表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
30/41

ep30 ルート分岐

 8月16日 水曜日 PM9:30 屋上


 今日の訓練が終わり、食事や入浴も終えて後は寝るだけとなったところで、俺は屋上へ足を運んでいた。

 いつもは神室先輩を探すために来ていたけれど、いつの間にか俺にとっても落ち着ける場所になっていたらしい。

 気持ちの整理をしたいと考えた時、自然とこの場所が思い浮かんだ。

 人影はなくどうやら俺の貸切のようで、考え事をするにはうってつけだ。


 昨日は結局お互いに主張を譲ることはなく、口喧嘩にも近い話し合いは消灯時間を迎えたことで一旦終了となった。

 先輩たちは、自分は使わないと改めて宣言してくれたけど神々廻の説得には協力してくれなかった。

 無理を言ってるのは俺の方だってことくらい自分でもわかってる。神々廻は別に【神風】を使えと他者に強要しているわけではないのに、逆に俺は使うなって強要してるんだからな。

 理由だって、俺には神々廻みたいな大義があるわけじゃない。


 客観的に見てどちらに正当性があるのかはわかってる。

 この世界に平和を取り戻すためなんて、そんな立派な志を掲げられたら普通は引き下がるしかない。


 それでも俺は食い下がった。

 世界の終わりを、地獄と化した未来を本当の意味で知っているのは神々廻だけ。

 だからそんな結末を迎えないために命を賭して戦う。それは理解できる。今までの冷酷にさえ感じられた言動も、自分がやらなければならないという重圧を背負っていたからだと思えば納得できた。

 だけど、そうだとしても、敵と心中して死ぬなんて終わり方は納得出来ない。先輩たちと同じように神々廻だって神威に悩まされて生きてきたはずだ。まだ起きてもいない脅威を政府に信じさせ、協力を取り付けるのにはどれほどの苦労があったか。機甲女神なんて兵器を作らせて、嘘の災害予報で強権的な避難までさせるのにどれだけの信頼を得る必要があったか。俺には想像も出来ない。

