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ep32 『茨』

 8月21日 月曜日 AM8:00 守護獣特別対策室作戦基地・地下整備ドック


 決戦になるであろう今日この日、俺たちパイロットは手早く朝食を済ませて女神の格納されている地下整備ドックへと集合していた。

 第五守護獣はいつ襲来するのかわからない。今日じゃないかもしれないし、今日だとしても朝か昼か夕方か、あるいは夜か。だから朝早くから女神に乗り込んで待機し、いつでも出撃できるようにしておく必要がある。長丁場になれば、機内で飯を食うことになりそうだ。


『桜台勇、機甲女神ムメイと接続します』


 通信機から聞こえる声は、この一か月弱で聞き慣れたオペレーターさんのものだ。

 いつも冷静で仕事の出来るお姉さんという印象のある人だけど、今日ばかりは声音が緊張しているようにも聞こえる。


『桜台勇、機甲女神ムメイ、接続完了。神威共鳴率99パーセント。安定しています』

『生命維持系統、良好! 神経インターフェース、オールグリーン!』


 訓練の数も含めれば、ムメイと共鳴した回数はとっくに両手の指では数えきれないほどになっている。相変わらず語りかけてはくれないしこっちの言葉に反応もしないけれど、今更それを非協力的だと非難するつもりはない。だってこいつは必ず俺に応えて、いつだって共鳴してくれた。


 言葉を交わさなくてもわかる。

 ムメイも俺と同じように、仲間を守りたいと、この世界に平和を取り戻したいと思ってくれてるんだ。 


『六機六名、リンク完了! 共鳴率は各員90%台で安定!』

『この大一番で誰一人メンタルの不調もなしか。流石――』


――いまだ時も名もなき創世紀。


 鏑木さんの言葉を遮って、まるで俺たちの準備が終わるのを待っていたかのように、あまりにもタイミングよく例の神話が脳内に響き始める。


『っ! 各員傾聴!!』


彼方よりも遠く、何処にも記されぬ深淵に、ただ二柱の神のみが在った。


いまだ時も名もなき創世紀。

彼方よりも遠く、何処にも記されぬ深淵に、ただ二柱の神のみが在った。


一柱は《創造》を司る神、名を持たず、始まりと命脈を紡ぐ者。

一柱は《虚無》を司る神、これもまた名なきまま、終わりと消滅を宿す存在。


世界は静謐であった。

二柱は言葉なくとも交わり、虚無のただなかに充ち足りた永劫を漂っていた。

だがある時、虚無の神の言葉が静寂に響いた。


「母よ、果てなき無には飽いた」


創造の神は答えず、ただ微笑み、自らの身を裂いた。

血は星となり、肉は大地となり、髄は海となった。

髪は風と雲に、眼は太陽と月、そして心臓は命となりて、万象を織り上げた。

かくして宇宙は生まれ、世界は始まり、虚無にかすかな調べが響いた。


創造の神の手には、なお五指が残されていた。


彼女はそれぞれの指より、秩序を守護する五つの獣を生み出した。


――小指より生まれしは、《渡河の神威》を持つ獣。流転と運命を知り、切り開く者。

――薬指より生まれしは、《繁栄の神威》を持つ獣。命を芽吹かせ、実らせ、地を満たす者。

――中指より生まれしは、《矛の神威》を持つ獣。争いと力を司り、絶対の矛と化す者。

――人差指より生まれしは、《盾の神威》を持つ獣。平穏と安寧を司り、絶対の盾と化す者。

――親指より生まれしは、《茨の神威》を持つ獣。試練を与え、罪を刺し、選別を課す者。


五獣は創造の神の指より生まれ、世界を巡り、秩序の柱と成った。

されど、最後に残された魂は誰も知らぬ場所へと旅立った。


『巨大生物の出現を確認! 直立二足歩行の白い巨人に大量の茨が巻き付いています!』

『第五守護獣と推定!』

『神威は『茨』!』

『出現ポイントが近いです! 当基地からおよそ5km!』

『動き出しました! こちらに向かって一直線に走っています!』


 奴らもとうとう女神の本丸に気が付いて、大本を叩きに来たのかもしれない。

 鏑木さんが前に言っていたことだけど、守護獣の知能は象られている生物に近い可能性がある。今まで戦った中でも第二守護獣はそれなりに策を弄して来たように。だとすれば人型の第五守護獣がそれ以上の知能を持っていてもおかしくはない。


『カタパルト接続を確認!』

『カタパルトゲート開放確認!』

『リニアカタパルト、エネルギー充填率80……90……100パーセント。機甲女神全機、発進準備完了!』

『作戦通り、まずは神楽坂くんと桜台くんで相手の神威を見極める! 各機、健闘を祈る!』


 相手の神威が『茨』という名前であることはわかったけど、肝心の内容については実際にやり合ってみないとわからない。だから最初は不死身の神楽坂と、神威を無効化出来る俺の二人で様子を見る。万が一神楽坂の不死身でも受けきれないような神威だったとしても、俺の『虚無』ならフォロー出来るはずだ。


