのはムメイだけなんだ。

 そしてそれはムメイも同じ。昨日の時点で神々廻や先輩たち、それから対策室に在籍している神威持ちの職員さんがムメイに搭乗して共鳴を試みたそうだけど、誰一人成功した者はいなかったらしい。


 つまり俺もムメイも、今のところ共鳴できる相手はお互いしかいないってわけだ。


『そろそろ始めよう。このまま待ってても何も起きそうにない』


 そう言ったのは、俺から一足遅れて第三演習地域にやって来ていた神々廻だ。

 通信は最初から繋がっていて、俺とムメイのやり取りは神々廻も聞いていた。ついでに言うとオペレーターさんも。

 既に模擬戦は始まっており、余所のペアは派手にやり合っている頃だろう。


「良いけどよ、お前さっきの言い方はないんじゃねーの?」

『さっきの?』

「神室先輩に戦っても意味ないとか言っただろ」

『彼らの戦闘能力と神威は把握してる。模擬戦をする意味がないのは事実だよ』

「神楽坂の言ってた通りってわけか」


 どうやら神々廻の参加が一戦目だけっていうのは俺の力をはかるためらしい。大方、予知の精度を上げるための情報収集ってところだろう。そういうことだとわかれば納得だけど言い方が悪い。今までもあんな調子だったんなら、こいつパイロットの輪に馴染めなてないんじゃないのか?


「そんじゃ遠慮なく胸を借りるぜ! 神々廻よー!」


 今まで人類勝利の未来を視たことがないってんなら、神々廻の予知の力はこれからも必要だ。まだ見ぬ未来を切り開くための導になる。だけどそれはそれとして、これは訓練だから思う存分ぶん殴らせて貰うとする。朝の借りを返してやるぜ!


『……速い』


 武装は使用しないルールであるためそもそも距離はそこまで離れていなかった。力強く踏み込みながらメインスラスタを噴かせば一息で詰まるような距離だ。そしてその勢いのまま、俺は神々廻の乗るミカサをぶん殴――


『でも下手』


 ――れなかった


「おわああああっ!?」


 背中から叩きつけられる衝撃と共に気が付けば天地がひっくり返っており、俺は空を仰いでいた。

 神経接続がなければ何が起きたのかわからなかったかもしれないけど、自分の体で体感したように感じるからわかった。真っすぐ突っ込んで振りかぶった拳を突き出したムメイ()は、その勢いを利用されてミカサ(神々廻)に投げ飛ばされたんだ。


『対人経験がないね。動きが正直過ぎる。あと攻撃が大ぶり』


 ……思考操縦によって自分の体のように動かせるってことは、自分の体での戦闘経験が諸に影響するってわけか。たしかに俺に喧嘩の経験はないし格闘技を習ったのも学校の授業で軽くやったくらいだ。数年単位で訓練してる奴にいきなり通じる筈もないのは道理だ。


「だったらこれでどうだ!」


 立ち上がってスラスタで突っ込むところまでは先ほどの焼き直し。ただし接触する直前にスラスタを停止し姿勢制御用のバーニアを上方向に噴射することで素早くかがみ、薙ぎ払うようにローキックを繰り出して足払いを狙う。


 無理を通せば道理は引っ込むもんなんだよ!


『狙いは悪くない』

「ぐぁっ!?」


 まるで先読みでもしたかのように、足払いのタイミングで跳躍したミカサ(神々廻)が今度は自分の番と言うようにバーニアを噴射しながらムメイ()を踏みつけた。

 痛覚はほとんどリンクされていないようで、痛みはそれほどでもないけどコックピットごと機体が揺さぶられて衝撃に思わず悲鳴をあげてしまう。


『相手が待ってくれるならだけど』

「ちょま――ぐぅぅぅぅ!!」


 再び立ち上がろうとした俺の動きを今度は見逃さず、ミカサ(神々廻)はサッカーボールを蹴るかのようにムメイを蹴り飛ばした。

 そりゃ実戦では相手は待ってくれないだろうけど、初訓練でいきなりここまでやるか!? 初心者相手になんて大人げない野郎だ!


『先生の代わりに来たんなら、こんなものじゃ足りないよ』

「クソ! テメーは絶対ぶん殴る!」


 余裕綽々って感じで講釈垂れやがってよー! ムカつく野郎だ!


『鏑木さんに繋いでください』

『こちら鏑木だ。どうした神々廻くん』

『大体わかりました。出力は僕以上だけど操縦技術は最低です。相手の女神を壊しかねないので次の相手はヤマト(神楽坂)にしてください』


 まだ模擬戦の時間は5分近く残っているというのに、神々廻は何やら鏑木さんと話し始めた。通信は繋がったままなので当然俺にも聞こえている。今のは俺の話ってことで良いんだよな? 出力は俺の方が上なのか。気づかなかった。


『それと神威も見当がつきました。念のため戻ってから話します』

『そうしてくれ』

「はあ?」


 神威って、今のは文脈的に権能の話だよな?

 今回は権能なしでやり合ったってのに、それでもわかるもんなのか?


 ……まあいい。

 今はそんなことより


「神々廻ァ! 何終わった感じの空気出してんだっ! まだ模擬戦は終わってねーぞ!!」

『知りたいことはわかったからもう良いよ』

「それじゃあこっちの気が済まねーってんだよ! 今回くらい最後まで付き合えよ!」


 先輩たちの反応を見るに、神々廻の奴は滅多に訓練に顔を出さないっぽいからな。ここを逃すと次のチャンスはいつになるかわからない。


『一撃当てるのも今の君じゃ無理だと思うけど』

「んなもんやってみなけりゃわかんねーだろ!」

『……じゃあ、予定通りこの一戦だけは付き合うよ』

「はん! 吠え面かかせてやんよ!」


――5分後


 普通に無理だった。

☆Tips 思考操縦

自身の体を動かすように女神を操縦する技術。

ただし女神には人体にはない機構も多く、重心も異なるため、実際には一日二日で自在に動かせるようにはならない。

個人差はあるが、最低でも一週間、長ければ三か月程度の訓練を経なければ戦力として数えるのは難しい。

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