 守護獣との戦い、そしてそこにたどり着くまでの戦い。誰にも理解されず孤独だった時もあっただろう。その果てに迎える結末が自爆なんて、そんなの俺は許さない。


 先輩たちは幸せになるべきだ。これまで戦ってきた分、苦しんできた分、人の何倍も幸せになる権利がある。神々廻だって例外じゃない。


「およ? 勇ちゃんじゃん。どしたん、話聞こか?」

「どしたん構文はうざいだけっすよ神室先輩。てか先輩の方こそまたなんか悩み事ですか?」

「悩みがなくてもここには良く来てるよー。良い景色じゃんね」


 寝転がって視線を上に向ける先輩につられて、俺も夜空を見上げる。

 濃い藍色の空に、星が静かに瞬いている。市街地から離れたこの施設には街灯の光も届かず、空は驚くほど深く澄んでいた。


「それで、ほんとに悩みがあるなら相談乗るよ?」

「悩みっていうか、昨日の神々廻の件ですよ」

「あーね。そんな気はしてた」


 先輩たちもいる前で激しく主張をぶつけ合い、しかもお互い譲らないまま解散になったんだからそりゃバレバレだよな。


「つっても、別に結論は出てるんですよ」

「そうなんだ。神々廻先輩のこと説得出来そ?」

「説得はもうしません」


 どれだけ言葉を交わしても神々廻の意思を変えることは難しいとわかった。

 だったら答えは簡単だ。前に神々廻に対して啖呵を切った通りにしてやればいい。


「【神風】を使うような局面にさせなければいいんです。万が一使っても、俺が止めます」


 俺にはその力がある。


「あはは、力技だねー」

「てかなんで先輩たちは加勢してくれないんすか。神々廻が【神風】を使ってもいいんですか?」

「俺は一回使っちゃったから、流石に使うなとは言えないかな。どの口がって話じゃん」


 この口ぶりだと【神風】を使うこと自体はあまり肯定的じゃないけど、それを言う権利は自分にはないってスタンスか。


「誰も死なずに勝てるならそれが一番良いと思ってるよ。だから俺も全力で戦う。勝とうね、勇ちゃん」

「当たり前です。でも第二の時みたいな無茶はしないでくださいよ」

「それは言わない約束だよ勇っつぁん」


 そんな約束をした覚えはない。ていうか勇っつぁんって何だ。



・ ・ ・



 8月17日 木曜日 PM9:00 トレーニングルーム


 結論が出た以上、俺がやるべきは少しでも強くなるための特訓だ。

 自分の実力不足で追い詰められるなんてことはないようにしなくちゃいけない。

 元より訓練は真面目にやってるし自主練だってしてるけど、そのうえでもっと強くなれるように、もっと女神を上手く扱えるように、より集中して全力で訓練することを心がけた。


「あんまり根を詰めすぎるなよ」

「神谷先輩」


 仮想訓練シミュレーターの稼働時間が終わり筐体から出てみれば、いつものように神谷先輩が差し入れを持って立っていた。


「気負い過ぎても共鳴が乱れる。もうちょっと肩の力を抜いても良いんじゃないか?」

「俺が弱いせいで誰かが死ぬのは嫌なんです」

「神々廻先輩の【神風】の件か?」


 端的な問いかけに無言で頷きながら、差し入れを受け取って頭を下げた。


「神谷先輩は、神々廻が【神風】を使う気なのどう思いますか? 止めようと思わないんですか?」

「使うか使わないかはそれぞれが決めることだ。もちろん良いとは思ってないけど、最後は本人の意思が尊重されるべきだと思ってる」

「……神谷先輩は使わないって言ってくれたじゃないですか」


 俺の説得によって意見を翻してくれたんだから、神谷先輩がそういう考えのは少し意外だった。


「誰かの話を聞いて意見を変えるも変えないも結局は自分の選択だ。無理矢理意見を捻じ曲げられたわけじゃない。無理強いするのはよくないぞ」

「神谷先輩は冷たいです」


 神楽坂のようにわざとらしくぶー垂れてみて、冗談めかして本音を告げる。

 言ってることはわからなくもないけど、それで納得出来たら苦労はしない。


「そう言うなよ。それに、桜台も最近は結構操縦上手くなってきてるし、そんなに焦らなくても弱いなんてことないだろ」

「それは、そうかもですけど」


 たしかに戦いを経るごとにムメイとの一体感は増しており、今まで以上に自分の体の如く扱えるようにはなってる。今模擬戦をやれば、最初みたいに神々廻に転がされまくるなんてことにはならない、と思う。


「神々廻先輩はあくまで、必要があれば使うって言ってるんだ。だったらそんな必要がないように立ち回れば良い。桜台だけじゃなくて俺たちもいるんだから、あんまり一人で背負いこみ過ぎるなよ。じゃあ、俺はそろそろ戻る。お疲れ」

「はい、お疲れ様です」


 飲み切ったドリンクの容器をゴミ箱に入れて、神谷先輩はひらひらと手を振りながら去って行った。



・  ・  ・



 8月18日 金曜日 PM7:00 コンピュータールーム


「うぇーん! 全然わかりません!! 成果0です!!」


 神楽坂がPCデスクに突っ伏して泣きべそをかいている。

 結局TS探検隊は結成してから碌に手がかりも掴めず、元に戻る方法は糸口すら見つかっていない。神楽坂の言う通り成果は0だ。


「なあ、俺そろそろ自主練したいんだけど……」


 神楽坂が俺の為を思って一緒に調べてくれるのは嬉しいんだけど、今はそれよりも訓練を優先したい。


「駄目です! 一昨昨日はミカサの修復で時間取られちゃいましたし、昨日一昨日は勇くんが訓練漬で相手してくれないですしで全然活動出来てないんですから! 第五守護獣を倒したら元の世界に帰るんですよね!? だったら一刻も早く見つけなきゃじゃないですか!」