『神楽坂日向、行っきまーす!』

『桜台勇、出撃します!』

『射出カウントを開始します。3……2……1――』

『機甲女神ヤマト、ムメイ、発進!』


 鏑木さんの号令を合図にカタパルトが射出される。

 この基地から5kmともなれば、リニアカタパルトなら1分もかからない距離だ。こちらに向かって近づいて来ていることも考えれば、外に出た瞬間戦闘は始まると思っていい。


不滅の太陽(イモータル・サン)!』


 いつもなら外に出てから権能を発動する神楽坂が、今回に限ってはすぐさま炎を纏った。俺と同じように神楽坂も気づいたんだろう。神楽坂の纏う炎は実際に燃焼しているわけではないから機械を溶かしてしまったりする心配はない。


『ふふん、良いことを思いつきましたよ勇くん』

『なんだよ、藪から棒に』

『誰にも【神風】を使わせたくないなら僕たちだけで倒しちゃえばいいんです!』

『それ典型的な死亡フラグだからな』


 ただまあ、これ見よがしに立てられたフラグは叩き折られるのが昨今の流行りだ。


『作戦通り無理はしない。それでも倒せそうなら狙ってみるか』

『了解です!』


 そんな話をしている内に俺たちは地上へ射出され空へと舞い上がった。

 いつもならここからメインスラスタを噴かしてリニアカタパルトの慣性を活かしながら進み目標地点で着地するところだけど、今回に限ってはもうすぐそこまで敵が迫っていた。

 相手の移動速度とリニアカタパルトの速度から計算して、すれ違うことがないように対策室側で射出口を選択しているはずだけど、それにしてもギリギリだな。


 敵の目の前で悠長に慣性を殺しながら着地するのは隙が大きくなりすぎる。


『このまま突っ込むぞ神楽坂!』

『僕もそう考えてました!』


 第五守護獣のサイズは女神と同じくらいだ。急所を狙うなら頭部や心臓部だろうけど、あまり中央に寄り過ぎるとヤマト(神楽坂)とぶつかるかもしれない。


『まずは左腕!』

『僕は右腕です!』


 メインスラスタの推進力は神威の出力に比例して大きくなる。この距離なら大して差は開かないけど、それでも僅かに俺が早く第五守護獣に接近し、すれ違い様にリニアカタパルト+メインスラスタの勢いを乗せた特注ブレードを相手の左腕に叩き込んだ。当然、『虚無』を発動してだ。

 ほんの少し遅れて神楽坂も、今度は右腕にブレードを叩き込んでそのまま通り抜ける。


 全身に巻き付いた茨――トゲの生えた巨大な蔓――はかなりの強度のようで、スピードを乗せた上でも凄まじい手応えがあった。多分普通に切り結ぶだけじゃ切断には至らない。だけど今回は、一度限りのカタパルトを上乗せした一撃だけは完全に通すことに成功した。奴の左腕は肩口から完全に切り落とされていた。


 そして右腕も同様だった。俺と神楽坂の攻撃は同時にはならなかったから、神楽坂の攻撃は『虚無』とは無関係に通った。ということは『盾』のようなインチキ防御性能はないはず。


『ぐっ……! 勇くん、あいつの権能の効果がわかりました!』


 最初の衝突でかなりの有利を取れたし、もしかしたら神楽坂の言った通り二人だけで勝つって言うのもありえなくはないかもと思った矢先、神楽坂が苦悶の声をあげた。


『どうした!? 神楽坂、その右腕今やられたのか!?』


 足を止めてこちらを振り返った第五守護獣の動向に注意を払いつつ神楽坂の方に視線をやれば、いつのまにかヤマト(神楽坂)の右腕が欠損していた。


『第五守護獣の『茨』は痛み分けの神威です! 多分受けたダメージをそのまま相手に返すみたいな感じです!』


 確かにヤマトの欠損した右腕は第五守護獣と同じく肩口から切り落とされたような鋭い断面になっていた。すれ違い様に反撃を受けた可能性も考えられるけど、今のところ第五守護獣には鋭利な刃物のような武器は見当たらない。それに俺の方は何ともなく神楽坂だけ傷を負ったことを考えれば、確かに痛み分けの権能という推測は正しいように思える。