「別に今のまま戻って元の世界でゆっくり探すのでも良いかなと思ってるんだけど」


 たしかに最初は神楽坂の言う通り、元に戻ってから帰らないと桜台勇だと信じて貰えないと思った。

 でもムメイも一緒に帰ることを考えれば、従来の常識では考えられない超常現象が存在することは証明できるんだよな。だったらなんか性別も変わってましたで通るような気がしなくもない。家族や友達と記憶のすり合わせは出来るんだし。


「そんなのぜーったい駄目です!!」


 フンフンと鼻息を荒くした神楽坂が腕で大きなバッテンを作り猛反対の意を示す。


「やけに強情だな。俺が良いって言ってるんだから良いだろ」

「逆になんでそんなに訓練したいんですか? 今更ちょっと自主練してもしなくてもそんなに変わらないですよ」

「そのちょっとで戦況が変わるかもしれないだろ。俺は全員で生きてこの戦いを終わりたい」

「僕だって同じ気持ちです。でも今まではそんなに焦ってなかったですよね?」


 これまでの守護獣は情報もあったし攻略方法も大体わかってたからだ。でも次は何の情報もない。完全な地力勝負。追い詰められて最後の手段を取るなんて、そんな状況になったら目も当てられない。


「ああ、神々廻先輩の【神風】のことを心配してるんですか?」

「……そうだよ。神楽坂は心配じゃないのかよ」

「あんまり心配はしてないです。神々廻先輩って本当に強いですから【神風】を使うほど追い込まれる姿ってあんまり想像出来ないんですよね。神威の相性で有利不利とかはありますけど、単純な強さで言ったら僕たちより頭二つ三つくらいは抜き出てますし」


 そりゃあいつがチート級に強いってことは俺も何となくわかっちゃいるけど、それにしたって楽観的過ぎじゃないか?

 実際問題俺の『虚無』がなければ第四を突破する未来は視えてなかったって話なんだから、無敵ってわけでもないだろうに。

 ……いや、それもわかってるからこそ神威の相性と付け足しのか。


「純粋な実力で勝負が決するような相手なら、神々廻先輩の独壇場ですから今更僕たちがちょっと腕を上げたところで焼石に水ですよ。逆に神威の相性勝負になるなら多少腕を上げても趨勢には影響しないと思います。どっちにせよ焦って詰め込み訓練なんて必要ないないです」


 神楽坂は神々廻の強さを信じてるから心配してないということらしい。

 そう言われてみれば一理あるとも思う。だけど、


「それでも俺はほんのちょっとでも勝利の可能性を上げられるならそっちを優先したい。悪いな」

「あっ、ちょっと勇くん!? もー! わかりました! そこまで言うなら僕も付き合いますよ!」


 踵を返してコンピュータールームを後にした俺を、神楽坂が急いで追いかけて来た。

 別に訓練に付き合わせるつもりはなかったから、消灯までは好きにしてれば良いだろうに。


「勘違いしないでくださいよ! 僕だってみんなで生き残って、最後は笑って戦いを終わりにしたいと思ってるんですからね!」


 なにやらツンデレのような言い回しの割に、発言内容自体はめちゃくちゃストレートに仲間想いだった



・  ・  ・



 8月19日 土曜日 AM10:00 地下演習場


 通常土日は訓練も休みであり、第五守護獣との戦いを控えた今週もそれは変わらないけど、職員さんに頼み込んで何とか女神を使った訓練の許可が貰えた。

 やっぱり実際にムメイに乗り込むのと仮想訓練シミュレーターとでは違いがある。一昨日神谷先輩に言及された時も思った通り、ムメイの機体が今までより格段に俺に馴染んでいる。この感覚を途切れさせたくないから、休日ではあるけど女神に乗っておきたかった。


「別に、火神先輩まで付き合う必要はないんですよ?」

『後輩が一人で頑張ってるのに気づいちゃったら、見て見ぬ振りは出来ないよ』


 土日は毎週火神先輩の部屋でゲームパーティーをやっているわけだけど、どうやらいつまで経ってもやって来ない俺のことを火神先輩が探しに来ていたらしい。

 一人地下演習場で女神の操縦訓練を行っている俺を発見した火神先輩は、俺をゲームに誘うのではなく訓練に付き合うと言い出し、ムサシに乗り込んで模擬戦の相手をしてくれている。