不滅の太陽イモータル・サン!』


 ヤマトの傷口から炎が噴き出したかと思えば、ゆらゆらと揺らめいて失われた右腕を形作る。


『どうやら僕たちには相性の良い相手みたいですね!』

『だな。ていうかベストアンサーなんじゃないか?』


 神楽坂は『太陽』によって痛み分けを踏み倒せるし、俺は『虚無』を使えばそもそも痛み分けを受けない。『茨』の神威を封じ込めるには最適な人選というわけだ。情報収集の斥候がまさか天敵だったとは、第五守護獣も運がない。


 それを知ってか知らずか、第五守護獣は基地狙いではなく俺たちに応戦することを決めたらしく、体に何重にも巻き付けられていた茨が触手のようにうねうねと動き出し俺たちに向かって襲い掛かってきた。随分頑丈だったから鎧として身に着けているもの思ったけど、武器でもあるってわけか。この茨を操るのも『茨』の権能なのかもしれない。


『ちっ! やっぱり硬い!』

『うわわっ!? 数が多いですよ!?』


 波のように押し寄せる茨の勢いに押されて後退しながら応戦するも、最初の接触で感じたように普通に切り払うだけじゃ切断出来ない。ムメイのパワーにも耐えられるよう特別頑丈に作られたブレードは重さも相当であり、両腕でなければ持ち上げることも出来ないほどなのに、その重量を利用した振り下ろしですら切断にはいたらない。

 出力で勝る俺に出来ないということは神楽坂にも出来ないはずだけど、今はそれを確認してる余裕もない。一つ一つの茨の動きが素早くて対処が間に合わない。


 先ほどのヤマトの様子から考えれば、痛み分けの対象は本体と思われる人型が受けた傷のはず。茨まで対象になるのか、あるいはならないのか確証はないけど、このままじゃ茨をさばき切れずに捕まる。だったら試してみるしかない。


「行くぞ、『矛』」


 発動する神威を『虚無』から『矛』に切り替えてブレードを振るうと、今までの苦戦が嘘のように、まるで豆腐を包丁で切るかの如くあっさりと茨を切断することが出来た。第三守護獣が使っていた『矛』にはまだ及ばないけど、それでも相手が最強の『盾』じゃないなら十分通用するみたいだ。


 そして『虚無』を発動してなくても痛み分けが来ないということは、やっぱり茨は対象じゃないんだ。


『やばっ!? ぐっ! うああああぁぁぁ!?』

「神楽坂を放せこの植物野郎!!」


 俺がもたついてる間にヤマト(神楽坂)の方は数の暴力に呑み込まれて全身を茨で雁字搦めにされ、締め上げられていたのか機体からミシミシと嫌な音が聞こえ始めていた。急いで救援に向かい。第五守護獣とヤマト(神楽坂)の間に伸びる茨を叩き切る。


『大丈夫か神楽坂!?』

『はぁはぁ、何とか……』

『流石にそう旨い話はないってわけか』

『あの手数を抑えるにはこっちも数が必要ですね……』


 などと言ってる間にも再び触手は迫って来ている。

 一旦神威を『渡河』に切り替え、ヤマト(神楽坂)を抱えて第五守護獣から距離を取る。あの茨は第五守護獣の体から伸びているわけだから、射程には限界があるはず。そしてその読みは当たっていたらしく、茨は距離を取った俺たちを追うのではなく、自分の周囲に網のように広げて待ち受けるような態勢を取った。


『ふん、流石に『渡河』の対策はしてくるか』


 『渡河』でワープできるのは何もない場所に限られる。ああやって異物を広げられると、背後にワープして奇襲みたいな攻撃は出来なくなる。これまでの戦いでも散々見せて来たし、俺が『渡河』を持っていることはお見通しのようだ。やはり知能が高い。


『神楽坂、今のうちに女神を直しておけよ』

『……おかしいです。不滅の太陽が発動出来ません』

『はぁ!? どういうことだ!?』


 言われてみれば、今のヤマト(神楽坂)は炎を纏っていない。いつからだ? たしかさっき茨に捕まってた時は……、いや、あの時点でもう炎はなかった。つまり……


『マズイです勇くん! 守護獣が!』

『クソっ!』


 意識が思考に傾きかけたところで、神楽坂に言われて第五守護獣へ注意を戻せば、奴は俺たちに背を向けて走り出していた。

 俺たちを追いかけても『渡河』で逃げられ鼬ごっこになる。ならば当初の予定通り基地を叩くということか。仮にそれがパフォーマンスだったとしても、そういうポーズをとるだけで俺たちは無視できない。頭の回る野郎だ。考え事をする暇もない。


 どうする、どうすれば良い!?


泥沼の怠惰ウィア・レイジィ!』

裏切の不和バック・スタブ

荼毒の蛇蝎ディテスト・ペイン

白昼の予知セカンド・ドリーム

☆Tips 創世神話

守護獣が出現する際、全ての人類の脳内に直接語り掛けられる神話。

それはまるで、誰かにこの世界の成り立ちを教えようとしているようでもあった。

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