 付き合う必要はないとは言ったけど、相手がいるといないとでは訓練の質が格段に違うため正直助かる。

 特に火神先輩は権能なしの純粋な操縦技術なら神々廻に次ぐ強さであるため、俺が伸ばしたいと思ってた操縦技術の訓練相手にはぴったりだ。


「火神先輩まで抜けたら三人で人数が半端になっちゃいますね」

『今日は神々廻くんも参加してるから逆に丁度良いかも』

「神々廻が!? そりゃなんつーか、意外ですね……」


 たしかにここ数日の訓練は神々廻も一緒にやってたし飯もパイロット全員で食べるようになってたけど、ゲームとかやるんだなあいつ。


『予知の神威が発現する前は普通の男の子だったから、ゲームはよくやってたって言ってたよ』

「そうなんですか」


 そういう自分の話とか普通にするんだな。

 自分から訓練を始めておいて何だけど、気にならないと言ったら嘘になる。


「折角神々廻と交友を深められる機会だったのに、俺の相手してていいんですか?」

『うん。だって桜台くんが今頑張ってるのは神々廻くんのためなんだよね?』

「自分の我儘のためですよ」

『大丈夫、ちゃんとわかってるから』


 面と向かって指摘されると照れくさくて少し誤魔化してしまったけど、どうやら神々廻の【神風】の件が動機であることはバレているらしい。


『神々廻くんの気持ちもわかるんだ。自分の命で解決するならそれで良いって僕も思ってたから。でもそうじゃないって思えたから。誰もが誰かに必要とされてるってわかったから。だから僕も、神々廻くんには使わないで欲しい。そのためならいくらでも協力するよ』

「……ありがとうございます、火神先輩」


 結局その後、いつまで経っても戻って来ない火神先輩を探しに来たみんながこの地下演習場にたどり着き、各々何のかんのと言いつつ女神に乗り込み全員で模擬戦をすることになった。

 それと引き換えに明日は絶対に訓練を休むことと複数人に念押しされ、一度だけムメイに乗って感覚を途切れさせないことを条件に休むこととなったのだった。



・  ・  ・



 8月20日 日曜日 PM8:00


 昨日の約束通り今日は休むことになった俺は、一度だけムメイと共鳴した後は先輩たちと共にゲームパーティーを開催して神々廻をボコボコにしまくった。たしかに過去プレイ経験はあるようだけど、随分ブランクが長いらしい。女神パイロットの腕とは対照的にあらゆるゲームでクソザコだった。

 それ以外にも、これまで見て来た予知の話とか、機甲女神誕生に至るまでの経緯、神々廻の『予知』は夢を見るように未来が視えるとか、他愛もな……くはないな。とにかく色んなことを話した。


 これまでどこか浮世離れしていて不気味な部分があった神々廻のことも、予知の話を聞いて多少は理解できた気がする。夢で未来がわかる日常を送ってたら、そりゃ常人とは違う感性になるよな。普通の夢なら内容なんてうろ覚えで鮮明には思い出せないものだけど、予知夢はハッキリ思い出せるらしい。そうやって情報を蓄積してきたわけだ。


 そうして日は落ち、夜の帳が降りる頃には明日に備えて解散ということになった。

 恐らく、明日が最後の戦いになる。どんな敵が現れるのか、予想も出来ない。

 この戦いに勝てば俺は元の世界に戻れる。戻れるようになったからと言ってすぐに帰る必要はないかもしれないけど、先延ばしにすれば決意が鈍る。

 だからもう、みんなとしっかり話をする時間はそれほど残されていないかもしれない。


 消灯まではまだ少し時間がある。

 明日の戦いを想像して昂ってしまった気持ちも、誰かと話をすれば少しは落ち着くかもしれない。


 誰を訪ねようか?

▶神室遊斗

 神谷憂斗

 神楽坂日向

 火神命

 神々廻歩夢

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